政府と安倍総理が掲げる「一億総活躍社会」。その実現に向けて、「国内総生産(GDP)600兆円」、「希望出生率1.8」、「介護離職ゼロ」の3つの目標を達成すべく、国民会議を開き緊急対策を取りまとめるなど、さまざまな取り組みが動き出している。来春には工程表「ニッポン一億総活躍プラン」が策定される予定で、内容次第では、景気を押し上げる効果も期待できそうだ。

現在の政府のスタンスとしては、政権の掲げる目標については、第2次安倍内閣が発足してから掲げてきた経済政策「アベノミクス」の3本の矢に続く、政策パッケージ「アベノミクス第2ステージ」を推進しているところだ。「デフレからの脱却」が金科玉条だった「第1ステージ」に比べると、「経済再生」に加えて「子育て支援」、「社会保障」といった社会的側面への配慮が加わったのが、第2ステージの特徴だろう。

そこで今回は改めて、「子育て支援」や「社会保障」の側面をささえる、「GDP=600兆円」の背景となり、目標達成への起爆剤として政府が大きな期待をかけている「賃金引上げ」論に焦点を絞って、吟味してみたい。

経済の好循環への「アキレス腱」の賃金

最近20年間の現金給与(5人以上の事業所の調査)の推移を振り返ると、ピークの1997年(37万1670円)からほぼ一貫して下がり続けており、2013年の31万4048円でようやく底打ちとなった。2014年には31万6567円と久々の上昇を記録したが、1997年より5.5万円、比率にすれば約15%減少している。

ただ、この変化は雇用者の構成の変化に起因するところも大きい。同じ現金給与の1997年から2014年への変化を規模別・就業形態別に分けてみると、一般労働者は大企業(500人以上)で2.5%減、小企業(5~29人)で4.2%減、パート労働者は大企業(500人以上)で5.3%増、小企業(5~29人)で1.4%減。これは大企業の一般労働者がパート系に置き換わることで、人件費単価が落ちていることをうかがわせるものだ。

いずれにせよ、賃金の低迷が家計所得・消費の伸び悩み、企業マインドの冷え込みがあいまって、「失われた10年(あるいは20年)」を生み出す大きな要因となっていたとも言えそうだ。

政府が3年連続で「賃上げ」を呼びかけ

こうした中、安倍政権は賃上げを起爆剤とする「成長と分配の好循環」の実現に向けてさまざまな手を繰り出している。実際に、一昨年、昨年と続いた「政労使会議」での賃上げ要請は2年連続のベースアップ(ベア)やボーナス増につながった。

しかし、実績としては、先日発表されたGDP速報は2期連続のマイナス成長と実体経済のひ弱さを露呈した。その背景には、消費税引上げ、中国をはじめとする海外経済の不安定などいろいろと取り沙汰されるが、アベノミクスとの関連で見れば、円安、株高という第一の矢の効果が頭打ち気味となってきたことがもある。さらには、好業績企業では賃上げも行われているものの、中小企業や地方、非正規雇用者などを含む全体にメリットをもたらすまでには至っていないと言えるだろう。

政府首脳は今年も「2%程度の賃上げ要求方針(連合)では不足。3%は目指してもらいたい」と3巡目の賃上げを経済界に要請した。賃上げへの圧力の出どころは国内にとどまらず、最近来日したIMF幹部も「より高い賃上げが必要」と発言している。ただ、労組、特に大手企業の従業員の立場では、賃金を無理に上げて経営が不安定になるよりは、現状維持で十分という保守的考え方も根強いという。

「最低賃金引上げ」の効果は?

政府はさらに、「一億総活躍プラン」のうち、特に来年度以降対応する緊急対策の目玉として、「最低賃金を、年率3%程度引き上げ」、「賃上げの恩恵が及ばない低所得の年金受給者には、給付金を念頭に支援を行う」などの所得増強策を打ち出している。

内閣府の資料によれば、現在、最低賃金程度の時給で働く労働者は300~500万人程度とみられる。安倍内閣発足後の最低賃金引上げ幅は2013年で15円、2014年には16円と比較的高めなものとなっている。が、2015年度の春闘における非正規労働者の賃上げ実績もにらみながら、さらなる引き上げを図る方針とみられる。最低賃金は本来、労使代表や学識者で構成する中央最低賃金審議会が毎夏引き上げの目安を決定する。引き上げを政府が強制することはできないが、首相主導で決まる色彩が強まっていると言えそうだ。

仮に10~20円程度の最低賃金の引上げで300~400万人程度の労働者の賃金が上昇した場合、総所得の増加額は400~900億円程度と試算されている。こうした賃金増加は非正規労働者などこれまで置き去りにされがちだった低賃金層の格差是正など、労働者全体の賃金の底上げにもつながると考えられる。ただ一方で、中小企業等の人件費負担増をもたらし、場合によっては労働需要を減少させ、失業を増やすリスクもないわけではない。

「逆所得政策」は成長実現の切り札となりうるか?

大企業に賃上げを要請する一方、最低賃金の引き上げなどで格差是正にも配慮して、「成長と分配の好循環」につなげようという政府の姿勢は、かつて1960-80年代に国内外で政策論議となった「所得政策」を彷彿とさせる。

当時はインフレ対策として賃上げ抑制を目指したものだから、今回は「逆所得政策」と呼ぶべきかもしれない。他方で、労働市場の価格メカニズムに政府が介入することは、資源配分に不測の歪みを持ち込むもとになりかねないとの教科書的批判が出てくるのは避けられないところだろう。円安・株高を背景に好業績を残している大手企業の多くが、それに見合った賃上げや前向きの投資を行わず内部留保ばかり溜め込んでいるという見方も否定しきれない事実だ。

だとすれば、この「逆所得政策」にもそれなりの意味があると言えよう。だからこそ、あくまでも生産性や企業収益の従属変数だといえる賃金の底上げに併せて、「成長戦略」への真の肉付けを加えて、掛け声倒れにならないよう注意しなければならない。「好循環」が動き出すほど問題は単純ではないことを銘記する必要はあるだろう。(ZUU online 編集部)

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