2016年は米大統領選挙の年だ。金融分析専門家のチャーリー・ビレロ氏によると、1960年以来、経済と大統領選に一貫して見られるパターンがある。選挙時の政権党の下で経済成長が続いている場合、その与党の候補者が勝ち、不景気の場合は、野党が勝つのである。現在の米経済は2%台の低成長率ではあるものの、経済は曲がりなりにも拡大している。

そのことに「自信」を持ったイエレン議長率いる米連邦準備制度理事会(FRB)は12月、金融政策の最高意思決定会合である連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げを全会一致で決定した。FOMCの経済判断が正しければ、与党民主党のヒラリー・クリントン前国務長官が次期大統領に当選する確率が高まる。

だが、多くのエコノミストの見解どおり、まだ米経済の成長が弱い場合、利上げが回復の腰を折り、結果として野党共和党の候補が当選する確率が高まる。

ちなみに、12月のFOMCにおいて、2016年末の米国内総生産(GDP)予測は、前年比2.4%の成長とされ、経済は拡大するものの、米国の潜在成長率といわれる3%には及ばない。ニッセイアセットマネジメントの調べでは、1980年以降7回あった選挙年におけるGDP成長率は、3%を6回も上回っていたというから、今回は過去とは異なる。それだけFRBの利上げの影響力も増すわけだ。

一方、ブルームバーグとニッセイアセットマネジメントの分析によれば、1945~2012年にかけてのニューヨーク・ダウ年間騰落率の平均は、大統領選の前年が+16.1%と最も良好だった。今年は大統領選の前年だが、みずほ証券が11月30日現在でまとめた数字はマイナス0.6%と冴えず、これまた従来のパターンと異なっている。1976年以降8回あった大統領選の年のダウ年間騰落率は7回プラスであったが、選挙年の2016年もプラスとなるか、注目される。

2016年の大統領選を巡る共和党の思惑とFRBの金融政策

大統領候補にとって、FRBの金融政策は死活問題であり、成長率が低い状態であれば、なおさらである。1992年の大統領選で再選を果たせず、ヒラリー氏の夫であるビル・クリントン氏に敗北したパパ・ブッシュは、当時のアラン・グリーンスパンFRB議長に対して、以下のような恨み節を公言していた。

「もし選挙期間中に米金利がもっと劇的に下げられていたならば、経済回復がより鮮明になり、私は再選されていただろう。私がグリーンスパンを再任したのだが、彼は私を失望させた」。

12月の初利上げを果たしたFRBは、2016年中に最低3回、多ければ4回の利上げを狙っているとされる。オバマ現大統領が任命したイエレン議長は、利上げで米経済失速を招き、ヒラリー氏を失望させるのだろうか。

ここで気になるのが、共和党有力者がFRBに量的緩和体制の早期終結や、金融政策への米議会介入の法制化など、次々と圧力をかけ続けていることだ。すっかり安倍政権と妥協してしまった黒田日銀とは違い、イエレンFRBは共和党の圧力を断固としてはね返し、中央銀行としての独立性を堅持している。その姿勢は、FRB内のタカ派高官にも一貫しており、一丸となって立ち向かっている。

とはいえ、すべての圧力を押し返せるわけでもない。今年中の利上げ実現は、共和党が要求し続けてきた政策であり、共和党の名物大統領候補、ドナルド・トランプ氏は12月の利上げ前に、「FRBは低金利でオバマ政権を助けてきた。イエレン議長が利上げに踏み切らないのは、彼女が(リベラル寄りの)政治的な人物だからで、オバマ大統領の要請があるから金利を上げないのだ」と、強く非難している。民主党寄りとみられないため、また、中立性をアピールするには、FRBには利上げしか選択肢がないのだ。

翻って、ヒラリー氏の経済顧問であるローレンス・サマーズ元米財務長官をはじめ、多くの民主党重鎮や、今夏プリンストン大学からニューヨーク市立大学に移籍したリベラル派エコノミストのリーダー、ポール・クルーグマン教授に至るまで、「まだ米経済は完全回復していないから、利上げは待て」との警告を発し続けてきた。イエレンFRB議長が言う「強い米経済」と、一般米市民の「体感景気」には、大きな溝がある。5%台まで低下した失業率も、労働参加率の低下を考慮するなら、実際には10%とされる。

そうしたなか、「政治的でない」ことを証明しようとするFRBの利上げで、民主党の大物政治家やエコノミストの怖れるとおり、米経済が減速すれば、共和党の思う壺である。その減速を民主党のせいにして、大統領選で勝つチャンスが高まるからだ。だから、2016年は利上げのペースが政治化した話題になるだろう。

独アリアンツの著名エコノミストであるモハメド・エラリアン氏は、「FRBの利上げが政策上の誤りと市場のアクシデントという、双子のリスクをもたらす」と警鐘を鳴らしたのは、こうした背景もある。

このように、2016年の米経済成長や米株価は、FRBの利上げのペースに大きく左右され、それが大統領選の帰結にまで影響していく。だが今、それが民主党勝利のシナリオになるか、共和党勝利のシナリオになるのか、読み切っているエコノミストはまだいない。それだけ、両方の可能性があるということだ。(在米ジャーナリスト 岩田太郎)

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