この記事は2022年10月31日に「第一生命経済研究所」で公開された「39兆円・総合経済対策のポイント整理」を一部編集し、転載したものです。


GDP
(画像=Duncan Andison/stock.adobe.com)

総合経済対策を閣議決定

2022年10月28日、政府は物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策を閣議決定した。昨今の資源高・円安に伴うコストプッシュインフレの影響緩和に主眼が置かれたものになる。財政支出(国・地方の支出+財政投融資)は39.0兆円と大規模化、物価高対策を中心に規模が膨らんだ形だ。

議論開始当初は内閣府GDPギャップの値に相当する15兆円程度、の発言もみられたが、最終的に昨年末、一昨年末に決定した経済対策の規模に近いレベルに着地した。政府は国の支出分に相当する第二次補正予算を近日中に閣議決定、年内成立させる見込みだ。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

内容をみていくと、中心になっているものは物価高騰・賃上げ対策(財政支出:12.2兆円)だ。従来から実施している燃料油価格の上昇抑制策を2023年6月までの継続とその後の縮減を決めた。

また、新たに電気代、ガス代の抑制策を導入、2023年1月以降に実施される。岸田首相の会見によれば、電気ガス・燃料油合わせて2023年1~9月で家計支援額が総額6兆円になる。このほか、賃上げ対策として、賃上げ実施企業への助成金拡充などを行う。

このほか、円安メリットを生かす観点でのインバウンド振興、「人への投資」の拡充(骨太決定時の3年で0.4兆円から5年で1兆円に拡充)、子育て支援として出産時の10万円相当の家計支援などが盛り込まれた。

また、“防災・減災、国土強靭化の推進や外交・安全保障強化など国民の安全安心確保”(財政支出:10.6兆円)にも大きな額が充てられているが、内容を見ると従来の経済対策と同様にコロナ対応費用が計上されており、これが中心になっているとみられる。また、今後への備え(同:4.7兆円)として、現在の「コロナ・物価高騰対策予備費」を増額するほか、「ウクライナ情勢経済緊急対応予備費」を新設する。

第一生命経済研究所
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規模は大きいが、GDP押し上げ効果は不透明

政府公表資料によれば、今回対策に伴う第二次補正予算分の国費は29.6兆円とのこと。国費全体では35.6兆円と示されており、差分の6兆円程度は従来対策経費の再計上や来年度予算の歳出が相当していると考えられる。

現時点では、政策ごとの細かな支出額は公表されていないため、GDPの押し上げ効果を推し量ることは難しい状況である。目玉政策である電気ガス代の抑制は規模も大きく、家計負担の緩和につながるが、一方で(1)対策の主軸は価格上昇抑制=家計や企業への補助金であり、直接支出に結び付くものではない、(2)電気代・ガス代は4月以降に本体部分の値上げが見込まれている、(3)民間需要の増加には結び付きづらいコロナ対策費も多く計上されているとみられる、(4)予備費の追加が規模を大きく見せている、(5)過去のコロナ経済対策では計上した予算を使い切れずに不用や繰越が大きく増えており、今回も予算執行の滞りが見込まれる、などを踏まえると、対策による直接的なGDP押上げ効果は、財政支出の額=39兆円が示すほどに大きくはならない。

政府は対策公表と同時に対策が実質GDPを4.6%程度押し上げる、との試算を示しているが、これは明らかに過大であろう。近日中に第二次補正予算が決定しより細かい内訳が明らかになるので、それを見て再度検討したいと考えている。

「使い方」が問われるべき

現在の国内経済はマイナスのGDPギャップが存在し、物価上昇は賃金上昇による内生的なものでなく、コストプッシュの色彩が強い。財政出動を行うこと自体は適切な方向性だろう。対策規模が拡大したことについて、財政健全化の観点からの批判も多い。しかし、より本質的な課題は対策を決めていく過程で「規模を大きくする・小さくする」という議論が主だってしまい、予算執行や国内経済への効果が軽視されている(ように少なくとも筆者には映っている)点にあると考えている。

今回の目玉政策である電気代・ガス代抑制策にしても、基本的にはワンショットの給付金であり、個人消費の増加に結び付くのはその一部である。家計の消費や企業の投資につながる形にする観点では、省エネ関連の耐久消費財購入策や設備投資にインセンティブをつける政策に一層重きを置く方が、民間の支出拡大を合わせて促せるだろう。補助金系の施策よりも減税の方が執行の手続きなどを簡略化することができ、予算執行がスムーズになる可能性がある。

看板政策である人への投資については、教育訓練給付の拡充がこれまでも進められてきたが、利用の広がりは限定的だ。ただ増額するのではなく、既存制度へのアクセスを改善する、制度の周知を進めることなどにお金を投じることも重要だろう。

コロナ禍以降、家計や企業にただお金を配る政策が目立つようになっていることは気がかりである。財政政策は規模の大小に終始するのではなく、より効果を高めるための「使い方」についての工夫を凝らす必要があるのではないか。そのため、政策の事後検証を民間がより広く行えるようにする観点での環境づくり、政策に関するデータ公開の在り方、などについて改善の余地が大きいように思う。

第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 星野 卓也