今年最大のリスクイベントとみられていた「仏大統領選挙」を波乱なく通過し、FRB(連邦準備制度理事会)が3月と6月に利上げを実施、インフレ率も世界的に低下するなど2017年の上半期は金価格にとって逆風ともいえる出来事が相次いだ。もっとも、それでも年前半の金価格は大きく値下がりすることなく、むしろ堅調地合いを維持している。今回はその背景を探りつつ、年後半の金価格を展望してみよう。
年初から9.1%上昇、一時1300ドルに迫る場面も
2017年上半期の金価格はおおむね堅調に推移している。LBMA(ロンドン貴金属市場協会)公表の金価格によると、6月23日現在の金価格は1オンス=1255.7ドルと年初(1151.0ドル)に比べ9.1%の上昇となった。2016年後半の下落からの反動もあるのだろうが、S&P500の8.0%を上回るパフォーマンスを示している。ちなみに、年初来の安値は1月3日の1151.0ドル、同じく高値は6月6日の1293.5ドルだ。
上昇トレンドにある中で、4月と6月に一時1300ドルの節目に迫る高値を付けている。4月の高値はシリア空爆、6月にはカタール断交といずれも「トランプ政権の中東への関与」が材料視されている。
くすぶり続ける「地政学的リスク」
今年5月、トランプ米大統領は最初の外遊先としてサウジアラビアとイスラエルを歴訪した。イスラエルでは、現職の大統領としては初めてユダヤ教の聖地「嘆きの壁」を訪問し、親イスラエルをアピールしている。イスラエルとイランは緊張関係にあるが、同様にイランと敵対するサウジとの関係も強化しており、カタール断交もイラン包囲網の一貫とみられている。
オバマ前政権はサウジやイスラエルをはじめとした中東諸国とは一定の距離を置いた一方で、イランとの融和政策を進めたが、対照的にトランプ政権は中東問題に積極的に関与しており、「親イスラエル・反イラン」の姿勢を鮮明に打ち出している。
6月上旬には、サウジをはじめとするアラブ諸国はカタールとの国交断絶を発表。受け入れ困難な13項目の「関係修復条件」を示し、断交状態の長期化は必至となっている。アラブ諸国はカタールにイランとの外交関係の縮小を迫ったものの、これまでのところ強硬姿勢は裏目に出ている模様だ。実際、断交されたカタールにはイランが空輸で食料などを支援しており、両国の関係はむしろ強まっているとの見方もある。
米国はこれまで、パレスチナ問題へ深く関与することを避け、イスラエルの領土拡大にも慎重な姿勢を示してきたが、トランプ政権が親イスラエルに傾くことで、一気にバランスが崩れる恐れがある。対立の軸はイランとイスラエルになるが、そこへ米国が関与することで軍事的な衝突へと発展するリスクも高まる危険性を内包しており、今後も中東地域での地政学的リスクはくすぶり続けることになりそうだ。
ドル安を招いている3つの要因
ところで、金価格をサポートしているもう一つの要因がドル安だ。ドルインデックスの年初来の騰落率を見ると、6月23日現在で4.5%下落しており、金価格の堅調地合いを支えている。
ドル安には米景気の失速、ユーロ高、トランプ政権の混乱の3つの要因が主に影響している。
今年1〜3月期の米GDP成長率は1.2%と昨年10〜12月期の2.1%から失速しており、不透明感が強まっている。ECRI(景気循環研究所)によると、ECRI景気先行指数は2月をピークに伸び率が低下しており、6月に入っても下げトレンドを継続中だ。
また、5月の全米活動指数はマイナス0.26と2カ月にぶりにマイナス圏に沈んだ。同指数はゼロを下回ると成長が過去平均を下回っていることを示唆しており、4~6月期に入っても成長に加速感はうかがえない。
一方、1~3月期のユーロ圏経済は米国とは対照的に成長を加速させている。さらに、好調な経済を背景に量的緩和の縮小が議論され始めており、特に財政黒字に転じたドイツがその圧力を強めている。
ドル下落の背景にはユーロ高、すなわちドルが弱いのではなくユーロが強いということも影響していると見られる。6月23日現在、ドルはユーロに対して年初来で6.1%下落している。
