日本の政治にはいま現在、どういった問題があるのでしょうか。トランプ大統領と安倍首相の交渉の思惑やIR整備推進法(カジノ解禁法)成立の裏側などを理解していきましょう。そういったことを知ることで「なぜ今、このような動きが出来ているのか」ということを把握することが出来るようになります。

(本記事は、大前 研一氏の著書『マネーはこれからどこへ向かうか 「グローバル経済VS国家主義」がもたらす危機』KADOKAWA(2017年6月16日)の中から一部を抜粋・編集しています)

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大前研一,マネーはこれからどこへ向かうか 「グローバル経済VS国家主義」がもたらす危機
(画像=Webサイトより、クリックするとAmazonに飛びます)

外交の課題が山積

安倍政権は外交・内政ともに多くの課題を抱えています。

外交ではトランプ氏と日米関係をどう築くか、難しい舵取りを迫られています。イギリスはEU離脱をめぐる混乱がしばらく続きますし、6月にはメイ首相が仕掛けた解散総選挙があります。中国との緊張も高まっています。韓国では朴槿恵大統領の後任として在文寅(ムンジェイン)氏が新しい大統領に選ばれましたが、日本との慰安婦問題の合意は破棄すると言っており、韓国との関係再構築という難題が控えています。

内政について安倍首相は成長戦略を強調していますが、いよいよ打つ手がなくなり、カジノを含む統合型リゾート施設、IR(Integrated Resort)が成長戦略の中心という「素晴らしい」展開になっています。

安倍首相は3本の矢に加えて地方創生や労働条件の改善などについて言及していますが、彼の政策の一丁目一番地は憲法改正です。衆議院選挙をもう一度クリアすれば、安倍首相は憲法改正に身を投じるとみられます。

アベノミクスや3本の矢は効果が得られず、新3本の矢に至っては誰も覚えていないという状況です。ちなみに新3本の矢とは、「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」です。

子育て支援としては、希望出生率を1.8としています。

フランスでは出生率が瞬間的に2.0に伸びました。これに大きく影響しているのが、40年以上前に行った戸籍の撤廃と、「親子関係上の婚外子の差別撤廃」法の成立です。フランスでは、長く一緒に暮らしてパートナー関係を築き上げた人たちに配偶者と同様の社会的権利を認めることを法で定めています。出産手当、出産費用の無料化、産休所得補償、ベビーシッターや保育ママの費用負担といった子育て、家族支援も、差別なく受けられます。

日本には戸籍制度があり、婚外子が差別を受けたりする心配から、妊娠したけれど結婚して戸籍に入ることができないときに出産をためらうケースもあります。子どもを産むうえで、「籍を入れる」ことが大きな縛りになっているのです。これは非常に大きな社会問題だと思います。

戸籍制度があるのは日本や韓国、台湾など限られた国や地域のみで、私は20年以上前に戸籍撤廃を自治省(当時。現総務省)に掛け合ってきましたが、政府には全く動く気配がありません。

国債暴落、ハイパーインフレという地獄の入り口に立つ

日銀は物価上昇率2%の目標を掲げていましたが、黒田総裁は目標の達成時期を2018年度中に変更しました。自身の任期である2018年4月より先に目標を置いたのです。普通の国では敗北宣言と認識されるものと思いますが、日本のマスコミはきついことを書くと安倍首相に叩かれるのか、あまり批判するメディアはありません。

アベノミクス3本の矢も、新3本の矢もいずれも結果は出ていません。これが世界の金融市場からどうジャッジされるでしょうか。もともとアベノミクスの金融政策は世界が認めたわけではなく、「この道しかないというのだからやらせておこう」というムードのもので、結果が出ないことを放置し続ければ、いよいよ世界中から「NO」を突き付けられるでしょう。

アベノミクスの失敗を市場が認知すればどうなるか。国債は暴落し、日本はハイパーインフレという地獄の入り口に足を踏み入れることになります。

日本の国債がこれまで安泰と受け止められてきたのは、そのほとんどを日本人が購入しているからです。自国の国債が暴落しては自分たちが困りますから、売りに走ったりはしないと考えるのが普通です。

