賃金決定環境の変化

図3でみたように、1990年代後半以降ベースアップゼロがあたり前の時代が長く続くこととなった。過去においては、ベースアップがどのような基準、理由で決定されていたのだろうか、少し振り返ってみたい。

◆物価と賃上げの関係

1990年代後半以降、日本経済は長期のデフレに陥り、賃上げ率が低下傾向にあった。消費者物価の長期推移をみると、1995年には前年比▲0.3%とマイナスとなった後、1999年から2005年までの7年間にわたり、マイナスが続くデフレを経験した(図9)。

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経済が停滞するなか、企業や家計による消極的な行動が定着することで、需要の不足がさらに経済を縮小させ、物価の下落と賃金の減少が相互に起こる悪循環に陥っていた。

賃上げ率の長期推移をみると、第一次オイルショック翌年の1974年には物価上昇率は前年比21.2%(1973年:同11.8%)と急上昇したが、賃上げ率は32.9%と物価の伸びを大きく上回っており、インフレからの生活防衛の為の賃上げがきちんと機能していた。

その後、物価上昇率、賃上げ率ともに伸び率が縮小したが、それでも賃上げ率は5%程度を維持していた。しかし、1990年代に入ってからは賃上げ率が徐々に低下し、2002年以降2%を下回る水準が続いていた。

以下では、1975年以降の物価上昇率(x軸)と賃上げ率(y軸)の関係をみることで、賃上げ率が低下した背景を探ってみたい。ベースアップが実施されていた1999年頃までは、決定係数は0.9と双方の間には正の相関があった(図11)。

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また、近似線の傾きである弾性値は0.7と物価が上昇すれば、賃金も概ね上昇する関係にあった。一方、2000年以降の両者の関係をみてみると、弾性値が0.1と近似線がほぼ横一直線となり、決定係数は0.2と両者の相関性は薄れている。

これは、物価が上昇しても賃金が増加しないことを示している。もっとも、切片(定期昇給と仮定)は1.9(1975年~1999年:3.1)と一定の水準を維持している。企業は、物価が下落しても定期昇給を維持し、その代わりにベースアップを抑制してきたと考えられる。

◆企業収益と賃上げ率の関係

同様に、売上高経常利益率(x軸)と賃上げ率(y軸)について、1985年以降の関係をみてみる。

まず、1985年から1999年の期間において、両者の決定係数は0.4、弾性値は1.8とベースアップと企業収益の間には一定程度の正の相関関係があった(図11)。

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しかし、2000年代に入ってからは利益率が上昇する中で、弾性値、相関係数ともに低下するなど、企業収益の改善に即して賃金が上昇していない状況が続いていた。

このように、1975年から1999年にかけて賃上げ率は物価の動向に左右される面が大きかった。しかし、デフレ状態が続いていた2000年以降は経営者が物価の動向によって賃上げを決定する必要性がなくなり、さらに企業収益が改善を続けても人件費抑制姿勢を継続したことが賃上げを抑制していた。

◆根強い企業のデフレマインド

企業のデフレマインドの根強さは、賃金改定事情を調査したアンケート調査でも確認できる。厚生労働省の「賃金引上げ等の実態に関する調査」によると、賃金の改定要因として「物価上昇」を挙げる企業は1974年の24%をピークに低下傾向にあり、2000年以降極めて低い水準で推移している(図12)。

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また、高い賃上げ率が実現した2014年でも、「物価上昇」の回答割合は1.2%と依然低い。同年は消費税率引き上げによって物価が押し上げられたため、物価上昇を契機として賃上げを実施した企業は少なかった可能性が高い。

その他の回答をみてみると、企業収益が過去最高を更新する中で、「企業の業績」を挙げる企業は減少傾向にある。前述のとおり、企業は人件費を抑制して収益を高めるようになったため、賃上げを決定する上で業績の重要性が薄れている。その一方で、「労働力の確保・定着」は足元で大きく上昇しており、労働需給の逼迫化が2年連続の大幅な賃上げを促したと考えられる。

安倍政権はデフレマインドの転換を図るべく、経済政策「アベノミクス」を始動してから2年が経過した。過去最高水準に達した企業収益や雇用情勢の改善など賃上げを伴う環境が整えられ、政府による賃上げ要請が後押しする形で2015年春闘では17年ぶりの高い賃上げ率が実現した。しかし、企業のデフレマインドは依然根強いことを踏まえれば、政府による賃上げ要請の影響が大きかったかが理解できる。

足元では名目賃金の伸び悩みなどから個人消費が低調に推移しており、"デフレの脱却"と"経済の好循環"の実現(企業業績の拡大→賃金の上昇→消費の拡大→物価の上昇)が途切れかねない状況に直面している。こうした状況を打開すべく、政府は2016年の春闘で3年連続となる賃上げを求める方針を表明することとなった。