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この記事は2025年2月6日に「テレ東BIZ」で公開された「絶品チョコで急成長! 100年企業を目指す新興ブランド:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
活況!バレンタイン商戦~鎌倉発の超人気ブランド
名古屋駅にある百貨店「ジェイアール名古屋タカシマヤ」。10階の特設フロアで行われていたのは、140ものチョコレートブランドが集結する国内最大級のチョコの祭典、「アムール・デュ・ショコラ」だ。(※2025年2月14日まで開催)
そんな中で、青を基調にしたメゾンカカオの売り場に大行列ができていた。
売れ筋ナンバーワンの看板商品が「アロマ生チョコレート」。
▽売れ筋ナンバーワンの看板商品が「アロマ生チョコレート」
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一般的に生チョコレートは水分量10%以上のチョコをさすが、このブランドは25%もある。
味わいもさまざまで、芳醇な香りの洋梨の果汁を合わせたものや、沖縄産シークワーサーの強い酸味を凝縮して使ったものも。どれも3,000円以上するのに飛ぶように売れていく。
メゾンカカオは2015年創業の若いブランドだが、百貨店の担当者は言う。
「2019年の『即位の礼』で訪日した外国元首への手土産に選ばれたと聞いていますし、全日空の国内線プレミアムクラスのデザートとして使われるなど、他に比べるものがない唯一無二のブランドだなと思います」(「ジェイアール名古屋タカシマヤ」神谷健一部長)
メゾンカカオの創業の地は神奈川・鎌倉市。週末ともなれば大行列ができる。
▽メゾンカカオの創業の地は神奈川・鎌倉市。週末ともなれば大行列ができる
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これまで関東を中心に6店舗を展開していたが、2024年12月、高級ブランドが軒を連ねる東京・丸の内の仲通りに7店舗目が完成。オープン当日は熱心なファンが集まった。
女性客のお目当て「ショコラ・コキーユ」は、中に柔らかな生チョコレートが入っていて、噛めば口いっぱいに風味が広がる。「アロマ生チョコレート」と並ぶ看板商品だ。
午前10時にオープンすると、先頭に立って案内していたのが社長・石原紳伍(40)だ。石原は、全ての商品の開発にあたるショコラティエでもあり、チョコレートファンの間では有名な存在だ。
「アムール・デュ・ショコラ」でも名だたるブランドを相手に売上トップを競う。しかし石原の目標は、もっと高いところにあると言う。
「100年続く物語、文化を『メゾンカカオ』というブランドでつくっていきたいです」
独自ルートで安定仕入~希少コロンビア産カカオ
メゾンカカオ、強さの秘密~独自のカカオ仕入ルート
2024年8月下旬、南米・コロンビア。石原が向かったのは中央部の都市、マニサレス近郊の町。出迎えてくれたのはメゾンカカオが提携する現地企業「ルカー・チョコレート」の農園長、マウリシオ・ベラスケスさんだ。
「ルカー・チョコレート」はコロンビアでカカオを扱う民間企業。いろいろな種類のカカオを栽培し、農法の研究まで行っている。農園はちょっとしたジャングルのようだ。
完熟状態のカカオを割ると、中に入っている白いのがカカオの実。カカオはみずみずしい南国フルーツだ。石原はコロンビアでこのカカオと出会い人生が変わったという。
▽コロンビア産のカカオは香りが強く「フレーバービーンズ」と呼ばれ評価は高い
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コロンビア産のカカオの世界シェアは1%に過ぎないが、香りが強く「フレーバービーンズ」と呼ばれ、評価は高い。メゾンカカオは「ルカー・チョコレート」と提携。さらに同社を通じ2,000軒以上のカカオ農家とも契約を結んでいる。
「カカオは手間がかからず十分なお金が手に入る特別なフルーツです。家族みんなでカカオを栽培したいです」(カカオ栽培農家)
現地で土地を借り、メゾンカカオ専用の農園も手に入れた。実は今、アフリカでの不作からカカオの市場価格が高騰している。だが、メゾンカカオは独自に築いたコロンビアルートで原料を安定的に入手できるのだ。
収穫したカカオは「ルカー・チョコレート」の施設に運び込まれる。木箱の中で6日間、発酵させるのだ。すると白かった果肉が茶色くなり、中の種まで発酵が浸透、独特の香りが出てくる。
▽収穫したカカオは木箱の中で6日間発酵させると独特の香りが出てくる
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「乳酸菌が全体に回るほど、アロマの香りになります」(石原)
