アベノミクスとは、「三本の矢」(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略)の政策により企業を刺激し、企業のデレバレッジを止め、企業活動の回復の力を使って構造的な内需低迷とデフレからの完全脱却を目指すものである。

財政政策は機動的であることが望まれているが、実際のところ、いつもながら財政政策の腰は重い。成長戦略の有効性を感じられないのは、掛け声だけでしっかりとした財政による予算がついていないことが原因であること考えれば、その腰の重さは問題が大きい。

グローバルな景気・マーケットの不安定な状態もあり、財政による早急な経済対策の必要性も認識されつつある。

3月末に2016年度の政府予算が国会を通過した後、6月1日の通常国会の会期末まで、2016年度の補正予算として大幅な予算をつけ、経済対策として前に動き出さねければならないと考えられる。

時間的な制約があり、財政政策はこれまで以上に機動性が求められている。

財政政策の障害になっているのは

財政政策の機動性にとって、束縛・障害となっているのは、「税収中立」という考え方だ。

景気対策の手段となりうる減税には、代替財源の手当てが必要である税収中立が原則となっているため、その他の増税で効果が打ち消されてしまうことが多い。

税収中立の原則の下では、税制のゆがみを正す経済効果しか期待できず、実質減税が経済活動を刺激する効果が乏しい。

そして、財政政策で景気を刺激する場合、実質減税が使えないため、政府支出の増加に過度に依存することになってしまう。

短期間で優良なプロジェクトをともなう政府支出を決めることは困難であり、公共投資に依存してきたことが、景気対策が「ばら撒き」と批判を浴びる原因となった。そして、ばら撒きという批判を政府が浴びることを恐れるので、大胆な景気対策を実施できなくなってしまう。

現在は、建設労働者や機材の不足という新たな公共投資の制約要因がある。税収中立の原則を外し、賃金上昇前の拙速な消費税率引き上げで苦しんでいる家計を大幅な減税で支え、刺激するのが自然な考え方のように思える。

税収中立という財政政策の束縛と障害を持っているのはほぼ日本のみであり、他国では機動的な財政政策は減税で行われる。短期間で優良なプロジェクトをともなう政府支出を決めることは困難であるから当然であろう。

税収中立の原則打破の必要性

今回の経済対策は、5月にまとめるとみられる成長戦略の中長期計画「ニッポン1億総活躍プラン」、そして老朽化している公共インフラの再構築と防災対策の財政支出が軸になると考えられる。しかし、必要な支出計画が早急にまとめられない可能性があり、その問題が経済対策の規模に制限をかけてしまう恐れもある。

理論的には、財政収支がGDP対比3%程度(15兆円程度)引き締め的になっていることが証明できるが、そこまで経済対策を積み上げるのは現実的な政治議論では困難であるとみられる。

必要な財政支出が早急にまとめられないのであれば、疲弊した中間所得層を支えるためにも、税収中立の原則を廃止してでも、減税を行う必要もあるかもしれない。

金融危機とアジア通貨危機による景気後退に対するため、1999年に恒久的減税として導入された定率減税(2007年に廃止)の復活と、2016年からの即時実施も検討されてもよいと考える。

日銀の強い金融緩和政策により、国債10年金利がマイナス、そして40年金利まで1%以下まで低下しており、新規国債を増発してでも必要とされる経済対策を実施するのが理に適っている。

翌年度の税制改革は、自民党税制調査会の税制改正大綱を経て実施されるという慣例も、年度途中の緊急実質減税の選択しを著しく狭め、財政政策の機動性の障害となっている。

さらに、他の先進国には存在しない国債60年償還ルールも撤廃して、政府歳出と国債費が見かけ上膨張し、財政政策に限界があると誤解させてしまっていることも修正する必要があるかもしれない。

一定期間で国債を完全償還するというルールを持たない他の先進国は、景気過熱や高インフレなどの緊縮が必要とならない限り国債残高を減少させるということは基本的になく、ルールにより名目的に国債残高をゼロにすることが義務付けられている日本と比較し、財政政策のフレキシビリティは高いと考えられる。

国債60年償還ルールの存在により日本では政府の負債を借り換えの継続ではなくいずれ完全に消滅させなければいけないという意識が強すぎるため、次世代にツケを回すなという感情論に支配されやすい。

一方、他国では国債発行により国の負債と民間の資産が同時増加することを反映し、景気過熱や高インフレなどの緊縮が必要とならない限り完全償還することは基本的にないため、財政政策に対してより理性的な判断がなされやすい。

アベノミクスの財政政策の機動性とこれまでの税収中立は相対する考え方であり、日銀の金融政策で行われているように、財政政策でも税収中立の原則を打破するとともに年度途中の緊急減税も可能にするようなイノベーションが必要であると考える。

既に、法人税率引き下げで単年の税収中立の原則は外れており、財政政策のイノベーションのハードルは下がっている。

会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト

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