この記事は2022年11月8日に「第一生命経済研究所」で公開された「総合経済対策に対する評価(総論)」を一部編集し、転載したものです。
(*)本稿は、ダイヤモンドオンライン(2022年11月7日)への寄稿を基に作成。
財政支出は39兆円
政府は物価高対策や新しい資本主義の加速などを掲げた経済対策を決めた。事業規模71.6兆円のうち財政支出は39兆円、第2次補正予算案の一般会計は29.1兆円となった。
物価高対策関連のほか、首相が掲げる「新しい資本主義」の加速として『人への投資』の強化や成長分野への労働移動、さらには成長分野における大胆な投資の促進などが盛り込まれたことで、規模が大きく膨らむことになったが、政策効果が未知数の事業も混じったものになっている。
特に、目玉の電気・ガス料金の負担軽減はガソリン補助金とあわせて総額6兆円だが、来年春以降、原油や天然ガスの輸入価格上昇でさらに料金が値上がりする見通しで十分な負担軽減策になるかは不透明だ。対策GDP押し上げる効果も、規模は膨らんだとはいえ、今の需給ギャップのすべてを埋める効果はないだろう。
物価安定目標達成には30兆の追加需要必要
経済対策の規模を評価する際に一般的に参考にされるのが、潜在GDPと実際の実質GDPのかい離を示すGDPギャップ率だ。
直近の2022年4~6月期のGDPギャップ率は、内閣府の推計によれば▲2.7%。マイナス幅を縮小してきているとはいえ、年換算で▲15兆円程度の需要不足が存在していることになる。
ただ、内閣府のGDPギャップと消費者物価の過去の推移をみれば、GDPギャップに2・四半期遅れて生鮮食品を除いたコアCPIインフレ率が連動している。
また、過去のインフレ率とGDPギャップの関係に基づけば、安定して2%物価目標を達成するためには、GDPギャップは15兆円程度の需要超過になることが必要と推定される。
したがって、政府が目指す安定成長のために必要な需要額は、GDPギャップを埋めるため必要な15兆円に加え、+15兆円の超過需要を加えた30兆円以上の規模が必要となる。
GDP押し上げ効果は需給ギャップ解消必要額の3分の2
このため、重要なのはこうした需要創出によってGDPがどれだけ新たに増えるかだろう。
そこで、経済対策のメニューをもとに、GDPの押上げ効果を試算した(下図)。経済対策は物価高対策などの4つの柱で構成されているが、まず物価高対策として、電気・ガス代の負担軽減への創設、省エネ関連の投資の促進、継続的な賃上げ促進策、などで計12.2兆円の財政支出となっているが、これによるGDP押上げ効果は3.2兆円程度と試算される。
電気代の負担軽減への新制度創設や省エネ関連の投資の促進、継続的な賃上げ促進策などに計12.2兆円が計上されているが、電気代の負担軽減への新制度創設の効果で3.2兆円のGDP押上げ効果が見込まれる。
続いて、円安を生かした経済活性化策では、観光産業の発展による訪日客の回復・拡大や海外から日本への投資促進、農産物の輸出拡大などで計4.8兆円が計上されているが、これらによるGDP押上げ効果は2.0兆円にとどまる。
背景には、コロナショック前にインバウンド消費の4割程度を占めていた中国人観光客の回復がゼロコロナ政策で時間がかかることや、企業の農業参入を促す農地法の改正などが進んでいないことがある。
また、「新しい資本主義」の加速としては、「人への投資」の強化、成長分野における大胆な投資の促進等で計6.7兆円が計上されているが、これらによるGDP押上げ効果は1.4兆円にとどまると試算される。「人への投資」は成果がでるまでに時間がかかることや、成長分野における大胆な投資の促進等も中長期的に支出される可能性が高く、短期的な経済効果は大きくなかったりするからだ。
そして、安全・安心の確保として、防災・減災、経済安全保障の強化、子供の安全対策の取組加速などに計10.6兆円が計上されているが、これによるGDP押上げ効果は3.7兆円となる。
公共投資は2021年度以降、建設資材価格の高騰などにより実質で大きく減少に転じているため、今回の経済対策で大幅な盛り返しが期待される。
このように、今回の経済対策のGDP押上げ効果は合計すると10.3兆円、率では+1.9%程度となる見通しだ。
政府は、経済対策が実質GDPを4.6%押し上げるとしている。これは恐らく複数年度にわたる累積の効果を示したものだろう。仮にそうした前提であれば、今回の経済対策の効果は初年度に1.9%/4.6%=41%程度が出現し、それ以降は経済対策の進捗度合いに左右されることになろう。
そして筆者の試算では、GDP押し上げは、主に訪日客の回復拡大や農産品の輸出拡大、防災・減災、経済安全保障強化の公共投資が中心的役割を担うが、GDPギャップ解消に必要な15兆円のうち2/3程度を埋めるにすぎず、また2%物価目標達成に必要な需要額には20兆円程度不足することになるだろう。
こう考えると、今回の経済対策の財政規模は少なくとも金額面だけで見れば、+2%の物価安定目標を達成するのに必要な需要規模には不十分ということになる。