本記事は、長嶋修氏の著書『グレートリセット後の世界をどう生きるか』(小学館)の中から一部を抜粋・編集しています。
日本の土地資産額は減少する
マンションはその立地に加え、木造が主流の一戸建てに比して、RC(鉄筋コンクリート)だから安心、といった漠然とした安心感もマンション人気を後押ししているようです。ただしこれはいかにも素人的なイメージに過ぎず、実際は「設計」「工事」「点検・メンテナンス」の三拍子がそろっていれば、どんな構造であっても100年以上は持つのです。
不動産価格がどうやって決まるのか。その要因には、景気動向やら株価、金利やら、細かく説明すればいろいろありますが、結局のところそうしたパラメータ(媒介変数)を消化したうえで、最後は「需要と供給」で決まります。
「買いたい人が多ければ上がり、売りたい人が多ければ下がる」と、ただそれだけのことです。「需要」である人口が減少するのですから、価格が下がるのはある意味あたり前のことと言えるでしょう。本格的な人口・世帯数減少社会を迎える日本の土地資産額は、ざっくり現在から3割減・4割減となる流れです。
2020年の日本の総人口は同年の国勢調査によれば1億2615万人でしたが、以後長期にわたる本格的な人口減少局面に突入するのは誰しもご存じかと思います。国立社会保障・人口問題研究所が発表した「日本の将来推計人口(令和5年推計)」によれば、2045年には1億880万人、2056年には1億人を割って9,965万人、2070年には8,700万人になると推計されています。
不動産の価値指標が変わる
とはいえ、こうした人口減少局面では、全国一律に、まんべんなく人口(需要)が減り、平均的に不動産価格が下がるわけではありません。繰り返しになりますが、現実には次の
ように大きく三極分化します。
- 人が集まるところ
- 徐々に減少していくところ
- 無人化するところ
1の「人が集まるところ」は人口減少といったメガトレンドをものともせず、今後も価格維持ないしは上昇を続けます。2の「徐々に減少していくところ」は年率2〜4パーセントの下落を継続。仮に4パーセントの下落を15年続けるとおよそ半値となります。3の「無人化するところ」は文字通り価値ゼロどころか「お金を払っても引き取り手がない」といった状況となり、前述したようにすでにスタートしている三極化が、人口減少ピークの2070年に向けてますますコントラストを強めていくといった状況となるでしょう。
こうした中、私たちは「不動産」とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。テレビや新聞、雑誌、ネットなどメディアでよく取り上げられる「賃貸か持ち家か」「マンションか一戸建てか」「都心か地方か」「いつが買い時か、売り時か」「住宅ローンは変動か固定か」といった明快なテーマは、いつの時代でも一定のニーズがありますが、このような単純図式化された問いは、実は今となっては本質的ではなく、したがってあまり意味がないかもしれません。
それはなぜでしょうか。こうしたテーマは往々にして「経済合理性」を論じています。
要は「損得勘定」です。
もちろん経済合理性は超重要。高く買うより少しでも安く買えた方がいいに決まっています。買ったそばから不動産の価値がダダ下がりしてX年後に無価値あるいはマイナス価値となってしまうより、価値が落ちない、落ちにくい方がいいでしょうし、筆者も日ごろその重要性を説いています。
注意したいのは、こうした「損得勘定を語る前提条件が大きく変わる可能性が高い」ということなのです。一般には論じられていない「古くて新しい指標」がこれから新たに加わり、スタンダードになります。そこには「自治体経営力」「災害対応力」「省エネ性能」といった聞き慣れたワードがいっそう強調されるほか、「好き」とか「愛着」とか「コミュニティ」といった、一見損得とは対極にあると思えるようなワードが、経済合理的にも非常に大事になる時代がやってくるからです。
価値を左右する自治体経営力
まずは大事になるのが「自治体経営力」。
前述した通り、どの自治体も例外なく、住民税や固定資産税をはじめとする税収(歳入)で賄われています。例えば働き盛りの世代が多く流入する自治体では、税収もおのずと増加します。だからこそ自治体サービスもより充実させることができ、住みよい街が形成されるのです。
一方、若年層の流入がなく、高齢化が進む自治体では、税収も乏しく、高齢者向けのサービスに支出はかさみ、そのままいくとにっちもさっちもいかなくなります。
現時点では大きな差異がないように思える各自治体の経営ですが、団塊世代が一通りこの世からいなくなり、人口減少が進んだころはどうなっているでしょうか? 上下水道や道路・橋・公園といった設備・施設の修繕や更新もままならず、住みにくくなっている未来が容易に想像できるでしょう。
