この記事は2022年12月27日に「第一生命経済研究所」で公開された「ちょっと待て、防衛予算」を一部編集し、転載したものです。


防衛予算
(画像=dimj/stock.adobe.com)

水面下をみろ!

2023年度予算案は、一般会計総額が114兆円もの巨大な金額に膨らんだ。非定例的な項目として、コロナ・物価高とウクライナの予備費が5兆円、防衛力強化資金繰り入れが3.4兆円が加わっている。この2つは、「第二ポケット」のような存在だ。それらを除けば正味の一般会計総額は106兆円になる。もしも、そこから税収(69.4兆円)と税外収入(9.3兆円)を差し引くと、本来ならば財政赤字は▲27.3兆円に減っていたことになる(実際の予算案の赤字は▲35.6兆円)。

折角、財政再建が進みそうなのに、それを選択せずに敢えてポケットをつくり、歳出拡大をする理由はどこにあるのか。特に、前述の3.4兆円の「防衛力強化資金繰り入れ」の役割とは何なのであろうか。その説明は、予算の水面下で合意された財源計画のことを語らなくてはよくわからない。

5年間の防衛力強化

経緯は、12月16日に閣議決定された安保3文書の中の中期防衛力整備計画(中期防と略す)にある。2023~2027年度までの5年間に43兆円の防衛予算を支出する計画である。その前の5年計画(2019~2023年度)が27.5兆円となっていたのと比べると、1.6倍近くに激増している。昔ならば「アジア諸国に配慮」とか、「軍事大国への不安」などの反発が噴出していたはずだ。しかし、今回はそうした批判は影を潜めている。背景には、ウクライナ侵攻と北朝鮮のミサイル発射がある。中国の軍事予算の累増も遠因かもしれない。

しかし、常識的に考えて、43兆円の規模は巨大過ぎないか。その内容を詳しく吟味せずに、規定路線としてそれを国民がどう負担するのかを論じる手順には疑問を感じる。

財源の行方

実は、政府自身も財源捻出には、かなり悩んだようだ。1兆円の防衛増税は、2023~2027年度の5年間の中で、法人税・たばこ税・復興所得税の3つの分野での増税になる。ただし、具体的なことは、2024年度以降に検討して結論を得ることになっている。

その5年間での防衛増税の必要額を推定すると、以下のようになる。全体の必要額43兆円は、現在の5年分の防衛費(25.9兆円)を上回る部分で、だからこそ新たな財源確保が求められる。財源確保の必要額は、43兆円-25.9兆円=17.1兆円となる。

すでに表明されているのは、①歳出改革で3兆円強、②決算剰余金で3.5兆円程度、③防衛力強化資金4.6兆円程度である。2023年度予算案の「防衛力強化資金繰り入れ3.4兆円」は、③に該当する。2023年度は税外収入が、為替介入のドル売りによって大きく増えた。収入増分を積み立てて、後年度に用いるつもりだ(未達分1.2兆円)。わかりやすく言えば、予算案114兆円のうち3.4兆円は後年度のために貯蓄しているのである。

この①~③を累計すると、11.1兆円。そこに建設国債・剰余金の上振れの2.5兆円を追加で充てるのを加えて、13.6兆円。財源確保の必要額17.1兆円-13.6兆円=3.5兆円が、5年間で確保すべき防衛増税の必要額になる。

すでに、政府は2027年度時点で防衛増税で1兆円強を確保する方針を明らかにしている。ならば、逆算して2025年度から年間1兆円強の税収確保が必要になる計算である。

この2025年は、次の衆議院の任期、次の参院選の改選が予定されているタイミングである。その手前の2024年9月は、首相の自民党総裁としての任期が到来する。微妙なタイミングだ。

恒久財源の議論

現状の防衛増税は、2027年度までの財源確保を念頭に議論が行われている。では、2028年度以降はどうなるのだろうか。仮に、防衛費が2028年度以降も、それまでと同水準で必要になるとすれば、再び財源確保の問題が2027年度頃に浮上するはずだ。

