この記事は2023年3月30日に「第一生命経済研究所」で公開された「英国がTPP加盟へ、広域自由貿易圏が誕生」を一部編集し、転載したものです。
30日付の日本経済新聞朝刊は、環太平洋経済連携協定(TPP)に参加する11ヶ国による明日の閣僚会議で英国の加盟が認められる見通しであると報じている。今後、正式な署名と各国議会の承認などを経て、加盟が実現する。EU離脱後の英国は「グローバル・ブリテン」を国家戦略に掲げ、EU加盟国として締結できなかった国や地域と自由貿易協定(FTA)を締結する方針を示唆していた。大英帝国の遺産としての海外領土や関係の深い英連邦(コモンウェルス)諸国をインド太平洋地域に持つ英国は、経済、外交、安全保障の各分野で同地域でのプレゼンス拡大を目指している。オーストラリアとニュージーランドとのFTA締結、TPPへの加盟申請、インドとのFTA交渉開始、新型空母「クイーン・エリザベス」の同地域への派遣、英米豪3ヶ国の軍事同盟(AUKUS)協定締結、地域の友好国である日本との関係強化、次世代戦闘機の共同開発などは、インド太平洋地域への重心シフトを反映したものである。同地域の高い成長ポテンシャルを取り込むとともに、同地域での覇権拡大を目指す中国に対する牽制の意味合いもある。英国はキャメロン政権時代に中国に接近したが、同盟国である米国の中国との関係悪化、技術流出への警戒、香港での民主主義の弾圧、中国政府の新型コロナウイルスへの対応などを機に、対中警戒姿勢を強めている。
英国は高い貿易自由度を誇り、TPP加盟11ヵ国の多くと二国間FTAを締結しており、TPP加盟に大きな障害はないとみられてきた。だが、カナダやメキシコなどが英国に対して農業分野でのより高い市場開放を求めていたほか、離脱後の北アイルランド関係の見直しを巡る英国とEU間の対立の行方も不安要素とされてきた。英国の農業関係者の間では、オーストラリアやニュージーランド産製品の関税撤廃により、英国の肉牛農家や羊農家などに大きな影響が出ると不満の声が上がっていた。合意内容の詳細は不明だが、加盟実現を目指す英国側が農産品の関税撤廃率の引き上げで何らかの妥協をした可能性がある。北アイルランド問題を巡っては、ジョンソン政権時代の英国が一方的にEUとの合意を破棄する法案審議を開始し、EU側がこれに法的措置で対抗するなど、緊張関係が続いていた。EUとの関係改善を目指すスナク政権の誕生で潮目が変わり、英国とEUは先月、北アイルランドの物流混乱を緩和する新たな取り決め(ウインザー枠組み)で合意した。こうしたことが英国のTPP加盟に道を開いたものと考えられる。
英国のEU離脱後、日本は英国との間で経済連携協定(EPA)を締結しており、英国のTPP参加によって日本のFTA締結国が拡大する訳ではない。だが、インド太平洋地域の安定、経済発展、貿易自由化などで、日英間の利害は一致する。民主主義や法の支配といった価値観を共有し、軍事力や経済力に基づくハードパワーだけでなく、文化や政治的な価値観、国際社会からの信頼、グローバルなネットワークなどのソフトパワーに秀でた英国をTPPに迎えることで、TPPに揺さぶりをかけようとする中国に共同で対峙することや、TPPのさらなる拡大に弾みがつくことが期待できる。世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)が行き詰まりをみせるなか、地域の枠組みを超えたTPPの拡大は、市場経済や自由貿易の更なる推進やグローバル経済の立て直しにつながる可能性を秘めている。今後の焦点は英国に次ぐ加盟国が現れるかだ。現在、中国、台湾、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイが加盟を申請している。中国については、TPPに求められる高い貿易自由度を受け入れ、貿易相手国が警戒する政府補助金や技術流出などの問題に取り組む可能性は低く、早期の加盟実現は難しそうだ。