所狭しと、ありとあらゆるサイズのタイヤが並ぶタイヤ屋さん
ノボシビルスク市の人口は、160万人。シベリアの首都と呼ばれている大都会だ。
生活必需品はもちろんのこと、ご禁制の品から需要のないもの(たとえば、軽自動車のタイヤ)まで、ありとあらゆるものが手に入るに違いない。多少高くても文句は言いません。売っていただけるのなら、なんでも言うことを聞きます。遠慮なくご用命くださいと、街で一番大きいタイヤ屋さんの門を叩いた。
店内は、所狭しとありとあらゆるサイズのタイヤが陳列されていた。おそらくは世界中のタイヤが、我こそはと集まったのだろう。ならば、軽自動車のタイヤだってある。しかし油断は禁物だ。海外は横着者の店員が多い。よく探しもしないで、そんなものはないねーと追い払うことがある。店員のやる気と能力を最大限に引き出せるよう、下手に出ることにした。
入り口正面のカウンターに、男性店員が立っていた。深々と頭を下げて、「ズトラストビーチェ(こんにちは)」とあいさつをする。飛び込み営業マンの、邪気を隠した天使のような笑顔で。
「これがほしいのですが」と、うやうやしくタイヤサイズを書いたメモを渡した。
店員の名前はセルゲイ、30代半ば。面白みのない紺色のポロシャツを着た中肉中背。実直そうに見えた。筆者の渡したメモを片手にパソコンに向い、型番を打ち込んだ。画面の上から下まで視線を動かせて、ひとこと言った。
「ありません」
ライオンとトラの子ども「ライガー」までいる街、ノボシビルスク
げぼっ、やっぱりないのか! 一瞬にして泣きたくなったけれど、そんなことはおくびにも出さないのが、アウェーでの交渉術である。諦めるのはまだ早い。調べたフリをしただけで、横着者かもしれない。
セルゲイさん、そんなはずはないと思いますよ。ごく普通のタイヤなんですから。もう一度調べてください。必ずありますから。
若干おどおどしながら辿々しい英語でお願いするのがポイントだ。とすると、しょうがないなあと呟きながら重い腰を上げ、「えーと、どれどれ、あ、本当だ、在庫、ありました」となるのである、
……というほど世の中は甘くはなかった。
「調べ直したけど、うちにはないですね。というか、こんな小さなタイヤはロシアにないと思います。見たことないから」
あっさりと地獄に突き落とされた。……がしかし、「取り寄せましょうか?」と言うではないか。
えっ、そんなことできるの? さすが大都会、そういえば、ライオンとトラの子ども「ライガー」はこの町にお住まいだと聞きました。ないはずのものまであるノボシビルスクです。
Yuko、取り寄せてくれるって。助かった〜、これで旅を続けられる!……と喜んだのも束の間、
「ひと月くらいかかりますけど」
再び、地獄に突き落とされた。というのも、2週間後にロシアのビザが切れるのである。