こうしたやり方で極上のカカオを確保しているから、こだわりのチョコレートつくりが可能になるのだ。
メゾン“芳醇アロマ”の秘密~香りを閉じ込める独自製法
メゾンカカオ、強さの秘密2~鮮度の高いカカオを独自ブレンド
首都ボゴタの「ルカー・チョコレート」の本社。発酵後、乾燥させたカカオ豆は倉庫に送られてくる。
一般的にカカオ豆は麻袋に入れて船便で輸出。加工まで数カ月かかるため、時には劣化してしまうことがある。そこで石原は別のやり方を取り入れた。
用意したのはコロンビア各地から集められたチョコレートの元。さまざまな品種のカカオからできていてドロドロの状態だ。これをどのように配合するか、石原が自分の鼻と舌で試しながら決めていく。石原が決めた配合に基づきチョコレート製品の原料となる板チョコにして輸出。だから鮮度の高いカカオのチョコレートが作れるのだ。
「ルカー・チョコレート」のカミーロ・ロメロCEOは石原の舌に全幅の信頼を寄せる。
「私はシンゴが並外れた味覚の持ち主であることを知っています。私たちはもちろんチョコレートの専門集団ではありますが、シンゴのアドバイスを受けられるというアドバンテージは大きいと思います」
メゾンカカオ、強さの秘密3~カカオ以外の素材にもこだわり抜く
石原はカカオ以外のフルーツなども信頼する農家のものしか使わない。今回、厳選したシャインマスカットを使った生チョコ作りを見せてくれた。
▽厳選したシャインマスカット、信頼する農家のものしか使わない
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まず一粒一粒、丁寧に皮を剥く。続いて実をつぶして作った贅沢な果汁を、温めた生クリームと合わせる。
一方でマスカットに合うようにコロンビアで配合したチョコレートをスタンバイ。このチョコを溶かし、マスカット果汁入りの生クリームを投入すると、香り豊かな液状のチョコベースができる。
これを丸めて冷やし、固めておく。水分量が少なめのチョコレートで表面をコーティングし、仕上げにカカオパウダーをまぶせば、看板商品「ショコラ・コキーユ」が完成する。
メゾンカカオ創業の原点~帝京ラグビー“ワンチーム精神”
コロンビア北西部の町、ネコクリ。メゾンカカオが契約するカカオ農家が多い地域だ。ここに石原の支援で生まれた学校がある。この活動を広めようと、「メゾンカカオ財団」も設立した。
学校の教師は「メゾンカカオとシンゴさんのおかげで学校の設備はとても充実しました。ハード面だけでなく教育の中身についても支援を受けています」と言う。
この一帯はかつて、麻薬の原料となるコカの葉の栽培が盛んだった。麻薬中毒が蔓延し、子どもたちにもさまざまな悪影響が出ていたと言う。
「まず子どもたちが学べる場所をつくらないと、いいチョコレートづくりはできないのでは、と。最初は青空学校から始めました」(石原)
1校30人から始めた学校は、今や3校400人規模まで増えた。教育が子どもたちの未来を明るく照らしている。
▽「まず子どもたちが学べる場所をつくらないと」と語る石原さん
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石原は1984年、大阪生まれ。中学・高校とラグビーに打ち込み、全国クラスの選手として活躍する。帝京大学に進み、レギュラーを目指し猛練習に明け暮れた。
しかし、大学3年の終わりにラガーマンとしての分岐点を迎える。監督から、選手をやめて、初代の学生コーチをやってくれないかと打診されたのだ。
当時監督をしていた岩出雅之さんは「特に中学時代、大阪では知らない選手はいないぐらいのいい選手だったと耳にしていたし、自信家だったと思います。最後の年にレギュラーを目指していたので、ネガティブな気持ちが最初は大きかったのではないかと思います」と言う。
「なかなか瞬間的には受け止められなかったのですが、父と母に『チームが日本一になるためにできることは何でもやりなさい』と言ってくれた。東京に戻って監督に『覚悟ができました』と伝えたところから、学生コーチがスタートしました」(石原)
チームを強くするために何をすべきか。石原は体育会系のしきたりを取っ払う改革に乗り出す。1年生にやらせていた掃除や洗濯を4年生が率先して行うルールを作り、その分、1年生の体づくりなどを強化した。
現在、学生コーチを務める高山碧惟さんは「チームの土台をつくってくれたのが石原さんだと思っています」と言う。
2025年1月、帝京大学は4連覇を達成。石原の卒業後、“常勝軍団”に生まれ変わったのだ。1年生の時から活躍する青木恵斗主将は「先輩たちが掃除などいろいろなことをやってくれてラグビーに集中できた。それは帝京大学のいい文化につながっていると思います」と言う。
