一般社団法人プロティアンキャリア
髙倉 千春――ロート製薬元取締役(CHRO)、高倉&Company合同会社共同代表
農林水産省入省後、米国留学でMBAを取得。三和総合研究所でコンサルティングに従事し、ファイザー、ノバルティス、味の素で人事部門を歴任。ロート製薬取締役、CHROを経て、日本特殊陶業、三井住友海上火災保険、野村不動産ホールディングスの社外取締役として、戦略的人事と次世代人材育成を推進。
一般社団法人プロティアンキャリア
西村 英丈ーー一般社団法人インタープレナー協会代表理事
東京理科大学卒業後、グローバルカンパニーで人事に従事し、アジアリージョンで新興国市場の人材マネジメントを推進。One HR共同代表としてHR版SDGsを策定。一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム理事、シニアism.理事などを歴任し、インタープレナー協会代表理事に就任。人事、高齢者支援、イノベーター人材育成の分野など多方面に活躍。

西村:まず、「管理から信頼へ」というキーワードが挙げられますが、この変化についてどのようにお考えですか?

高倉:「エンパワーメント」や「成長機会」というのは、与えられるものではなく、自ら掴むものです。まず、自分がキャリアを通じてどのような価値を生み出したいのかを明確にすることが重要です。なので、常に受動的な姿勢ではなく、能動的に動く必要があります。たとえば、先日ロンドンで金融業界の経営者たちと話したのですが、今の時代、膨大なデータをどう解釈し、未来を見据えた意思決定ができるかが問われています。

個人の専門性はもちろん必要ですが、これだけ複雑な時代では、1人の力では限界があります。つまりチームとしての力が必要です。そのためにも、自分自身が「何者であるか」をしっかり持つことが求められます。

西村:「何者であるか」というのは、いわゆるアイデンティティの話ですね。その定義を教えていただけますか?

高倉:アイデンティティとは、「自分がこの世の中に存在する意味」です。キャリア上で言えば、「私はこの仕事を通じて何を実現したいのか」が問われます。ただし、それが会社のパーパスと完全に一致する必要はありません。同じ円に収まるようではむしろ成長を阻害します。少しはみ出した部分があるからこそ、個人の力が組織の成長につながり、会社のパーパスも広がるのです。

副業や兼業が注目されている理由もここにあります。会社の外にいる自分を活かすことで、キャリアの幅が広がります。会社もその「外側」の力を取り込むことで、より強い組織になれるのです。

西村:アイデンティティを持つだけではなく、それを活かして組織の中でどう働くかが重要ですね。

高倉:その通りです。ただし、組織の中で活躍するためには、プロフェッショナリティとスペシャリティ、この両輪が必要です。プロフェッショナリティとは、単なる専門性ではなく、「プロとしての心構え」を指します。つまり、責任感や高い目標を持ちながら仕事に向き合う姿勢です。一方、スペシャリティは専門的なスキルや知識そのものを意味します。

どちらも重要ですが、多くの人はどちらも十分でないことが多い。そのため、日々努力を続け、自分の価値を高めることが必要です。また、チームで働く際には「ギブアンドテイク」の関係が重要です。ただ一緒にいるだけではなく、互いに価値を提供し合える関係でなければ、強いチームは生まれません。

西村:なるほど。これからの時代におけるチーム戦の重要性がよく分かります。一方で、個人のキャリア自立において、企業がどのように支援すべきかについてはどうお考えですか?

高倉:企業が個人を支援する際、重要なのは「公平な成長機会」を提供することです。これが「エクイティ」の考え方であり、1人ひとりがその人らしい強みを発揮できる環境を作ることです。ただし、最終的には個人が自らのキャリアを切り拓く責任があります。

外資系企業では、自己責任ですので、キャリアや資産形成について個人が自立して考える文化が一般的です。例えば、資産運用やファイナンシャルプランニングは若い頃から自分で行います。これに対し、日本企業では手取り足取り支援する傾向が強く、個人の自立を妨げるケースもあります。この違いが、キャリア自立の姿勢にも影響を与えているように思います。

西村:確かに、日本企業では「会社に守られている」という意識が強いですね。これを変えるためには、どのような取り組みが必要でしょうか?

高倉:まずは、個人が「自分のキャリアに責任を持つ」という意識を持つことが第一歩です。そのためには、外部との関わりを増やし、さまざまな経験を積むことが有効です。副業や異業種交流、さらには自己啓発のための学びなどが挙げられます。

また、企業側としても「人的資本」を重視し、従業員一人ひとりの価値を高める取り組みが必要です。これにより、組織としての競争力も高まります。最終的には、会社のパーパスと個人のビジョンが交わるポイントを見出すことが重要です。

西村:キャリアの自立に関連して、ファイナンシャルウェルビーイングという考え方も注目されています。これは、将来の経済的不安が働くモチベーションやエンゲージメントに影響を与えるという視点から、企業がキャリア開発と並行して支援すべき分野だと思います。この点について、どうお考えでしょうか?

高倉:
外資系企業では基本的に、こうした部分は自己責任でやるんですよね。若いうちからファイナンシャルプランニングを自分で学び、計画を立てる文化があります。一方で、日本企業の場合、長年「会社に入れば一生安泰」という安心感が前提でした。その結果、資産運用や老後の生活設計について深く考えずに過ごすケースが多いんです。特に退職後、いざ自分の老後をどうするかと初めて真剣に考える人が多い印象です。

西村:日本企業と外資系企業では、文化の違いが影響しているということですね。

高倉:そうです。外資では、「会社は永遠ではない」「明日どうなるか分からない」という危機感が前提にあります。実際に、M&Aで突然会社がなくなったり、ポジションが削減されることも珍しくありません。若い頃、先輩に「年間これだけの金額で生活を賄う最低ラインを作れ」と教えられたことがあります。贅沢な生活をしていると、いざというときに切り詰めるのが難しいですからね。

西村: そのような危機感が、キャリアと資産形成の両面での自立を促しているんですね。

高倉:
その通りです。また、資産運用に関しては、若いうちからリテラシーを身につけることが重要です。ただ、日本人にはお金の話をすることを「汚い」と感じる文化が根強くありますよね。でも、これからの時代は、こうしたタブーを乗り越えていかなければならないと思います。

西村:では、最後に、これからのキャリア自立やプロフェッショナリティの必要性について、読者へのメッセージをお願いします。

高倉:これからの時代、「私は何者で、何を実現したいのか」を語れる人材であることが求められます。そのためには、自分自身の価値を高め続ける努力を惜しまないこと。そして、プロとしての誇りを持ちながら、変化に対応できる柔軟性を持つことが重要です。

また、会社名や役職に頼るのではなく、自らの力でキャリアを築き上げる覚悟を持つべきです。プロフェッショナリティを育み、スペシャリティを磨き続けることで、どんな環境でも価値を提供できる人材を目指してください。それが、これからの働き方における真のキャリア自立だと思います。