この手の話はある日突然現れるわけではなく、じわりわりと進行するため事態に気づきにくい、前述した「ゆでガエルのワナ」に陥りがちです。ゆっくりと進行する環境変化に慣れてしまい、気づいたころには取り返しのつかない事態に陥っているわけです。
多くの自治体が、財政についてオンラインで公開しています。過去10年くらいの歳出と歳入の推移やその内訳について眺めてみると傾向がわかります。税収は増加傾向なのか、減少傾向なのか、歳出は増えているか減っているか、出入りのバランスはどう変化しているのかなど、お住まいの自治体の財政について調べてみてください。数字にそれほど強くない人でも、慣れればそんなに難しくないでしょう。
千葉県流山市では、2003年時点の歳入が400億円程度だったところ、2023年時点で800億円超と、なんと倍増させています。増加の大きな要因は「市民税」「固定資産税」です。流山市はいち早く子育て政策を打ち出し、「母になるなら、流山市。」というキャッチコピーとともに高いPR力で評判を高め、働き盛りの市民を増やすことで税収を上げる努力を長年続けてきたからです。
目標は流山市をつくばエクスプレス(TX)沿線でいちばん早く、いちばん高く売れる街にすること。流山市では他にも「行財政改革」「市民自治」「街づくり」「オープンデータ」などの分野で成果を上げています。
ネット上には流山市の取り組みが数多く紹介されていますので、ご興味がある方はご覧ください。こうした一連の大改革ができたのは、2003年に井崎義治現市長が就任してからです。井崎市長はアメリカで都市計画や地域計画に携わってきた専門家であり、だからこそ「自治体は経営である」ということをよくご存じであったのだと思います。それで、就任時から「流山市をTX沿線でいちばん早く、いちばん高く売れる街にすること」といった課題に取り組んでこられたのです。
多くの自治体でドラスティックな改革ができないのは、たいていリーダーである首長が「そもそも問題意識が低い」か、「やりたくてもできない」のどちらか。前者は論外ですが、本気で都市計画・自治体経営に取り組んでいる首長は残念ながら多くありません。
また「街を縮める」となれば、結果としてどこかの地域を切り捨てることになります。
そうなると選挙に弱い首長は及び腰になり何もできないということに。選挙に強い首長であることが、改革ができる絶対条件です。つまり良好な自治体経営は、首長や議員に投票する住民のリテラシーにかかっているわけですね。
下落する災害地域
次に「災害対応力」。
わが国ではこれまで多くの地震や水害に見舞われてきましたが、実は2019年の台風15号、19号を受け、損保大手各社が火災保険料の見直しをしています。要は「水害可能性のある地域は火災保険料が割高になる」というわけです。
ただし見直しといっても保険料が当初より最大1.2倍程度上がるといったレベルで、額にして数万〜10万円程度であることから、これで不動産の資産価格に差がつくというような、大きなインパクトはありません。
しかしこのような格差を、住宅ローンを提供する金融機関が始めたらどうなるでしょうか。例えば、これまでは5,000万円の物件Aと物件Bどちらも担保評価の掛け目を100パーセントとしていたところ、水害可能性の低い物件Aはそのまま、水害可能性の高い物件Bは金融機関としてもリスクがあるため担保評価を70パーセントの3,500万円としたら、とたんに物件Bの資産価格は大きく下落するはずです。
これは住宅を購入する人のほとんどが住宅ローンを利用するためですが、担保評価の低い物件Bを買うには物件価格の30パーセント、つまり1,500万円の頭金を用意しなければなりません。こうなると購入できる人はかなり限られてきます。
したがって需要が大きく減退し、物件Bの価格はかなり下げないと売れないということになるでしょう。おそらく3,000万円台くらいにしないと売れないのではないでしょうか。かたや5,000万円、かたや3,000万円と、今後は水害可能性の有無で大きな資産格差がつく可能性があるのです。
2008年4月、ホームインスペクション(住宅診断)の普及・公認資格制度をめざし、NPO法人日本ホームインスペクターズ協会を設立、初代理事長に就任。TV等メディア出演 、講演、出版・執筆活動等でも活躍中。現在、東洋経済オンライン、ダイヤモンドオンライン等で連載中。NHKドラマ「正直不動産」の監修を一部担当。業界・政策提言や社会問題全般にも言及する。YouTubeチャンネル(長嶋修の「日本と世界を読む」)を運営し、不動産投資・政治・経済・金融全般についての情報発信をするYouTuberとしても活動中。※画像をクリックするとAmazonに飛びます。
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