この記事は2023年5月19日に「第一生命経済研究所」で公開された「電気料金値上げで圧迫される個人消費」を一部編集し、転載したものです。


家計
(画像=tamayura39/stock.adobe.com)

目次

  1. 6月は大幅な値上がり
  2. 節約される消費品目
  3. 悩ましい10月以降

6月は大幅な値上がり

経済産業省は、電力7社から受けていた値上げ申請に対して、値上げ幅を圧縮した上で了承をした。これで、10社のうち7社が2023年6月以降の家庭向け電気料金を値上げする。その影響は、個人消費にインパクトを与えると考えられる。そこで、その影響を考えてみた。

政府の発表では、電気料金の値上げ幅は申請前(2022年11月)に比べて、各社14~42%と大きく上がる。そのインパクトは、値上げ申請する7社分に、申請していない3社分を加えて加重平均の数字を計算しなくてはいけない。筆者の計算では、消費者物価の電気代の指数ベースで全国平均を+11.5%ほど上昇させると推計する。2023年2月の電気代は、政府の経済対策で▲18.8%ほど押し下げされた(総務省「消費者物価」のベース、図表1)。だから、その約6割が戻ってしまう格好になる。

総務省は、2023年2月からの電気代の押し下げの寄与度が▲0.83%ポイント(2023年4月)だったと発表している。従って、6月の値上げは、その約6割である+0.51%の押し上げになる計算だ。年間の2人以上世帯の電気代の増加に換算すると、約+1,500円/月平均(家計調査・2人以上世帯ベース、2022年度13,397円×11.5%)に相当する。これは決して小さくはない負担増である。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

節約される消費品目

電気代が値上がりすると、その負担増に反応して、どんな消費が減ってしまうのだろうか。筆者自身も、毎月の電気代の領収書が郵便受けで届く度に気が重くなる。直感的に消費マインドには相当のマイナスだ。

分析手法は、電気代の変動幅が大きくなった過去8年間の物価指数の伸び率(2015年1月~2023年2月、3か月平均)を使い、同時期の消費品目(総務省「家計調査」2人以上世帯)の消費額との間の相関関係を調べてみた(図表2)。ここでは、電気代の価格指数と強い逆相関関係になっている品目ほど、電気代の値上がりによるしわ寄せが大きいと考えた。電気代の値上がりに反応して、節約圧力が働いて家計が減らしやすい品目である。相関係数のマイナスが▲1.00に近づくほど、その関係が強いことになる。

そのマイナス・ランキングでは、上位10品目のうち7つが食料品である(図表3)。1位の乳製品は、生活の余裕があるときに増える。電気代の値上げでは、家計に余裕が失われて減ってしまう。2位の通信費は、電気代と似ていて月次で支払われる。電気代と似ているから、利用が手控えられたり、安い料金プランへのシフトが起こるのだと考えられる。3位の果実、4位の生鮮魚介は、家計に余裕を敏感に反映して増減する品目なのだろう。食品以外では、7位の書籍代が余裕と敏感な品目として挙げられる。

こうした電気代値上げの作用は、よく考えると、賃上げと逆の作用になる。ベースアップによって、月例給与が底上げされると、上記の品目は本来は増加しやすくなるはずだ。ここでは、他の条件を考慮せずに、電気代の値上がりに反応する度合いの強さに注目した。6月からの電気代の値上がりは、そうした賃上げのプラス効果を減殺するものだと考えられる。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

悩ましい10月以降

6月の値上げを計算して思うのは、これが政府の経済支援がなくなっていくと、9・10月以降にさらに大きな負担増に襲われることが不安になることだ。政府は、1~9月の電気代・ガス代の支援について、「激変緩和措置」だと言っていた。10月で激変緩和措置が終わるのが本筋だが、それもまた激変ではないかという見方もできる。総務省の計算では、電気代・ガス代の支援は▲1.00%(消費者物価・全国の寄与度)もある。これが一気になくなることは相当に痛い。

政治的には、今までは2023年4月に選挙があって、家計支援のニーズが経済対策に反映されやすくかった。しかし、10月以降にそうした選挙の日程は今のところない。国民生活に配慮するか、ルールを重視して激変緩和を段階的に止めていくのかは政府にとって悩ましいところだ。

実は、これがそう単純ではないのは、価格補助をずっと維持すると、エネルギー消費が膨らんだままになって、脱炭素化に逆行するからだ。広島サミットでも、脱炭素化は重要なテーマになっている。あまりにエネルギー価格の支援を長く延長していると、脱炭素化の方針と矛盾する。日本は、5月のサミットの議長国としての責任もある。

そこに折り合いをつける策として、原発再稼働がある。値上げを申請していない3社のうち2社は、複数基の原発を稼働させている。岸田首相は、すでに原発再稼働を表明しているが、地元の合意や必要な安全対策などの面でなかなか進捗していないのが実情のようである。原発稼働には慎重論は強いが、脱炭素化と家計負担増の問題を考えると、具体的な原発稼働の見通しを明確する必要がある。そして、電気代のサポートについては、その再稼働と絡めて、段階的に縮減していくのがよいと考えられる。筆者は、日本のエネルギー政策は激変緩和措置(短期目標)と脱炭素化(長期目標)の方針の接合を今までよりも明確にすべき段階にやってきていると思う。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生