本記事は、根来秀行氏の著書『老化は予防できる、治療できる - テロメアをムダ使いしない生き方』(ワニ・プラス)の中から一部を抜粋・編集しています

長寿遺伝子「サーチュイン遺伝子」

遺伝子
(画像=Tierney/stock.adobe.com)

ここ数年、テレビや新聞、雑誌などで長寿遺伝子がたびたび取り上げられています。そのため、「名前だけは聞いたことがある」という方も多いのではないでしょうか。長寿遺伝子を簡単に説明すると、活性化することで長寿をもたらす遺伝子です。その特性から「若返り遺伝子」とも呼ばれます。

なお、私たちのからだには、長寿遺伝子とは反対のはたらきをする「老化遺伝子」も存在していて、発見されたのはこちらのほうが先です。

老化遺伝子の存在がはじめて明らかになったのは1980年代のことです。

老化遺伝子は、活性化することで老化をもたらす遺伝子なので、あまりうれしくない発見かもしれません。しかしながら、老化遺伝子の発見は、生物学において非常に重要かつ画期的でした。当時はまだ、遺伝子上に寿命と関係する情報が存在するかどうかがわかっておらず、「寿命は生活習慣や環境要因など、遺伝以外の要因で決まる」という主張も多くありました。それが、老化遺伝子の発見により、「寿命を規定する情報が遺伝子上にあらかじめ書き込まれている」と証明されたのです。

長寿遺伝子の発見が発表されたのは2000年です。アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)のレオナルド・ガレンテ教授が「Sir2(サーツー)遺伝子」と長寿との関連を発表します。Sir2遺伝子は酵母に存在する遺伝子です。ガレンテ教授らの研究グループは、Sir2遺伝子を活性化すると酵母の寿命が延び、抑制すると短くなることを突き止めました。この発表は世界的なニュースとなり、長寿に関係する遺伝子の研究が盛り上がりを見せます。ガレンテ教授は私の友人の一人で、定期的に研究進捗に関する情報交換を行っています。

その後、ヒトにもSir2によく似た遺伝子があることがわかり、現時点で、SIRT1からSIRT7まで7種類が特定されています。このSIRT1からSIRT7までをまとめて「サーチュイン遺伝子」と呼びます。

サーチュイン遺伝子には、抗老化作用の向上、細胞のストレス耐性の向上、インスリン分泌の促進、糖や脂肪の代謝の向上、神経細胞の保護などさまざまなはたらきがあり、老化や寿命の制御に深く関与していると見られています。加えて、サーチュイン遺伝子には、テロメアの短縮を防ぐはたらきがあることもわかっています。

ただ、サーチュイン遺伝子はふだんはスイッチがオフになっており、機能していません。そこで、スイッチをオンにする方法が研究され、現在ではいくつかの方法がわかっています。たとえば、カロリー制限や適度な運動習慣によって、サーチュイン遺伝子のスイッチがオンになると考えられています。また、ブドウの皮や赤ワインなどに含まれるポリフェノールの一種「レスベラトロール」には、サーチュイン遺伝子(とくにSIRT1)を活性化させる効果があることがわかっています。

そして近年、サーチュイン遺伝子を活性化する方法として、もっとも注目されているのが「NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)」です。

私たちの体内には、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)という補酵素があります。NADは、ミトコンドリアのエネルギー産生や損傷したDNAの修復を担うほか、サーチュイン遺伝子のはたらきにも関わっています。NADは年齢とともに減少するため、その影響で、サーチュイン遺伝子のはたらきも衰えると考えられています。このNADを増やす作用をもつのがNMNです。

NMNはNADの「前駆体」です。前駆体とは、ある物質よりも、生化学反応段階的に前に位置する物質のことです。もう少しかみ砕いて説明すると、ある物質が生化学反応によりAからB、BからCへと変化するとしましょう。物質Cから見て、AとBは生化学反応において前の段階です。したがって、物質AとBは、物質Cの「前駆体」となります。

