このところ、ブレグジット(英国のEU離脱)に話題をさらわれ、新興国経済の動向はニューストピックとして影の薄れた感がある。しかし、中国は経済鈍化が続き、ブラジルもマイナス成長からの脱出は当面難しそうだ。ブレグジットが世界経済に与える影響は今のところ未知数だが、これら新興国の経済は着実に劣化している。ここではこの2つの国の経済動向についておさらいしたい。

中国の成長はさらに鈍化

中国の今年1-3月期の実質GDPは前年比6.7%増とリーマン・ショック直後の09年1-3月期以来7年ぶりの低い伸びだった。成長を支えたのは3期ぶりにプラスに転じた固定資産投資と予想外に回復した不動産開発投資。主に鉄道・道路建設などの公的インフラ投資と、政府の購入刺激策に伴う住宅投資の増加が寄与した。

他方、全体の5割を占める小売売上高は+10.3%と昨年第4四半期の+15.8%から大きく鈍化、製造業の投資は引き続き減速している。成長鈍化に歯止めをかけるための景気対策が中国経済を支えた格好だ。

5月の経済指標は大きく後退

しかし、4~5月は多くの経済指標が再び軟化に転じた。とくに5月は1-3月の成長を支えた固定資産投資が大きく鈍化、年初からの累計で前年比1ケタ増と過去15年で最低の伸びとなった。政府発表の製造業購買担当者指数(PMI)も、拡大と縮小の節目の50と今年最低の水準に低下した。不動産投資は伸びを維持したものの、新規住宅販売面積は鈍化、住宅価格が値上がりした都市の数も減るなど先行き軟化の兆しが出てきた。

このため、GDP成長率は4-6月期、年間ともに今年の政府目標6.5~7.0%の下限に届かないとの見方が多い。たしかに、4~5月の右肩下がりの指標をみると年後半も厳しそうだ。第1四半期の成長を支えたインフラ投資は、5月のプロジェクト承認額の伸びが大きく鈍化し、景気下支え効果が薄れる兆しを見せている。企業の債務不履行の増加で銀行が貸し渋り、融資市場がひっ迫していることもマイナス材料だ。

成長目標達成には刺激策が必要

そうなると、新たな景気刺激策に期待がかかるが、政府は構造改革を優先させるとして大規模な財政出動には基本的に慎重。現在の政策を巡って最高指導部の間で対立が生じているとの指摘もあるが、ストラテジストの多くは今後の主要市場リスクのひとつとして中国経済への不安再燃を挙げている。

人民元の対ドルレートは6月末に5年半ぶりの安値をつけたが、当局の大規模な介入はなく、今のところ元安を容認している模様だ。ただ一方で、海外投資のための外貨両替について申請を精査するよう銀行に求め、つい最近も先物取引を行うオフショア金融機関の人民元の預金準備率を引き上げるなど、投機による元安には目配りしている。株価は上海総合指数が1月に25%急落したあと、6月末は約2930ポイントと年初比17%安の水準まで戻している。

ブラジルは8四半期連続のマイナス成長

リオ・オリンピックの開催を8月5日に控えるブラジルの経済は、若干の下げ止まり感はあるが弱い基調が続いている。今年第1四半期(1-3月)の実質GDPは前年比▲5.4%で昨年第4四半期の▲5.9%から改善したが、14年以降8四半期連続で経済が縮小している。

1-3月期の改善は、外需が大きくプラス寄与したのが主因で、個人消費はマイナス幅が拡大、総固定資本形成のマイナス寄与は依然大きい。GDPに唯一プラスに寄与した外需も、消費低迷が主因の輸入減とレアル安による輸出増が主因で、決して強い内容ではない。

消費者物価は今年1月のピークから低下したものの、4月は前年比+9.3%で依然高水準が続く。最近のニュースのインタビューでは、物価高騰を嘆く現地の主婦が「早くオリンピックが終わって欲しい」と話していた。雇用環境はさらに悪化が続く。2月の失業率は8.2%で2月から0.6%ポイントも上昇、今年年間では11.2%と今後さらに悪化する見通しになっている。

「早くオリンピックが終わって欲しい」

他方、通貨レアルの対ドル相場は昨年半ばの1ドル2.2レアル水準から今年1月に4.2レアル近辺まで急落したのち、ルセフ大統領の弾劾裁判の決定や、ブリグジットによる米利上げ観測の大幅後退などで6月末には約3.2レアルまで上昇した。

このような弱い経済環境にもかかわらず、株価は上半期に大きく上昇、世界的にもパフォーマンスが最も良い市場のひとつとなった。指標のボベスパ指数は1月の世界金融市場の混乱の中で月半ばに3万8000台まで下落したが、大統領退陣の可能性が強まるにつれ上昇が続き、5月半ばに5万5000近くに達し、6月を5万2000強で終えた。

先行きは依然厳しい状況が続きそうで、16年の実質GDPは▲4%弱が予想されている。雇用のさらなる悪化で消費回復が見込みづらく、総固定資本形成もオリンピックに向けたインフラ投資がなくなることや、資源関連企業などの投資削減でさらに弱含みそうだ。

その他不透明要素も多い。まず外需では、ブレグジットの世界的影響は別としても、最大輸出先である中国の需要と通貨政策、そして昨年半ば以来の対ドル高値水準にあるレアルが今後の輸出にどれだけ影響するか。

また、政治面ではルセフ大統領の弾劾裁判の判決をはじめ、10月に控える大型地方選、財政支出を実質ゼロベースに抑えるための憲法改正審議の動向などが同国経済に大きな影響を及ぼす可能性がある。ただ、いずれにせよこれらが大きくプラスに働くことはなさそうだ。数少ないプラス要素は、新たに就任した中銀総裁による利下げ可能性だろう。

ブレグジットは実は新興国のファンダメンタルズにとって短期的にはプラス材料だ。米国の利上げが遠のいたことで、新興国通貨が売られる懸念が薄らいだからだ。英国離脱でEU経済が大きく鈍化すれば、中国の輸出に響き、それはブラジルの輸出にも波及する。

さらに今後、EU加盟国の間で離脱論が高まるようなことになれば、リスクオフ姿勢が強まって新興国通貨が売られ、さらに円高が進む懸念が強まる。2017年はEU主要国のフランス(5月)とドイツ(10月)で国政選挙が行われる。世界の政治・経済の不確実性は当分の間、高止まりしそうだ。(シニアアナリスト 上杉光)

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