インタビュー,ソシエテ・ジェネラル証券,会田卓司,中小企業貸出態度DI,アベノミクス2.0
(写真=ZUU online)

ソシエテ・ジェネラル証券のチーフエコノミストとして、数々のアナリストランキングで上位を獲得し、緻密なデータを使った高い分析力で国内外から評価を得ている会田卓司氏。不透明なこの時代において、個人投資家はどのような視点を持って資産運用を行えばよいのか。日本経済が専門の同氏に聞く。(聞き手:ZUU online編集部 菅野陽平)※インタビューは2017年1月20日に行われました。

企業貯蓄率の低下がアベノミクス2.0を再起動させる

——会田さんは「アベノミクス2.0が再起動した」と考えていらっしゃるのですね。

日本経済をマクロ視点から見る際に「企業貯蓄率」が大事だと考えています。日本の場合、本来マイナスであるのが好ましい企業貯蓄率がバブル崩壊後からずっとプラス圏にあり、企業がお金を使わず過剰貯蓄をしている状況です。デレバレッジ(信用縮小)やリストラが恒常化するような経済体質であり、この過剰貯蓄が総需要を破壊する力となって、日本にのしかかっていました。

しかし、東日本大震災後の復興とアベノミクス発動により、企業貯蓄率はマイナス圏に突入してはいないものの、急激に下落してきました。企業活動の回復によってデフレを脱却するのがアベノミクスの枠組みであれば、企業貯蓄率が順調に下がっている限り、アベノミクスの経過報告は良好であると判断をしています。2013年末頃まで順調に下がっていったので、ここまでを「アベノミクス1.0」と位置づけています。

問題は2014年以降、企業貯蓄率がマイナス圏に戻る前に、この企業貯蓄率が上がってしまったということです。新興国のストック調整や消費税増税で需給ギャップが拡大したことが原因だと思われます。企業活動が回復方向から鈍化方向にベクトルを変えてしまい、アベノミクス1.0が終焉しました。

——そして今、再び企業貯蓄率が下落傾向にあると?

グローバルな景気循環や、政策の方向性が変わってきたことで、2016年7〜9月期のデータでは、企業貯蓄率がまた下がり始めています。企業のお金を使う動きが強くなれば、日本の成長率は、最低でも1%を確保できると見ています。潜在成長率が1.0%以下と言われているなか1%台の成長を2~3年続ければ、相当景気の熱が高まってきますので、デフレ脱却の実感が生まれてくるというのが今後の見通しです。

ここで重要なのが、日銀が進める「イールドカーブ・コントロール」です。米国をはじめとした世界的な金利上昇傾向のなか、日本は0%近辺に長期金利を固定するのであれば、フェアバリューよりも低い金利水準で推移するわけですので、日本経済に対するポジティブなインパクトを与えると考えられます。日銀が日本経済にレバレッジをかけてくれるというわけですね。

2018年のシナリオも基本的には同じです。米国長期金利は上昇を続け、日本の長期金利のフェアバリューも上昇する。では日銀はさらに国債を買うのか。100兆円、110兆円とマネタリーベースを拡大するかというと、どこかで量の限界が意識されるはずです。

となると日銀が取る選択肢は、長期金利の誘導目標を引き上げるということだと思います。現在の0%という目標を0.1%または0.2%へ、2018年は段階的には上げていく可能性があります。ただ、長期金利のフェアバリューが目標引き上げ幅以上に上昇していけば、誘導目標とフェアバリューのスプレッドはむしろ拡大していくことになりますので「これは金融引き締めではありません」というスタンスを取ると予想しています。

ーー民間消費も企業貯蓄率にほぼ連動していると考えてよいのでしょうか。

はい。完全に連動しているわけではないですが、過去30年を遡っても、民間内需(消費)と企業貯蓄率は同じような動きしています。日本の問題点というのは、企業貯蓄率が1996年頃からプラス圏に浮上し、以後ずっとプラス圏を推移していたため、民間内需も低迷していたということです。

クレジットサイクルを見極める鍵とは

——日本経済のモメンタムを見極めるうえで、どのような指標に注目すれば良いのでしょうか。

短期的な動きに惑わされないとすると、デフレ脱却または内需拡大のモメンタムを確認するうえで失業率の推移は重要です。2009〜2010年頃をピークに、失業率は低下を続け、現在、3%前後まで下がってきました。

労働環境はタイトで、パートタイマーの時給を中心に賃金は上がっているのですが、なかなか正社員を含めた賃金上昇までは結びつかない。本当にデフレ脱却するためには、正社員の賃金上昇が消費を強くして、内需主導の物価上昇(ディマンド・プル・インフレ)が起こらないといけません。

となると3%では足りず、2.5%くらいの水準まで低下する動きがあれば、その過程のなかで内需が強くなり、デフレを脱却するシナリオを描くことができると思います。毎月の失業率をきちんと確認する必要があると考えています。

——失業率は景気が良くなってから現れる数字、遅行系列の指標だと思います。金融マーケットを先取りするにはややタイムラグがあるように思うのですが…

失業率を見ていくうえで、失業率に先行する傾向の指標を見ていれば、大体の失業率の動きが分かるはずです。では失業率に先行する傾向の指標とは何か?

