2016年春闘の見通し

2016年の春闘では、3年連続のベースアップが実現するとみられる。企業収益の改善が続くなか、図7、8でみたように、雇用の不足感の強まりや有効求人倍率の改善が続いているほか、完全失業率は完全雇用に近い水準まで低下するなど労働需給が逼迫しており、2016年度の春闘でも労働側にとっては賃上げに対する要求を強めやすい環境にあるといえる。

もっとも、企業収益は過去最高を更新しているものの、先行きについてはやや不透明感が高まっている。米国の利上げや中国をはじめとした新興国経済の減速懸念など先行きの経済情勢に対する不透明感が高まっていることに加え、個人消費や設備投資を中心に国内需要が本格的な回復に至っておらず国内においても懸念材料は多い。

過去最高を更新している企業収益は円安と原油価格の下落によって支えられている面が大きく、こうした外部環境の変化によっては業績の下方修正を迫られる可能性もある。そうなれば、企業は賃上げに対して慎重な姿勢を示すことになりかねない。

最近の物価の動向をみても、不確実性は高まりつつある。消費者物価(生鮮食品を除く総合、コアCPI)はエネルギー価格の下落を受けて8月以降ゼロ近傍での推移が続いている。さらに、ESPフォーキャスト調査(12月)の結果では、2015年度のコアCPIは前年比0.1%程度(2014年度:同0.1%)に留まり、物価の動向が一定程度賃上げの制約要因となる可能性もある。

そうした中で、連合は2015年11月27日に「ベースアップ2%程度」を基準とする2016年春季生活闘争方針を公表した。賃上げの要求水準を、「それぞれ産業全体の『底上げ・底支え』『格差是正』に寄与する取り組みを強化する観点から2%程度を基準とし、定期昇給相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め4%程度とする」としている。

2015年のベースアップの要求が2%以上であったことを踏まえると、やや控えめな要求となっている。前述した経済環境の変化を踏まえると、組合側で昨年を上回る賃上げを期待することは難しいとの判断が働いた可能性も考えられる。

政府からの賃上げ圧力は依然高いものの、収益環境の変化や労働側における要求水準の変化といった賃上げを促す環境は変わりつつあり、場合によっては企業のデフレマインドの転換が遅延することになりかねない。2016年の春闘では昨年を上回る賃上げを実現し、"デフレ脱却"と"経済の好循環"に弾みをつけられるかが焦点となるだろう。

(*1)経常利益(法人企業統計、全産業(金融業、保険業を除く))は13年度が前年比23.1%、14年度が同8.3%、15年度上期が同17.0%
(*2)ちなみに、平成27年度経済財政白書では、消費関数を以下のように推計している。下記の推計を前提にすると、雇用者報酬の係数0.77が正しいとすると、平成26年度の雇用者報酬は▲1.0%減少しているため、これが横ばいであれば、個人消費は0.8%程度伸びていた計算になる。
■推計式(推計期間1998年1-3月期~2015年1-3月期)
ln(C)=0.77*ln(Y)-0.13+ln(Y)*ln(OLD)+0.15*ln(FA)+1.80*ln(OLD)+0.02*D1-0.02*D2-0.02*D3
C:内閣府「国民経済計算」の国民最終消費支出の実質季節調整系列
Y:内閣府「国民経済計算」雇用者報酬の実質季節調整系列
FA:日本銀行「資金循環統計」の家計純金融資産残高(「国民経済計算」の家計最終消費支出デフレーター(除く持家の帰属家賃)で実質化)の前期の値OLD:総務省「人口統計」より、総人口における60歳以上人口の割合(高齢化率)を算出D1:2013年10-12月期から2014年10-12月期にかけて、合計して0となるダミー(消費税率引上げ)
D2:2011年1-3月期に1をとるダミー(東日本大震災)
D3:2009年1-3月期に1をとるダミー(リーマン・ショック)
(*3)資本金10億円以上かつ従業員規模1,000人以上の労働組合のある企業

岡圭佑
ニッセイ基礎研究所 経済研究部

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