本記事は、茂木健一郎氏の著書『脳は若返る』(リベラル社)の中から一部を抜粋・編集しています。
人のためにお金を使うと幸福感も増す
人のためにお金を使うと幸福度が増す――。これは実際に科学的にも証明されており、世界中で数多くの研究がおこなわれているのをご存じでしょうか。
もっとも有名なのは、カナダのブリティッシュコロンビア大学の心理学者であるエリザベス・ダンが共同研究者とおこなった研究で、アメリカの有名科学誌『サイエンス』で発表されました。その研究内容とは、お金を自分のために使う場合と他人や社会のために使う場合の幸せ度を計測する3つの実験です。
最初の実験では、アメリカ人約600人を対象に、お金を自分のために使った後と、他人のために使った後の幸せ度を5段階で評価してもらった結果、他人のために使ったほうが、幸せ度が高かったという結果が出ました。
2つ目の実験では、ビジネスパーソンのボーナスの使い道を調査したところ、他人や社会のために使った額が大きい人ほど幸せ度も高いことがわかりました。
そして3つ目の実験では、カナダ・バンクーバーの大学生に5ドルまたは20ドルを手渡し、これをその日のうちに使うよう指示した結果、他人のために使ったグループの幸せ度が、自分のために使ったグループを上回ったそうです。
これらの実験の結果、他人のためにより多くのお金を使った人のほうが、幸せ度が示す指数が高いことが立証されたのです。
では、なぜ人のためにお金を使うと幸せ度が増すのでしょうか。これは、脳科学的にも実証されています。
例えば、ドイツのリューベック大学がおこなった研究では、チャリティや寄付をおこなうことで快感を覚える脳の部位が、幸福感に関連する別の部位の反応を誘発したことがMRI画像で明らかになりました。
これで、人のためにお金を使うと脳の報酬系が活性化するという科学的根拠が証明されたわけです。
ではなぜ、自分ではなく人や社会のためにお金を使うと脳が活性化するのでしょうか。それは、人間は地球上でもっとも社会的な動物であるからに他ならないからです。そう考えれば、人や社会のためにお金を使うという行為は、意外にもクリエイティブなことなのです。
人間の脳には、利他的な回路が存在します。この利他的な回路について少しだけ説明しておきましょう。
脳には快感や幸福感によって神経伝達物質であるドーパミンが分泌されます。
普段は「美味しいものを食べた」「物事がうまくいった」など、自分事にドーパミンは分泌されるのですが、「社会や人に役立つことができた」というときにもまったく同じようにドーパミンが分泌されることがわかっています。
つまり、社会や人のためにお金を使うということも利他的な回路、つまりはドーパミンが分泌されることでいつまでも若々しい脳を手に入れることができるのです。
私自身が、もうかれこれ20年以上こうした利他的な脳回路を活性化させています。先に述べた東京藝大の授業の後の上野公園での飲み会では、いつも学生にお金を渡してビールやおつまみを買ってきてもらっていました。20人、多いときには30人が集まる飲み会でしたが、彼ら以上に私は幸せを感じていました。出費はかさみましたが、きっと利他的な脳回路が活性化していたからです。
シニアの方は、こうした「場づくり」が得意なはずです。なぜなら、場をつくるというのは、ある程度経験を積んでないとできないことですから。
ここで大事なのは、そうした場をつくったからといって、「俺が(私が)お金を出して主催しているんだ」という利己的な空気を出さないことです。自分事とは関係なく、みんなが盛り上がれることを優先してみてください。
そして何よりも大事なのは、他人にした行為に対する見返りを求めないことです。見返りを求めてしまうと、感謝されなかったときに「無駄だったのか」と、どうしても思ってしまうからです。そうではなくて、感謝されるかどうかはわからないけれど、とりあえず自分が社会や人に対して、尽くしているということ自体が楽しいと思えることが、利他の回路を活性化させる秘訣なのです。