本記事は、ひろゆき氏の著書『99%はバイアス』(ダイヤモンド社)の中から一部を抜粋・編集しています
誰も喜ばない「こだわり」
普段、仕事をしていく上で、やっかいなもの。
それが、「こだわり」だ。
職人やアーティストのような仕事では、「こだわり」の部分にスポットライトが当たる。
そこにこそ、仕事や作品の価値が宿っていると思われている。
ただ、非常にやっかいな言葉だ。
本人が「こだわり」だと勘違いしてしまって、本当は意味を持たないようなことも多々ある。
たとえば、ラーメン店であるならば、「お客さんを満足させるためのこだわり」と「自分が納得するためのこだわり」に分けられる。
その2つの円は微妙に重なっている。
「自分が納得するこだわりでありながら、お客さんも満足する」という部分が見えていれば、そのラーメン店は繁盛する。その「こだわり」も正解になる。
ただ、お客さんには何も伝わらないような部分は、ある程度、諦めたり手放したりしたほうがいい。
そうでないと、まわりのスタッフに迷惑がかかる。
「自己満足」ほど、面倒くさいものはない。そうなってしまっている「こだわり」は捨てたほうがいい。
「こだわりなんて意味がないからすべて捨てろ」ということではない。
むしろ、その「こだわり」を発揮できる場所に移ったほうがいい、ということだ。
あなたがどうしてもこだわってしまうことを考えてみる。
そして、それが今の仕事や職場で評価につながるかどうか。
自分のこだわりで、誰かが喜んでいるだろうか?
それを考えてみて、もしリンクしていないのであれば、もっといい仕事があるはずだ。
完璧主義の人は、「有閑階級」にはなれない。
完璧主義の特徴は、「過程(プロセス)」に口出しするのが多いことだ。
たとえば、誰かにお使いに行ってもらうとしよう。そのとき、上手に仕事を任せられる人は、「目的地は○○で、××を買ってきてね」と、目的だけを伝える。
完璧主義の人は違う。
「この道でこの手段を使って行ってきてね」と、行き先までの道順や交通手段にまで口出しする。もしくは、行ってきた人に対して、「ちょっと思ったより遅かったけど、どんな方法で行ったの?」と問い詰めたりする。
こういう仕事の仕方をする人は、いろいろなことを手放すことができない。
目的さえ果たせば、どんな方法を使ってもいいはずだ。
その人が疲れていればタクシーを使ってもいいし、時間に余裕があるなら歩いてもいい。
他人の自由な権限を許せないのが、完璧主義者のダメなところだ。
そうならないためには、「それもありかもね」ということを口グセにするといい。
他人のやり方を見て何か言いたくなっても、グッとこらえて、肯定でも否定でもない「それもありかもね」という言葉を言っておく。
すると、わりと寛容的な気持ちになれる。そうやって複数の意見を認めたり、多様性を受け入れるようにしていくと、完璧主義な考え方から抜け出せるはずだ。
ただし、生産性の高い仕事をしている人は、世界共通で「仕事以外の時間」も、仕事のことを考えている。
たとえば、企画のようなクリエイティブな仕事の場合、実際にパソコンの前に座って作業しているときより、ぼーっと空想して頭の中で考えを巡らせているほうが大事だ。
そうしてずっと考え続けているから、趣味のスポーツをしていたり、仕事と関係ない映画や本に触れているときに、「あ、これはアイデアとして使えるかも!」ということが見つかる。
アルバイトであれば、シフト以外の時間で仕事のことは1秒も考えないほうがいいが、本業でバリバリ稼いでいる人にとっては、メインの仕事のことはずっと頭の中にあったほうがいいのかもしれない。
そういう仕事を運よく見つけた人は、「有閑階級」には不向きなのかもしれない。
20代の頃は、自分がやっている仕事が歯車のように感じる。
しかし、作業に慣れていくうちに、なぜ自分がこれをやっているのかが、徐々に高い視点で抽象度の高い認識としてできるようになっていく。
「こんなこと何の役に立つんだよ」
「アルバイトでもできるじゃないか」
と思っているうちは、まだまだ半人前で、そこから視点をあげて、
「もっとこういう施策をしたらいいのに」
「根本的にここを変えればいいのに」
と、経営者のような発想が持てるようになってきたらチャンスだ。
キツい現場仕事を乗り越えて、リーダーを任されたり部下を持ったりするのが30〜40代のタイミングでおとずれる。
少しずつ生産性の高い仕事ができるポジションが得られる。
「有閑階級」について知識として知った上で、それでも土日や趣味の時間にも、つい考えてしまう仕事があるかどうか。
アイデアを思いついてメモをとったりしてしまい、それが苦痛じゃないかどうか。
それがあるなら、あなたにとっての「適職」なのだろう。その生き方は否定しない。
1976年、神奈川県生まれ。東京都に移り、中央大学へと進学。在学中に、アメリカ・アーカンソー州に留学。1999年、インターネットの匿名掲示板「2ちゃんねる」を開設し、管理人になる。2005年、株式会社ニワンゴの取締役管理人に就任し、「ニコニコ動画」を開始。2009年に「2ちゃんねる」の譲渡を発表。2015年から、英語圏最大の匿名掲示板「4chan」の管理人になる。2021年、自身のYouTubeの切り抜き動画の再生回数は、月間3億回を突破。主な著書に、45万部を突破した『1%の努力』(ダイヤモンド社)がある。※画像をクリックするとAmazonに飛びます