この記事は2023年5月24日に「第一生命経済研究所」で公開された「再来する超人手不足時代」を一部編集し、転載したものです。


ビジネス,女性,外国人
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2019年3月のピークに接近

多くの企業で再び人手不足が深刻化している。コロナ以前に人手不足が最も進んでいた時期は、2019年3月頃である。現在は、その水準の人手不足に接近している。そのデータは、日銀短観の雇用人員判断DIに表れている。全規模・全産業の人員不足超幅は、2023年3月▲32まで広がっている(図表1)。ピークの2018年12月・2019年3月の▲35に接近している。近々、コロナ前を上回る人手不足に陥ることが予想される。

第一生命経済研究所
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この雇用判断DIを使って、どのくらいの潜在的労働力不足があるのかを計算してみた。実は、この雇用判断DIと、季節調整値・実質GDPはかなり高い相関関係がある。この2つのデータを使って、雇用判断DIがゼロになる実質GDP水準を逆算し、平均値の労働生産性で割れば、潜在的労働力不足の人数がわかる(図表2)。結果を示すと、2023年3月の人手不足は計算上は586万人だった。日本経済の成長制約として、労働力人口が不足していて、586万人分の雇用が抑えられていると言える。現在の就業者に、この潜在的労働力不足の人数を加えると、潜在労働需要の人数がわかる(図表3)。

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未充足の労働需要

潜在的労働力不足の586万人は、有効求人数(2023年3月)の263万人よりも2倍以上も多い。これは、企業が本当は不足している人員はいるのだが、高い時給を提示しなくては採用できないので、ハローワークに求人票を出していない人数が約320万人もいることを示している。約320万人は、求人を断念している企業の労働需要だとも言える。実は、ハローワークに提出されている求人についても、十分な給与水準を提示できないために人が集まらない未充足の求人は多くあるとされる。この586万人は、企業にとって未充足の労働者数と言える。

非常に興味深いのは、この潜在的労働力不足の人数が、外国人労働力の人数と微妙に対応していることだ(図表4)。潜在的労働力不足が広がると、日本に居住する外国人数も趨勢的に増えている。このデータが物語るのは、今後、日本経済が成長して追加的に労働需要が高まると、そこで生じた未充足の労働力は、外国人の流入によって賄われることを予想させる。政府は、少子化対策に遅ればせながら力を入れているが、残念ながら、少子化対策によって労働力不足が解消されるということにはならないだろう。日本企業の労働力は、海外からの流入に依存さざるを得ないのが実情だ。

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しかし、その場合は円安がネックになる。円安によって、コロナが一服しても、日本には以前ほどは外国人が戻ってこないのではないかという見方がある。円安進行で相対的に日本企業が提示する給与水準が、外国人にとって低すぎる待遇になっているからである。

深刻化するミスマッチ

未充足の労働力不足は、外国人の流入だけでは充足されない。労働需要には質的な違いがあって、企業は特定技能をすでに身につけた人を採用したがっているからだ。外部労働市場にそうした特的技能を修得した人材がいない場合には、未充足の求人が積み上がることになる。

月次の有効求人数と求職者数の推移を並べると、最近は求人数が増えてもなかなか求職者数が減らなくなっている(図表5)。コロナ禍の3年間は、金融支援や雇用調整の防止を過剰なまでに実施したので、求職者はそれほど増えなかった。それに加えて、人材のミスマッチもひどくなっているため、未充足の求人数が増えていると理解できる。

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最近、生成AIの普及が話題になり、「AIが仕事を奪う」と騒がれている。しかし、生成AIが人手不足を解消してくれるのならば、それは誠に結構なことだ。話がそう単純ではないのは、AIによって節約される人員と、人手不足で困っている企業の間に巨大なミスマッチがあるからだ。

仮に、AIで仕事を失う人が数十万人単位で増えるのならば、その人は人手不足の企業で必要とされる技能をどこかで修得しなければいけない。日本企業は、技能労働者をOJTなどを中心に内部養成する傾向が強く、必要な技能を持たない中途採用者を技能労働者として鍛え直すという仕組みを持っていない場合が多い。

本質は生産性問題

筆者は、人手不足を解消するための本質的な対応が「生産性上昇」だと考えている。絶対数で586万人の潜在的労働力不足があれば、企業が就業者の労働生産性を平均して1.087倍以上に増やすしかないという考え方だ。各職場での生産性向上の工夫が最も重要だという見方だ。

各業種の労働力不足の状況をみてみよう。日銀短観の業種別の人員不足超のランキングである(図表6)。宿泊・飲食サービス、建設、情報サービス、対個人サービスが上位にくる。例えば、飲食サービスの場合、時給を1,500円くらいまで上げるといくらか人は採用できるのだろう。しかし、時給1,500円では採算が取れない。飲食サービスの生産性を値上げをしてでも確保しなければ、時給1,500円で求人を出すことは難しいのである。未充足の人員を抱えている企業は、採算性の問題があって、なかなか思うように時給を上げられない先が多いはずだ。そこでは、やはり各企業が何とか生産性を引き上げることが必要になる。

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先に、生成AIを使っても、人材のミスマッチは解消しないと述べたが、視点を変えて、生成AIを使って職場の労働生産性を引き上げれば、そのことは本質的な解決につながっていく。企業が生産性を向上させてこそ、より高い賃上げが可能になり、それを通じて人手不足も緩和されていく。人口減少がひたひたと進行するで、社会全体が1人当たりの労働生産性を高めなくてはいけないという問題意識を持つことが重要になっている。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生