都内のタクシー業者が初乗り運賃を「1059mまでで410円」とする改定申請を行ない、2016年8月5日から9月15日まで、その効果と影響を調べる実証実験が行なわれた。

規定の距離内ならこれまでの半額程度ですむとあって利用者から好評を博し、早ければ年内にも運賃が改定される見込みとなっている。しかし、そもそもタクシー業界全体の収益源が言われるなか、なぜ値下げが打ち出されたのだろうか。

初乗りのハードルを下げ、「ちょい乗り」需要を掘り起こす

2016年9月現在、都内の初乗り運賃は2kmまでで730円、その後は280mごとに90円が加算される。改定申請された体系では、距離がほぼ半分になるも料金は約44%オフ。その後は237mごとに80円ずつ加算されるが、短距離の移動に複数人で乗るなどすれば、かなり格安の料金と言える。

改定申請の背景には、高齢者や女性、訪日外国人による近距離の「ちょい乗り」利用を増やしたいという業界の思惑がある。初乗り運賃を下げることで「割高・贅沢」という印象を払拭し、通院や子育て中の主婦の買い物など、「生活の足」としての利用増に期待を寄せる。

タクシー運賃を決める三要素──初乗り運賃+距離料+時間料

タクシー運賃は基本的に3つの要素で構成される。(1)「初乗り運賃」は乗ってから一定の距離までにかかる料金で、(2)「加算運賃」は初乗り距離以降に乗った距離に応じてかかる料金である。(3)「時間距離併用運賃」は時速10km以下になると時間を距離で換算して加算される料金で、同じ距離でも渋滞などで時間がかかればその分高くなる。このほか深夜や早朝の割増料金や迎車料金、有料道路を走った際の料金がかかる場合もある。

こうした運賃の設定は、各地域によって異なる。都内は先に書いたとおりだが、たとえば京都市内なら初乗り1.7kmまでで620円、その後276mごとに80円が加算され、時間距離併用運賃は1分40秒ごとに80円だ(中型車の場合。東京には小型・中型の区別はない)。

なぜタクシー運賃は地域ごとに統一されているのか

実はタクシーの運賃は完全自由競争ではなく、公共性・安全性の確保の観点から、国土交通省が定める運賃適用ブロックごとに上限・下限が決められている。事業者はその範囲内で運賃を決めるが、収支が合えば下限割れ運賃も認められている。

また都市部などの競争が激しい地域は国が「特定地域」に定めてそこでの運賃の上限・下限を設定し、その範囲内で事業者が選ぶ「公定幅運賃」方式がとられている。規定の範囲外の運賃にしたければ国交省に変更を申請して審査を受けなければならない。

とはいえ、1社だけが申請しても審査が始まるわけではない。「利用者利便の確保の観点からある程度以上の事業者が同時に改定することが望ましく」、また「厖大な事業者の申請を個別に審査することは困難」として、ブロック内の法人全車両のうち7割以上をもつ事業者の申請があって初めて審査の手続きが始まる。これを「70%ルール」と言う。

都内での実証実験も、ブロック内の8割を超える車両をもつ事業者が改定申請したことから実施された。こうして運賃は地域ごとにほぼ統一されることとなる。

タクシー業界が直面する危機的状況と迷走を続ける政策

過去には運賃の自由化をめぐる議論が盛んになったこともある。その一つのターニング・ポイントは2002年、小泉純一郎政権下での規制緩和だ。タクシー事業は認可制から事前届出制に変わり、営業所や車庫が賃貸でも創業が認められるなど新規参入が促進され、事業者が爆発的に増加した。長距離割引などのサービスや、初乗り運賃500円の「ワンコインタクシー」も登場する。

こうした動きはやがて過当競争を招き、競争の激化から運転手の労働環境の悪化や交通混乱も懸念されるようになる。そこで国土交通省は2009年に緩和方針を転換。2014年には「改正タクシー事業適正化・活性化特別措置法」を施行し、車両が多い地域では減車を要請、「公定幅賃金」範囲外の割安運賃を掲げる事業者には値上げを命じた。

しかし、初乗り運賃を格安に設定していた福岡エムケイなどがこれに反発。値上げ命令を不当として訴訟を起こし、国側の敗訴が相次ぐ。また減車はタクシー事業者にとって死活問題であり実現が難しいことから、国は再び方針を転換。初乗り運賃の値下げを打ち出す事態に至った。今回の値下げ申請もその流れのなかに位置づけられる。

一方で、初乗り運賃の値下げがタクシー事業者の収益増、さらには安全性やサービスの向上につながるかどうかは不透明だ。需要の落ち込みは激しく、2014年度までの20年間でハイヤー、タクシーの台数は約7%減っただけだが、輸送人数は約40%も減少。改定申請された運賃体系でも6kmを超えると割高になるため、利用増につながらない可能性もある。

安全性やサービスの向上を考えるなら、運転手の待遇を改善すべきだとの意見もある。多くが歩合制で働く運転手は、必死に働いても月の売上が40万円ほどで、手取りは15万円程度しかないとのレポートもある。この状況が改善されなければ、低賃金ゆえの離職、優秀な運転手の不足、サービスの質の低下、業界全体の収益源という悪循環に陥りかねない。2020年の東京五輪・パラリンピックでは相当の需要が見込まれるが、訪日客に心地よく乗っていただき、「おもてなし」を実感してもらえるかどうか、業界の動向が注目される。(ZUU online 編集部)

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