この記事は2022年10月28日に「第一生命経済研究所」で公開された「電気代引き下げと消費者物価指数」を一部編集し、転載したものです。


CPI
(画像=WrightStudio/stock.adobe.com)

CPIコアを▲1.1%Pt押し下げるも、来年春に再び急上昇の可能性あり

2022年10月28日に閣議決定される政府の経済対策の目玉として挙げられているのが電気代、ガス代の負担軽減策だ。政府が事業者に支援金を支給することを通じて電気代、ガス代の値下げに繋げることになる。

報道等を踏まえると、2023年1月以降、標準家庭で電気代については約2割、都市ガス代については約15%の引き下げになるとみられる。この場合、2023年1月CPIコアを電気代で▲0.9%Pt、都市ガス代で▲0.2%Pt、合わせて▲1.1%Pt押し下げることになる。

物価に与える影響は極めて大きい。足元で物価が急上昇しているが、2023年1~3月期についてはいったん落ち着きをみせることになるだろう。

だが、話はここで終わらない。岸田首相が、電気代が来年の春以降、さらに2割から3割程度上がる可能性があると以前発言していたとおり、2023年春には再び電気代が急上昇する可能性があるためだ。

家庭向け電気料金には自由料金と規制料金が存在する。自由料金とは、2016年4月の電力小売り自由化後に設定された料金プランであり、各電力会社の裁量によりある程度柔軟に設定することができる。一方、規制料金は電力小売り自由化以前から提供されているものであり、消費者保護の観点から料金設定に様々な制約が存在する。

燃料調達コストを価格に反映させる仕組みである原燃料費調整においても、自由料金では上限に制約がない一方、規制料金では上限が存在する。

具体的には、実際の平均燃料価格が、各社が設定する基準燃料価格から1.5倍(ガスの場合は1.6倍)に達した場合、それ以上は原燃料費調整による料金引き上げが行われない。この上限(基準燃料価格)を引き上げるためには各社が申請を行い、審査を経た上で経済産業大臣の認可を受ける必要があるなど、ハードルは比較的高い。

もっとも、燃料価格の高騰を受け、大手電力各社は現在すべての会社で上限に到達しており、値上げが凍結されている状況である。

こうしたなかで円安が一段と進展していることで、コスト負担に耐え切れず、今後は基準燃料価格の引き上げに動く会社が増えること予想される。前述の岸田首相の発言や、申請→認可のプロセスを考慮すれば、来年春に大幅値上げが実施される可能性があるだろう。

この場合、2023年1~3月にいったん大幅に低下した電気代が、2023年春に再び急上昇し、元の水準近くまで戻るということになる。CPIでも、2023年1~3月期に1.1%Pt押し下げられた後、2023年4月以降はその下押しが剥落するという形になるとみられ、非常に大きな影響を受けるだろう。

今後の取り扱いに不透明感

もっとも、実際にこうした急変動となるかどうかは分からない。現実問題として、電気代がいったん急低下した後、数カ月後に再び急上昇という状況に対する消費者の反応は厳しいものになるだろう。

春に値上がりが予想されるとはいっても、実際には支援金の効果で本来あるべき水準と比べるとかなり抑制されはするのだが、そうした効果は消費者には分かりにくい。

2023年春は、米国において急ピッチで行われた利上げの実体経済への悪影響がもっとも強まるとみられるタイミングであり、外需の悪化を通じてわが国経済も減速感を強めている可能性がある。経済状況や世論の動向次第では、家計支援の名のもとに追加支援が打ち出され、値上げが抑制あるいは見送りとなる可能性も否定できないだろう。

もう1つ読めないのは、この制度がいつまで続くかという点だ。今回の負担軽減策は2023年9月までの時限措置とされており、2023年10月以降は実施されない予定となっている。それまでに資源価格の下落や円安の修正が生じ、負担軽減策がなくても電気代、ガス代が上がらない状況が実現していれば良いのだが、そう上手く事が進むとは限らない。

燃料価格が十分に低下していないなかで制度が終了すれば電気代は再び跳ね上がることになるが、こうした状況が政治的に許容されるだろうか。

今回再び延長が決まったガソリン・灯油の補助金の例でも分かるとおり、いったん始めた支援策を取りやめることのハードルは高い。ガソリン補助金でも、いつも終了期限は設定され、段階的に補助を縮小する仕組みも導入されるのだが、期限間近になると延長が繰り返されており、終了する気配が見えないのが実情だ。電気代、ガス代の負担軽減策についても予定通りには終了せず、延長される可能性はあるだろう。

今回の負担軽減策は、ガソリン補助金以上に財政支出額が大きく、企業向け分も合わせればかなりの規模になる。支援金の増額や延長の可能性もあるなか、負担軽減策の今後の取り扱いが注目されるところだ。

全国旅行支援も攪乱要因に

電気、ガス代の他にも消費者物価指数に大きな影響を与えるのが全国旅行支援だ。全国旅行支援がCPIに反映されるかどうかはこれまではっきりしていなかったが、本日2022年10月28日に公表された2022年10月の東京都区部CPIでは宿泊料が大きく下落しており、CPIに反映させる取り扱いが行われた。

利用にあたってワクチン接種条件がつくことをどう考えるかが焦点だったが、ワクチン接種率が高まるなか、事実上の制約にはならないと判断した模様である。なお、東京都区部における宿泊料の寄与度は2022年9月が前年比+0.08%Pt、2022年10月が▲0.12%Ptであり、約▲0.2%Ptの押し下げとなっている。これを全国CPIに引き直すと▲0.15%Ptとなる。

また、全国旅行支援は2022年10月11日(東京都は10月20日)開始であり、2022年10月の結果に旅行支援の影響はフルには反映されていない。影響がフルに反映される2022年11月については東京都区部で▲0.3%Pt、全国で▲0.2%Ptの影響ということになりそうだ。

なお、この全国旅行支援は2022年12月下旬の期間限定とされているが、想定を上回るペースで利用されていることを考えると、今後の予算増額や期間延長の可能性は十分ありそうだ。

仮に3月末まで延長された場合には、前述の電気・ガス代の押し下げと合わせ、2023年1~3月のCPIコアを▲1.3%Ptも押し下げることになる。

また、仮に旅行支援が2023年3月末で終了し、2023年4月から電気料金の本格改定が実施された場合には、4月に一気にそれまでの押し下げ分が剥落し、CPIが跳ね上がるだろう。今後、政策要因によりCPIが大きく攪乱される可能性が高いことに注意が必要だ。

第一生命経済研究所 シニアエグゼクティブエコノミスト 新家 義貴