2011年、アメリカのワシントン大学の今井眞一郎教授らは、マウスにNMNを投与すると体内のNAD濃度が回復し、高齢マウスの2型糖尿病のいくつかの症状が改善することを突き止めました。また、その後の研究で、NMNを飲ませたマウスでは骨格筋や肝臓、脂肪において抗老化効果が認められることを発見しました。そのマウスは、ヒトの60代に相当する月齢になっても代謝が保たれ、活発に動いていました。

当時の研究はあくまでもマウスを使ったものであり、ヒトに投与した場合の安全性や効果は確認されていませんでした。同時期に、友人であり同僚でもあるハーバード大学医学部のデビッド・シンクレア教授とともにNMNとミトコンドリアに関する研究を行い、NMNがミトコンドリアによい影響を及ぼすことが確認できましたが、それも動物の細胞を用いた研究でした。

しかし、2019年、先述の今井教授のグループと、慶応大学の教授グループからなる共同研究チームが、健康なヒトへのNMNの投与が安全であることを確認します。また、今井教授らによるほかの研究では、NMNを摂取したグループでインスリンの感受性が平均で25%上昇し、2型糖尿病やその予備軍で低下する糖の取り込み機能が改善したことが報告されています。こうした結果から、NMNは、2型糖尿病の予防効果が期待されています。

ここまで読んでNMNにがぜん興味をもち、体内のNMN量を増やす方法を知りたくなった方もいるのではないでしょうか。NMNは枝豆、ブロッコリー、アボカド、トマトなどに含まれていますが、残念ながら、NADの濃度が回復するほどの量は通常の食事では摂取できません。そこで現在、NMN配合のサプリメントが次々に開発・販売されています。

先述のように、サーチュイン遺伝子にはテロメアの短縮を防ぐはたらきもあります。つまり、NMN配合のサプリメントを飲めば、サーチュイン遺伝子、テロメアそれぞれを同時に、〝寿命延伸モード〟に人為的に切り替えられる可能性があるわけです。これは非常に魅力的な話ですが、問題点がないわけでもありません。

まず、現在出まわっているNMN配合サプリメントは高価なものが多く、飲みつづけるにはそれなりの費用がかかります。一部、安価なものもありますが、NMNの配合量が少ない商品もあるようです。さらにヒトへの投与の安全性が確認されたとはいうものの、前述の研究で被験者がNMNを投与された期間は3~4年ほど。長期的に摂取した場合の安全性については、現時点では不明です。そもそも、サーチュイン遺伝子を人為的にオンにするリスクについても、まだはっきりとはわかっていません。

そしてもう1点、ヒトへの投与において、インスリンの感受性が上昇することは確認されたものの、マウスで見られたような抗老化効果は認められていない点も忘れるべきではないでしょう。「NMN配合のサプリメントを飲めば若返る」「NMN配合のサプリメントを服用すれば寿命が延びる」とは、いまの段階ではいえないのです。

とはいえ、サーチュイン遺伝子は研究がさかんな分野です。近い将来、サーチュイン遺伝子をオンにしてテロメアの短縮を防ぐ、夢のような方法が開発されるかもしれません。今後の展開に要注目です。

老化は予防できる、治療できる - テロメアをムダ使いしない生き方
根来秀行(ねごろ・ひでゆき)
東京都生まれ。医師、医学博士。東京大学大学院医学系研究科内科学専攻博士課程修了。ハーバード大学医学部客員教授(Harvard PKD Center Collaborator, Visiting Professor)、ソルボンヌ大学医学部客員教授、奈良県立医科大学医学部客員教授、信州大学特任教授、事業構想大学院大学理事・教授。専門は内科学、腎臓病学、抗加齢医学、睡眠医学など多岐にわたり、最先端の臨床、研究、医学教育の分野で国際的に活躍中。新型コロナに対する新しい治療メカニズムをつきとめ、2022年1月にその論文が英国医学誌に掲載され国内外にてトップニュースとなる。『第二の人生の質が劇的に向上する 定年睡眠』(ワニプラス)、『ハーバード&ソルボンヌ大学Dr.根来が教える ストレスリセット呼吸術』(KADOKAWA)など著書多数。

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