お互いを助け合う「ワンチーム」。石原の経営のベースにはその精神がある。
メゾンカカオ誕生秘話~最強チームができるまで
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石原は大学を卒業後、リクルートに就職。その後、独立し、飲食業を模索する中、旅行で訪れたコロンビアで人生の転機を迎える。たまたま訪ねたカカオ農園で、もぎたてのカカオの実と出会ったのだ。想像していたものとは全く違う、フレッシュな味わいが口いっぱいに広がったのだ。
「これまで食べていたチョコレートは何だったのだろうと。鮮度を生かしたチョコレートづくりはやってみたいなと思いました」(石原)
帰国した石原は独学でチョコレート作りを研究。8カ月後には鎌倉に「カカオ」というコロンビア産チョコレートの専門店をオープンした。
翌2016年には再びコロンビアを訪ねると、「ルカー・チョコレート」のマウリシオさんから「シンゴ、君はもう、私たちの家族の一員だ」という言葉をかけられた。
「これまでラグビーで学んできた『ワンチームの精神』とはまた少し違う。1年しか取引していない僕たちに対して『家族』と言ってくれる感覚が新しかったですね」(石原)
家族のような強さを求め、石原は2020年、ブランド名を変える。従来の「カカオ」に「家族」を意味する「メゾン」を、思いを込めて加えたのだ。
そして家族のように結束を強める取り組みも始める。
この日、社員と共にやってきたのは、取引先の山梨市にあるシャインマスカットの果樹園。生産者の丸山桂佑さんから直に話を聞くのが目的だ。
実際に足を運ぶから伝わってくるものもある。食べたら軽い気持ちで接客などできない。石原は、生産から販売まで、1つにつなげようとしているのだ。この取り組みは「旅するメゾン」と名付けられ、すでに100回以上実施している。
別の日には福岡・糸島市のイチゴ農家へ。チョコレートに加えるフルーツに選ばれたのは「あまおう」だ。
同行したのは販売担当の女性スタッフたち。横浜店の吉田彩華は、「糸島イチゴ園」の生産者、友納慶治さんの話に聞き入った。
「いろいろなイチゴ農家がいる中で、どうして友納さんのイチゴを使わせていただいているのか、お客様に伝えていきたいと思います」(吉田)
▽チョコレートに加える「あまおう」同行したのは販売担当の女性スタッフたち
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チョコだけじゃない!~カカオの可能性を追求
鎌倉駅の近くにメゾンカカオの別ブランド、「チョコレートバンク」の店舗がある。カカオの魅力をもっと伝えたいと石原が作った店だ。
チョコレート以外の商品も並ぶ。カカオの果肉を原料にした希少な逸品、「カカオビネガー」に、女性に大人気のスーパーフード、「カカオニブ」のチョコレート……カカオの可能性を広げる商品を試している。
▽「チョコレートバンク」の店舗にはチョコレート以外の商品も並ぶ
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午後7時の閉店時間、スタッフが「ROBB」という店名が書かれた看板を出した。表で待っていた客が怪しげな通路を通り、裏口から店内へ。ここは石原がシェフを務める完全予約制のレストランだ。
前菜は、「鎌倉野菜とあわせたガスパチョ」。トロトロのチーズ(ストラッチャテッラ)にカカオビネガーで作った紅芯大根の酢漬けと、カカオバターでブリオッシュを揚げた「クルトン」を加え、さらに、冷製スープをムース状にして乗せる。
カカオビネガーやカカオバターによるほのかなチョコの香りが味の決め手だという。
続いて、捌いたのはカンパチ。カカオのポン酢やカカオニブを漬け込んだ醤油を使う。
▽「カンパチ」カカオのポン酢やカカオニブを漬け込んだ醤油を使う
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社長業で忙しいはずの石原だが、カカオのためならここまでやるのだ。
~村上龍の編集後記~
メゾンは、家、家族を意味する。メゾンカカオ、カカオの家、家族を表す。考え抜いた名前じゃないような気がする。ふっと頭に浮かんだのではないだろうか。「家族」「ワンチーム」「旅」などが頭をよぎり、「メゾン」という言葉以外には考えられなかった。
コロンビアという地名もロマンチックで、エキゾチックだ。サッカーファンとしては、ヴァルデラマという鬼才がいた。1月20日のAP電では「民族解放軍」との交渉が決裂し、同国北東部からの民間人の避難が続いている。そういう国で、独特の甘さの生チョコがある。まさに、世界は広い。
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