さらに、ロシア疑惑でトランプ政権が混乱していることもドル安を後押ししている。捜査対象は、昨年の大統領選挙期間中に選挙対策本部長を務めていたマナフォート氏に始まり、フリン前大統領補佐官、娘婿のクシュナー上級顧問へと広がりを見せている。そして、当初は対象外とされていたトランプ大統領本人までも現在は捜査の対象となっている。
また、ロシアとの共謀や司法妨害と並び、トランプファミリーの資金の流れにもメスが入っており、これまでとは別次元での疑惑が浮上する可能性もある。
米民主党議員はドイツ銀行に対し、トランプ大統領とその家族への融資と、ドイツ銀行モスクワ支店での取引で100億ドル(1兆1100億円)以上がロシア国外に持ち出された問題に関する情報の提出を要求している。
6月8日のコミー前FBI長官の議会証言でひとまずは峠を越え、喧騒が沈静化しているものの、ロシア疑惑の影響は長期化の様相を呈している。トランプ政権の体力消耗が危惧されており、大型のインフラ投資や税制改革などの公約の実現が遅々として進んでいないことから、来年に中間選挙を控えて、トランプ政権の求心力がますます低下する恐れがある。
IMF(国際通貨基金)は6月27日、米経済に関する年次報告書において、2017年と2018年の米成長見通しをともに2.1%とし、前回4月の見通しから引き下げた。引き下げは、トランプ政権による減税や財政出動が成長を押し上げるとの見方を「取り消した」ことによるものだ。
鉱山生産は中長期的に減少へ
WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)が公表した今年1〜3月期の世界金需要は前年同期比18%減と低調だった。ただし、減少はETFへの投資や公的機関(主に中央銀行)の買いの減少が主因となっており、宝飾品需要は1%増とインド(16%増)を中心に底堅く、投資需要もバー・コインも9%増とこちらもインドや中国で好調だった。
供給サイドでは、鉱山生産が微減となったほか、スクラップ供給が大幅に縮小したことから12%減少しており、需要減少による需給バランスの崩れを緩和している。
ところで、インドはこれまで州ごとに異なっていた間接税を一体化するGST(物品・サービス税)を7月1日から導入した。GST導入を前にした駆け込み需要とその後の反動で、短期的にはインドで金需要が大きく減少する可能性がある。とはいえ、税制の効率化でインド経済の成長率はより高まるとみられており、中長期的には金にプラスとなりそうだ。ちなみに、金への税率は3%と当初予想された5%を下回っている。
また、2018年をピークに鉱山生産が減少に転じる見通しで、中長期的に見れば需給バランスは緩やかな金価格の上昇をサポートすると思われる。
「中東情勢」次第で昨年の高値更新も?
金価格は年後半も堅調地合いを継続し、1300ドルの節目の回復を目指す展開を予想する。昨年の英国民投票後には1350ドルを超えていたことから、金価格はまだ回復の途上にあると見ることもできよう。ドル安を招いている3つの要因、不透明な米経済、堅調なユーロ圏経済、トランプ政権の混乱は年後半も続くと予想され、引き続きドル安による下支えが期待できるだろう。需給バランスを見ても緩やかな上昇をサポートしそうだ。
レンジは「1150ドルから1400ドル」を予想する。急騰を招きかねない中東での地政学的リスクは高まっており、表面化した場合には当面の節目である1300ドルを超え、さらに昨年来の高値を更新する可能性もある。引き続きドル安が上昇トレンドを支援するとみているが、逆にドルが反発するようだと年初来の安値を探るリスクがある点には注意が必要だろう。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)
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