私が注目しているのが、日銀短観(編集部注:日本銀行が年4回行う企業への統計調査)にある「中小企業貸出態度DI」です。これは中小企業に対して、金融機関の貸出態度をアンケートし、「緩い」と答えた割合から「悪い」と答えた割合を引いたものです。DIの数字が大きくなると、中小企業が自分たちへの貸出態度が緩くなったと感じているということです。

そして過去20年のデータを取ると、この中小企業貸出態度DIは、失業率を先取りしながら、ほぼ逆相関の動きをしていることが確認できます。DIの数字が大きくなると失業率が下がり、DIの数字が小さくなると失業率が上がる、ということです。従って、DIの数字を追うことが重要です。

——なぜ逆相関の動きをするのでしょうか。

これは「クレジットサイクル」という考え方で、金融機関の融資貸出が良好ということは、企業はバランスシートを拡大する、事業を拡大できるような金融環境にあるということです。クレジット(借金)を膨らます力が強くなって、それが景気を後押しし、雇用の改善や消費の活発化に繋がってくるという考え方です。

昨今、日本の景気サイクルを決めているのは、どちらかというと在庫サイクルよりも、クレジットサイクルだと考えています。その第一の理由は、在庫サイクルの周期が短くなっているということです。第二の理由は、日本はもはや製造業中心ではなくサービス業中心の経済になっているということです。

少し前までは、在庫が貯まると1年から2年くらい時間をかけて在庫が調整されて、また生産が増えて景気が良くなるというサイクルで景気循環していました。しかし今は、IT技術の発達で在庫管理が徹底されているので、周期が半年くらいまで短縮されています。

さらにサービス業は、生産と販売がほぼ同時進行で、在庫という概念は基本的にないわけです。サービス業で大切なのは、店舗数を拡大できるのか、縮小しなくてはいけないのか、買掛金を膨らませても取引先は取引に応じてくれるのか。このような信用を拡張できるときに、サービス業は事業を拡大でき、雇用が拡大できるので、このクレジットサイクルの方向が上に向いているのかがとても大事です。

——どのように投資行動に落とし込めばよいのでしょうか。

もちろんグローバルの外部要因や、半年ごとの在庫サイクルによって、円高になったり株価が下がったりすることはあると思いますが、3〜4年くらいのスパンで見れば、このクレジットサイクルが上に向いている限り「下がったところを押し目買い」で良いと思います。言い換えれば、このDIが上がり続けている限り、強気の相場観で良いと思います。

さらに中小企業貸出態度DIは、マイナス金利政策の副作用を考えるうえでも大事です。2016年1月に日銀がマイナス金利政策を発動したわけですが、長短金利の利ざや消滅で金融機関の体力を削いでしまうという副作用を心配する声もあります。仮に金融機関の体力が削がれたとすると、真っ先に影響を受けるのが中小企業への貸出態度のはず。なぜなら大企業に比べて、中小企業は信用の意味で劣ることが多いからです。

——中小企業貸出態度DIに、マイナス金利政策の副作用の兆候はありますか。

日銀短観を見る限り、中小企業貸出態度DIは堅調に推移しており、現時点ではマイナス金利政策の副作用は確認できません。もちろん金融機関が貸出に消極的になると、お金の流れが滞るので景気は悪くなります。このDIが落ちてきてしまうと、失業率はもう下がらず、内需拡大によるデフレ脱却のシナリオも頓挫する可能性が高い。個人投資家の方は、このDIが上昇して、失業率がまだ下がるというモメンタムが続いているかどうかを判断していくのが大切だと思います。

会田卓司(あいだ・たくじ) 1998年ジョンズ・ホプキンズ大学(米・メリーランド)経済学 博士 前期課程 (経済学修士)修了後、メリルリンチ日本証券株式会社にてシニアエコノミストを務める。2005年バークレイズ・キャピタル証券株式会社にてチーフエコノミスト。2007年ブレヴァン・ハワード・ジャパン株式会社 チーフエコノミスト。2008年UBS証券株式会社 シニアエコノミスト。2013年ソシエテ・ジェネラル証券会社 チーフエコノミスト。 インスティチューショナル・インベスター誌エコノミストランキングで第2位、また2013年日経ヴェリタス誌エコノミストランキングで第3位を獲得するなど、日本経済担当エコノミストとして活躍し、緻密なデータを使った高い分析力で国内外から評価を得ている。

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