しかし明確に意識して国債を買っている個人は非常に少なく、実際に買っているのは日本の金融機関や日銀です。金融機関であれば、いざとなれば資産を守るために売り逃げに転じる可能性もあります。海外では日本国民が国債を買っているのだと錯覚し、投げ売りが生じないと考えているようですが、そんなことはないのです。

また最近は外国人の持分も増えています。一気に売りに転じるなど、外国人の取引状況によっては暴落につながる可能性もあり、油断はできません。

世界で起こった凄まじいハイパーインフレ

1990年以降、ハイパーインフレになった国はたくさんあります。 例えばブラジルはインフレ率1000%というすさまじい状況でした。私も見てきましたが、ここまでの事態になると、月の初めに給料を支払わなければ誰も会社に来てくれません。

月の終わりになると、月初めからさらに2、3割通貨価値が下がっているという感覚です。ついに月給では間に合わなくなって、週給で金曜日に支払うと、今度は月曜日に支払うよう要求されます。月曜日に給料を支払うと、みんなシティバンクに行って1日帰ってこない。もらったお金をドルに換金するのです。だからブラジルの人は「週4日しか働かない」などと言われていました。

私はかつてインフレ率1万%を経験したスロベニアにも、ハイパーインフレ時に行ってきました。スロベニアの中央銀行総裁になった方から伺った話ですが、友達に手紙を書くのに、大きい封筒でなければ駄目だったと言います。急激なインフレに切手の印刷が追い付かず、びっくりするくらい大量の切手を貼らなければならないからです。切手の隙間に住所を書き、郵便局へ行くまでの時間にまた郵便料金が上がって、さらに切手を貼るように求められ、裏にもびっしり切手を貼ったそうです。

喫茶店に行ってコーヒーを飲めば、1杯目を注文してから2杯目を頼むまでの間にコーヒーの値段が上がってしまう、ハイパーインフレとはそういう凄まじい世界です。

成長戦略効かず。懸念される株価操作のしっぺ返し

株式市場はトランプ景気で上向いていますが、企業業績は悪化の傾向にあります。

円安気味のため、2017年3月期はトヨタ自動車でさえも連結営業利益が減益という状況です。ほかの業種を見ても、通信事業を除くと、多くの業種が苦戦しています。

金融政策では、日銀にETF(上場投資信託)を買い入れさせています。これは単なる株価維持策に過ぎず、経済政策にはなっていません。いずれ株価操作の影響が猛烈に出てくるでしょう。

やっぱりあった、IR法成立の裏事情

アメリカ大統領選後、安倍首相は日本のトップとして最初にトランプタワーを訪れました。

会談を終えて出てきた安倍首相は、内容は秘密だと言いましたが、IR整備推進法(カジノ解禁法)を速やかに成立させるよう、要請されたに違いありません。「5年間何をやっていたのだ。IR法を通せ」ということです。

大統領選でトランプ氏に大口の選挙資金を提供した献金者の一人に、ラスベガス・サンズ会長のシェルドン・アデルソン氏がいます。トランプ氏と同じカジノ・不動産開発を手がける世界有数の資産家で、アメリカの著名な投資家ウォーレン・バフェット氏に次ぐ金持ちとも言われています。トランプ氏の最大のスポンサーで、2500万ドルの選挙資金をトランプ陣営に供託しています。

つまり支援者の利益のためにIR法の制定を安倍首相に迫った、コンフリクト・オブ・インタレスト、利益相反が疑われます。

安倍首相は帰国後、5年間進まなかった法案を2週間で通しました。

国民にとっては訳も分からないうちにIR法案が可決され、皆、なぜそんなに急ぐ必要があったのか疑問に思っていますが、急ぐ必要はアメリカ側にあったわけです。こういうところで安倍首相はトランプ氏に対して一強を証明し、信頼できると思われている可能性があります。

トランプ氏はディールメーカーですから、「法案を通した晋三は偉い」となります。その後、2月に訪米した安倍首相をフロリダの私邸に招き、「ゴルフ接待」でお礼、というシナリオにつながったものと思います。習近平国家主席がデザート中にシリアにミサイル攻撃をしたサプライズに比べ、もてなし方に雲泥の差があったというべきです。

