中国の新聞各紙は10月1日の人民元SDR(Special Drawing Rights,特別引き出し権)入りをこぞって1面で伝えた。解説記事の見出しは“人民元のSDR入りは、あなたの生活にどのような影響をもたらすか”となっている。

中国人民元、たしかに大いに気になるところだ。新華社による配信記事、つまり国民への説明を詳しく分析してみよう。

SDRとは何か?

まずSDRはIMFが1969年に創設した一種の国際備蓄資産で、加盟国の外貨備蓄不足時に用いられると説明している。2016年10月1日をもってその構成通貨は米ドル、ユーロ、人民元、日本円、英ポンドとなる。

SDRは通貨でもなければ、IMFに対する債権でもない。加盟国が自由に請求できる引き出し権で、外貨不足のときに用いられる。

2015年9月の時点で世界の外貨準備に占める割合は2.4%である。人民元はこのうちの10,92%分、105億米ドル相当を負担する。これは米ドル、ユーロに次ぐ第三位で、日本円、英ポンドを上回る。人民元は国際準備貨幣として認められ、「全新発展階段」へ到達した。人民元のSDR入りは中国と世界にとって共通の勝利である、といつもの宣伝調で始まる。

普通の国民は受益層か?

気になる「一般民衆に受益はあるか?」という項では、昆崙銀行戦略投資発展部の談話を載せている。現在中国の進める“一帯一路”構想におけるアジア投資において、人民元での投資が増えることにより、為替変動や手数料などによる資本元本の棄損は減少する。中国資本の投資やその回収が安全に保護されるのだ。

国内消費においても同様な効能が期待できる。人民元での商品輸入決済が拡大すれば、同じ理由による元本の棄損から免れる。

“普通の国民”がこれらを実感できるのは、海外旅行、留学、投資などにおいてだろう。いずれのケースにおいてもこれまでは外貨への両替は必須で、手続きは煩雑だった。

今後、全世界で人民元の使用頻度が高まることは疑いなく、直接使用可能な地域も増える。中国人の海外資産配置、国外不動産投資、海外株式や債券の購入、などが夢想ではなく直接人民元で行われる。また国外の投資家も、中国株式、投資信託、中国国債、P2P等さらに多くの投資商品を容易に購入できるようになる。

つまり頻繁に海外旅行をし、子弟を留学に出し、海外不動産に投資するような金持ち、または海外投資を引き受ける事業家、には利益になる、ということだ。

彼らは“普通の国民”の一部にすぎない。その他一般国民はどうころんでも受益層には入らない。新華社もこれを認めるしかないわけだ。

消化不良の記事

記事は最後に業界人の談話として、人民元のSDR入りがすぐに資産配置の巨大変化を引き起こすわけではない。人民元国際化の最終目標は中国経済と貿易の発展、それに伴う相応の国際的地位を手に入れることにある、という締めで結んでいる。海外で語られている不十分な自由化など問題点にはほとんど触れず仕舞いである。

本当は一般国民に受益はなかった。しかし中国にとって良いことは、国民個人にとっても良いことだと飾り立てることは、中国の為政者にとって最重要任務である。SDRの件は軍事パレードやG20のようにビジュアルに訴えることはできない。

だからこそ新聞の出番だったとも言えるが、どうも消化不良気味の解説に終わった。ともあれ実質がないものを立派に見せる中国的伝統芸は、これからも延々と続いていくことだろう。(高野悠介、中国貿易コンサルタント)

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