この記事は2022年12月13日に「第一生命経済研究所」で公開された「稼ぐ力を高めようとする家計」を一部編集し、転載したものです。


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家計調査の世帯収入増

「賃金はそれほど伸びていない」という見方が一般的である。最近の物価上昇は著しく、それに家計所得の増加が追いつかない。物価上昇率と比べるから低くみえる。

それは事実なのだが、世帯収入でみると、収入は意外に増えている。総務省「家計調査」(2人以上の勤労者世帯)では、経常収入が2022年10月の前年比3.4%まで伸びている。2022年8月の前年比2.6%、9月の同2.9%だから、数カ月間に亘ってかなり堅調だと言ってよい。

さらに意外なのは、世帯主収入があまり伸びていないことだ。2022年10月の伸びは、前年比2.0%である。このところ、世帯主の収入は、世帯全体の収入の伸び率に割り負けている(図表1)。大きく伸びているのは、(1)世帯主の配偶者の収入、(2)事業・内職収入である(図表2)。少し長いタームでみると、事業・内職収入は2022年4~10月は対前年同期でかなり大きな伸びになっている。

第一生命経済研究所
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こうした世帯の収入増加は、2022年に入って、物価上昇によって生活コストが上がったため、家計が何とかそれを負担できるように稼ぎを増やそうとする行動に出たからだろう。一旦は退職したシニアが再就職したり、妻がパートに出たり、より時給の高い働き口に転職していることがある。

つまり、夫の収入が増えにくい中で、それを補うべく、新しい就労機会を求めることで対処しようとしているのだ。

これまで筆者は、GDP統計の雇用者所得がかなり堅調だという点が疑問であった。賃金上昇がそれほど進まないと言われているのに、なぜ、コロナ禍でマクロの名目所得が堅調なのかがわからなかった。「家計調査」に表れているのは、世帯員がより多く働くことで、何とか収入を増やそうとする努力である。

就労構造の変化

高齢化が進む中で、日本人の就労構造は変わりつつある。公的年金だけでは食べていけないから65歳以降も働き続ける人が増えた。さらに、60~64歳までの就労率も上がっている。

象徴的なデータは、15歳以上人口に占める非就業率が2013年頃から低下に転じていることだ(図表3)。この2013年と言えば、公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢が、男性で60歳から61歳へと遅らされた年である。今まで非就業率が低かった60~64歳の人も、継続雇用で働かざるを得なくなった。

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この変化は、女性の就業率の上昇やシニアの就業率の上昇と裏腹の関係になっている(図表4、5)。コロナ禍では、当初は職探しが困難で、就業機会も限られていた。それが、ウィズ・コロナが定着してきて、2022年春頃から就業できる人が増えてきたと考えられる。それが2022年に入ってからの女性・シニアの就業率の上昇につながっている。

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そうした背景には、ほかにも利子所得の減少など資産運用環境の悪化がある。低金利は今に始まったことではないが、インフレになっても金利が上がらない環境は、高齢者のインフレ耐性を著しく弱めている。

副業も拡大

家計全体の収入の中で、事業・内職収入という区分がある。月次の伸び率でみたとき、この項目の伸びが目立っている(前掲図表2)。その内訳の家賃収入、他の事業収入、内職収入の3つのうち、2022年に入ってから伸び率が大きいのは、他の事業収入である。この項目には、世帯の中で副業をすることで稼いだ収入も含まれていると考えられる。

2018年に厚生労働省がモデル就業規則を変更して、副業が徐々に解禁されている。コロナ禍では、副業が広がっていることが各種アンケート調査ではわかっている。家計調査でも、金額がそれほど多くはないが、変化率でみるとその他の事業収入の増加として表れている。

こうした副業は、勤労者が増やそうとしても増えない給与とは別に、自力救済のために活路を見い出そうとしている手段である。インターネットサイトには、副業の間口を広げるような募集サイトが多くある。若い世代からは、本業を定時に切り上げて、その後で3~4時間ほど軽作業をして稼ぐ人がいる話を聞く。

マクロ集計値では目立たないが、実際はかなり広範囲にネットの募集に応じて副業をすることで、生活コスト増に対応しようとしている人が増えていると考えられる。

待望される範囲の広い賃上げ

家計の世帯収入の柱は、世帯主収入である。全体の3/4のウエイトを占める世帯収入が、安定的に増えることが世帯収入増加のためには最も効果的である。

しかし、考え方を変えると、世帯主以外の賃上げも重要だ。2023年の賃上げが正社員だけではなく、非正規労働者の賃金上昇へと広がれば、その効果は世帯主以外の収入増にも結びつきやすくなる。

現状、世帯主収入に比べると、世帯主の配偶者の収入は、1/5と低い。賃上げとともに女性の処遇をもっと大胆に改善すれば、それが世帯全体の収入増につながっていく。男女間の賃金格差の解消や、若年雇用者とシニア雇用者の賃金格差の解消は、より効果的に世帯収入を上げるだろう。

以前、働き方改革という標語があったが、本当に重要なのは「働かせ方改革」の方だ。そちらの改革は、まだ十分に検討されていない。

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