ねぇセルゲイ、このお店が最後の希望なんです

ひと月は待てない。絶対に無理です。ビザが切れてしまうのです。不法滞在になったらお先真っ暗だ、と思ったらもう日が暮れていた。

「ほかのお店にあるってことはないですかね?」
「ないですね。問屋に在庫がないから」
「では、取り寄せはどこから?」
「日本から輸入します」

セルゲイ、返事にそつがなかった。案外、守りが堅いのである。でもね、実際問題、ないじゃ済まされないのです。スタッドレスタイヤが手に入らないと、ボクら、ツンドラの大地に埋もれてしまいます。このお店が最後の希望なんです。常識なんか捨てて、あらゆる手立てを考えましょうよ。打開策が浮かぶまで、残業! とは言えないじゃないですか、そんな図々しいこと。

ひたすら困った顔して固まっていたわけなんですが、そんな哀愁に満ちた佇まいがセルゲイを動かしました。あるんですね、ロシア人にも“情けは人のためならず”系のツボ。

「わかりました。ちょっと調べてみましょう」

インターネットの「売ります、買います」サイトで、軽自動車のタイヤを検索。これがなかなか見つからなくて苦労しているのが目に余るけど、ごめんなさい、お手伝いしたいけど、ロシア語は読めないのです。やがてモニターを見ながら電話をかけてなにやら書き留め、「この人が売ってくれるって」とメモを渡してくれた。

見つけたの!? セルゲイ、ありがとう。固く両手を握りしめてお礼をしたとき、手が汗ばんでて気持ち悪かったでしょう、許してください。
それではさようなら、お世話になりました、と手を振ったときは若干涙ぐんでてさぞかし気持ち悪かったでしょう、許してください。
Yuko、急いでこの人に会いに行こう!

車のなかでセルゲイのメモを開いて驚いた。まさかのキリル文字。ひと文字も読めないのだった。

ロシアに軽自動車のタイヤなんて売ってるの? シベリアの首都と呼ばれる大きな街でタイヤ屋さんを探す【すみません、ボクら、迷子でしょうか?:第7話】
よく見たら、川が凍り始めてた

英語を話せない謎の男性と待ち合わせ

キリル文字は、底意地が悪い。

英語のアルファベットを真似ているあたりが、ずるくてならない。発音できそうなフリをするものだから、「N」に似た「и」を「ん」と発音してみたり、「h」をひっくり返したような「ч」をハ行としたり、「R」っぽい「я」は巻き舌風に。「ж」とか「Њ」は見なかったことにして飛ばす。

さまざまな工夫をしながら読んでいるというのに、「Д」でトドメを刺してくる((゚Д゚))。しかもセルゲイのメモは、草書体。無駄に達筆だ。

そんな暗号文をGoogleマップを頼りに読み解くYukoはキリル文字より賢くて、あっちに向かって! と右方向を指さしたのが、夕方の18時。

途中、予約していた宿に「チェックインが遅れます」とメールをして、ロシアでは絶対に売れない軽自動車のタイヤを売っている謎の男性に電話。待ち合わせ場所を教えてもらったのが、仇となった。完全に迷子になってしまった。

謎の男性は英語を話せないのである。それでよく会話ができるなと思うのだが、Yukoの説明を聞いても意味不明なので割愛。シベリアの大地を彷徨い続けて、待ち合わせ場所だと思われる地点に着いたのが、21時。3時間も経っていた。

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