こうした裏事情はマスコミでは報道されません。新聞社の中にも若干、内実を知っている人がいますが、政府が怖くて書くことはできないようです。パチンコにも、たばこにも、アルコールにも依存症がありますが、ギャンブルに依存症があって問題だ、とだけ書き立てているのは、マスコミのせめてもの抵抗のように見えます。

パスポートで依存症を防ぐ

IR建設の候補地には横浜が挙がっています。民間資本での建設が想定されていますが、前述のラスベガス・サンズも進出を申し出るはずです。実はサンズ会長のアデルソン氏は2014年の来日時に、IR法が通れば1兆円程度投資してもいいと言っています。これまでIRへの投資は5000億円程度ですが、1兆円投資しようと言っているのです。2017年3月にも再来日し、同じ趣旨のことを述べています。

私は20年前、日本のカジノ構想について変わったアイデアを出しています。

アメリカ空軍には横田基地、海軍には横須賀基地があります。陸軍は戦後、三ツ沢に基地を持ち、横浜港のみずほ桟橋(ノースピア)を使っていましたが、三ツ沢を撤収したためその跡地では大開発が行われることになりました。しかし用のなくなった港の方はまだ接収しています。

そこで私は、横浜の商工会議所にノースピアにカジノを建設してはどうかと提案しました。アメリカがノースピアを返還してくれなければ日本人が出入りするにはパスポートが必要ですが、そこにカジノを建設するよう、当時、アメリカの某カジノ会社とアメリカの国防長官に話を持って行ったのです。

IRのうち、カジノの部分はパスポートが必要なノースピアに建設する。そうするとパスポートによって入場回数がカウントでき、頻度が高い人はしばらく入場できない、といった管理が可能となります。

的外れの同一労働同一賃金

「働き方改革」と称して、同一労働同一賃金にも力を入れていますが、私からすると首を傾げたくなるような改革です。安倍首相の周辺にいるアドバイザーの方々は、少々前時代的な考え方の持ち主のようです。

東京都の最低賃金は時給932円で、これを100とすると、日本には30%程度の地域格差があります。これを同一にしてしまうことは、地方の企業にとって死活問題となります。あるいは、地元でも東京でも同じ労働コストを負担するなら、体力のある会社は東京に集まってくるでしょう。つまり、同一労働同一賃金は、地方創生どころか、地方を殺すことになりかねないのです。

安倍政権は国内の賃金格差ばかりを見ていますが、企業経営者が見ているのはそこではありません。中国からベトナム、さらにバングラデシュと、隣国、さらにその隣、というように世界の中で賃金が安いところに目が向きます。

日本の5分の1、6分の1という安い賃金で、日本とほぼ同一の労働が見込めるからで、低賃金のところに仕事を移していくのは企業としての自然な行為です。政府が無理を強いれば、大企業は「分かりました」と言いながら海外に拠点や工場を移すだけです。ボーダレス・ワールドにおいて国内だけでの同一労働同一賃金を唱えても意味がないのです。

安倍首相のアドバイザーは前言を訂正し、同じ企業の中では同じ労働に同じ賃金を払ってください、と言い直しています。そこまでトーンダウンするならはじめから大きなことを言わなければいいのです。

憲法「第8章地方自治」を議論せよ

長く続く自民党政権と中央集権、膨らむ一方の財政赤字、衰退し続ける地方経済、憲法「第9条」の改憲論議など、日本には多くの課題があります。

これらの課題には旧態依然とした統治システムに原因の一端があり、この状況を変えるには、憲法「第8章地方自治」を議論する必要があります。

私は2016年、長年の課題だった『君は憲法第8章を読んだか』(小学館)を上梓しましたが、憲法で規定された統治機構を改めることこそ「一強」体制を断ち切る効果的な攻め手となり、憲法第8章はこの新しい改憲論のカギとなります。

地域差がある中で、国内全体を同一労働同一賃金になどと言っても意味がなく、各地方が経済振興のためのルールを作り、自分たちで使いこなせるようにしなければなりません。日本は老朽化した単発のエンジンに頼らず、小回りの利く新たなエンジンをいくつも付けて、総合力で窮地を脱する方法を探るしかないのです。

大前研一
株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長/ビジネス・ブレークスルー大学学長。1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、常務会メンバー、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。