この記事は2023年5月1日に「第一生命経済研究所」で公開された「外国人材受け入れの影響と課題」を一部編集し、転載したものです。
はじめに
法務省の「在留外国人統計」(2022年7月)によれば、日本に在留する外国人の数は276万人を超えている。しかし、総人口に占める割合は2%強にとどまり、2桁を超える国が多い欧米と比べれば、依然として低い水準にある。
一方で、在留外国人の絶対数で見れば欧州の中小国を上回る規模との見方もあるが、就業者に占める外国人の割合で見ても僅か2%台となり、海外と比べると大きな差が存在する。
しかし、近年の急速な人手不足の進行もあり、政府は技能実習の抜本改善や特定技能拡大等、外国人材のさらなる積極的な受け入れへと舵を切りつつある。
長期的に見ても、少子高齢化や人口減少問題は、日本経済が直面する最大の課題となっている。実際、国立社会保障人口問題研究所が2023年4月に公表した将来人口の出生中位推計によれば、日本の総人口は2020年の1億2,615万人から2070年には8,700万人に減少する。そして、15~64歳の生産年齢人口に至っては7,509万人から4,535万人にまで減少する一方で、外国人は275万人から939万人に増加する予測になっている。
少子高齢化が進めば、日本経済の活力が大きく損なわれる可能性がある。そこで本稿では、外国人労働者の受け入れがマクロ経済に及ぼす影響について検討する。
経済成長率への影響
外国人労働者の受け入れが経済成長率及ぼす影響について、一つの目安となるのが成長会計だろう。成長会計とは、経済成長率をその内訳に注目して成長の要因を分解するものである。その生産要素として、資本と労働と考えてコブ=ダグラス型の生産関数を仮定し、経済成長率を、①資本分配率と資本投入量の変化の積、②労働分配率と労働投入量の変化の積、③全要素生産性の上昇率、の3要因に分解するものである。従って、外国人労働者の受け入れは、主に②の労働投入量の増加、により経済成長率の上昇に寄与する可能性があるといえる。
先の人口推計によれば、外国人が50年間累計で664万人増える予測となっている。これは、直近の就業者数をもとに労働分配率と労働時間が不変とすれば+0.2%の労働投入量の増加となる。そこで、内閣府が潜在GDPを推定する際に想定する資本分配率0.33を用いれば+0.2%の労働投入量の増加は年平均+0.13%の潜在GDPの押し上げ要因になると試算される。従って、GDPギャップがプラスであることを前提とすれば、外国人労働者の受け入れが多かれ少なかれ経済成長に貢献する、というのが一般的な結論と言っていいだろう。ただし、GDPギャップがマイナスの状況であれば、デフレギャップを拡大させてしまう可能性があることには注意が必要だろう。
財政への影響
外国人労働者が財政に及ぼす影響については、経済成長率に応じて税収がどの程度増加するかを表す税収弾性値の前提で見方が分かれるだろう。政府は、比較的安定的な経済成長をしていたバブル期以前の平均的な税収弾性値を用いて1.1としている。しかし、欠損法人割合が大きく変動するようになった1990年代後半以降の税収弾性値を計測すれば、3近くまで上昇しているとする向きもある。
このように立場によって税収弾性値の捉え方はまちまちであるが、GDPギャップがプラスの状況で外国人労働者を受け入れれば、日本の潜在GDPの押し上げに伴う現実のGDP押し上げを通じて財政にも貢献する、という点は共通の認識であるといえる。
なお、財政に及ぼす影響については、経済成長面だけでなく社会保障制度の在り方も重要だろう。例えば、外国人労働者と日本人労働者の社会保障制度に対する依存度が変われば、財政に及ぼす影響も変わってこよう。
賃金への影響
外国人労働者と賃金や失業率の関係について、最も重要な指標はGDPギャップだろう。GDPギャップと失業率の間にはオークンの法則という安定的した負の相関関係が観察される。また、失業率と賃金上昇率の間にもフィリップス曲線という安定的なトレードオフ関係がある。
そこで具体的な関係を見てみると、オークンの法則では1980年~2018年の内閣府のGDPギャップが1%低下すると失業率が▲0.22%低下する関係があることがわかる。
また、オークンの法則とフィリップス曲線の関係からGDPギャップと賃金にも関係があることから、内閣府のGDPギャップと賃金の関係について分析を行うと、GDPギャップが1%悪化すると賃金が▲0.51%低下する関係にあることがわかる。つまり、外国人労働者の流入が多くなるほど潜在GDPも押し上げられることになるが、潜在GDPの拡大が実質GDPの拡大を上回る状況になければ、GDPギャップの拡大を通じて平均賃金の押し下げ圧力になるといえる。ただし、GDPギャップがプラスの場合は経済の過熱を緩和することにもなりうるといえよう。
以上より、外国人労働者の受け入れは、GDPギャップがプラスの状況にあれば、日本が直面する人口減少のみならず、経済成長率の停滞や財政健全化といった問題に貢献しうる。しかし、GDPギャップがマイナスの状況であれば、逆にデフレギャップを拡大させることを通じて、デフレ圧力を増幅させることにもなりかねないといえよう。
おわりに
以上のように、外国人労働者の受け入れによる効果はGDPギャップの状況により大きく左右されることになり、日本が抱える人口減少や経済成長率の停滞、財政健全化といった問題のマクロ的な解決策としては諸刃の剣にもなりうるといえるだろう。
ただし、構造的に人手不足が生じている地域や産業にとっては、外国人労働者の受け入れが死活問題となる側面もある。従って、外国人労働者を地方や産業の人手不足を補うために一定の基準のもとで積極的に受け入れることは重要であるといえる。
海外では多くの国で外国人政策を一括で所管する行政機関があるが、日本でも新たな外国人材受け入れなどに向け、法務省が現在の入国管理局を格上げし、2019年4月に外局の「出入国在留管理庁(入管庁)」を設置した。そして、入管庁では外国人材受け入れの環境整備に関する総合調整を担っており、出入国を管理する部署では出入国に関する事務や不法在留の取り締まりなどを担当し、在留を管理支援するは部署で他省庁や地方自治体と連携して在留外国人の生活環境整備を進めている。そして、地方出入国在留管理局8局、同支局7局、出張所61か所及び入国管理センター2か所が設置されているが、韓国では定住支援センターが全国に100か所以上存在していることからすれば、日本もサポート体制を拡充していくべきだろう。
また、高度人材の受け入れについては、日本の言語や文化になじむ期間がある留学生の受け入れ拡充も有効だろう。しかし、労働政策研究・研修機構のアンケート調査等よれば、留学生が日本の硬直的な採用システムに不満を抱いていることがわかっている。従って、日本も画一的な新卒一括採用のみではなく、柔軟な採用時期やプロセスを支える公的な制度を官民が協力してより一層推進する必要があるだろう。更に、外国人材の東京一極集中を防ぎ、地方創生に生かすためには、地方に特区を設けて積極的に外国人材を集めること等も検討に値しよう。