今回の計画で、歳出改革などに賄おうとしている財源は、別途の手当をしなくてはいけない理屈になる。下手をすると、最悪の場合、追加的に2.8兆円の防衛増税が必要になる。

そう考えると、当座の防衛増税1兆円を2025年度までに明確にしても、その後、2028年度から追加的に2.8兆円近くの恒久財源が必要になる。

2028年度以降の防衛費の姿を議論し始めないと、そこで必要になる恒久財源の話も必ず紛糾することになるだろう。

以上のように、現在の議論では、2023~2027年度に限った財源確保の話になっているが、本当は2028年度以降を含めて考えないといけないことがわかるはずだ。

防衛を巡る疑問点

筆者は、防衛・軍事の専門家ではない。しかし、ウクライナ侵攻などの教訓から、日本の防衛のあり方が大きく見直しを迫られていることは明らかだ。果たして、43兆円を投じる中期防は、新しい環境変化に対応できているのだろうか。

国民の目線で心配なのは、原発である。ロシアは、ウクライナの原発施設を攻撃し、世界中がその安全性を固唾を飲んで見守った。もしも、北朝鮮が日本の原発を攻撃してきたときに安全だろうか。化石燃料消費を減らすための原発稼働はある程度必要だと考えるが、もう一方で現状の原発をそのまま使用して、それが攻撃対象になったときにそのままで安全なのかはよくわからない。現にロシアは、ウクライナの電源供給を寸断しようと試みている。

防衛には門外漢だが、43兆円の巨費を投じて、国の安全が十分に守られるかどうかがわからないことが一番の不安だ。サイバー攻撃対応、ドローン活用、極超音速ミサイル迎撃などの論点に答えているかも、一定の説明責任を果たす必要があると思える。

支出増は国内産業に貢献するか?

経済学の発想では、防衛費の拡大は、需要を増やすが、生産能力はそう簡単に増やせない。僅か5年間で需要規模を1.6倍に増やして、新しい事業を開始すると、供給不足が起こる。だから、インフレ要因になる。さらに、43兆円のうち武器購入に充てられる中には、海外調達も多い。すると、供給不足と相まって、防衛費増加が輸入増加を通じて円安圧力になる。これもインフレ要因と言える。防衛力強化を経済の目でみることは重要だ。

敢えて、その逆の作用があるとすれば、防衛技術の研究が、民間のイノベーションを誘発することだ。中長期でもて、日本経済の生産能力の向上に役立つ。しかし、イノベーションの効果は先見的にはわからない。

政府は、防衛費の拡大が国内産業の売上・収益にどのくらい貢献し、雇用創出など経済効果があるのかをわかる範囲でよいから示すことも一案だ。海外の防衛産業に専ら支出が回るのでは、経済の視点であまり歓迎ができない。

財政再建の試練

岸田政権は、2022年5月の「骨太の方針」で、2025年度に基礎的財政収支を黒字化する目標を明記しなくなった。これは、財政再建の後退ではないというのが公式見解だが、岸田政権の姿勢は決して財政再建に前向きではない。43兆円の防衛費の拡充以外にも、子ども予算の倍増、GX(グリーントランスフォーメイション)などが控えている。それらの計画を実行使用すると、歳出は拡大して必ず財源問題にぶち当たる。多くの国民は増税が悪いと腹を立てるが、遠大な歳出計画を立てるから、その財源探しに悪戦苦闘するのである。防衛費の増額は、これから出てくる歳出計画の前哨戦に過ぎない。折角、税収が増えて財政再建のチャンスが到来しているのに、次々にお金を使う算段をしていてはチャンスはピンチに変わる。私たちは、もっと歳出計画の中身に対する説明責任を、政府にもっと厳しく求めた方がよい。


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第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生