(本記事は、桑原晃弥氏の著書『トヨタ式5W1H思考 カイゼン、イノベーションを生む究極の課題解決法』KADOKAWA、2018年9月21日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
「がんばっているのにうまくいかない」と感じたら
「努力は報われる」といういい方があります。
アスリートなどが目標に向かって懸命に努力を続けることができるのは、スポーツ自体が好きということもあるでしょうし、「努力は報われる」という信念があるからです。
もちろんなかには報われないこともありますが、それでも努力はいつか何かの形で成果となって表れると信じるからこそ人はがんばれるともいえます。
それはビジネスパーソンも同様です。
しかし、どんなにがんばっても何の成果も見えない時はどうすればいいのでしょうか。
ある企業の経営者Aさんがかつて開発部門のリーダーを務めていた時のことです。
その開発部門は長く赤字続きで、Aさんがリーダーになった時も赤字に苦しんでいました。
Aさんは何とか赤字体質から脱却しようと部下たちと一緒に毎日夜の10時、11時まで残業をして、土日も休日出勤でがんばっていました。
今の時代なら許されないかもしれませんが、「もうこれ以上は働けないよ」というほどの働き方です。
しかし、それほどに働いても、がんばっても一向に赤字から抜け出せませんでした。
Aさんはもちろん、みんながこんな疑問を口にしました。
「なぜこんなにがんばっているのに一向に好転しないんだろう?」
いろいろな理由が挙がってきましたがいずれもピンと来ませんでした。
そんな時、上司がAさんにこんなことをいいました。
「君たちがそんなに一生懸命働くから赤字になるんだ。そんなに仕事をするのをやめたら黒字になるよ」
最初、Aさんは上司は残業代や休日出勤のことをいっているのかと思いました。
たしかにAさんのチームの残業時間は膨大なものでした。
それを減らすだけでも数字は改善するという意味かと思いましたが、部下の1人が「ちょっとがんばるのをやめて冷静になれ、ということじゃないですか」といったことで、こんな決断ができました。
「赤字からの脱却を焦るあまり、発想が貧困になっていたのではないか?残業なんかやめて、みんな定時で帰っちゃえばいいんだ。バカバカしいから土日出勤もやめよう。どっちみち赤字なんだから」
聞きようによっては「なぜ」の真因というよりはやけっぱちの開き直りととれなくもありませんが、実はこの決断が次への道を開くことになりました。
Aさんによると、自分たちは赤字を脱するためにはすごい製品をつくらなければと焦るあまり、かえって開発スピードが鈍り、常に同業他社に遅れをとっていたのですが、そのことに気づく余裕すら失っていたのです。
つまり、「なぜこんなにがんばっているのに赤字から脱却できないのか?」の原因は、自分たちががんばりすぎるあまり余裕を失い、幅広くものを見ることを忘れていたからだったのです。
残業を大幅に減らし、休日出勤もやめたことで時間的余裕が生まれたAさんたちは考える時間を持てるようになり、「なぜ結果が出ないのか?」という真因をつかむことができたのです。
真因がわかれば対策を立てられます。
Aさんたちが開発のスピードを上げたことで同業他社とも互角以上に戦えるようになり、しばらくしてどんなにがんばっても実現できなかった黒字化を達成できました。
コピーなどの事務機器を製造しているB社の開発担当者も似たような経験をしています。
開発担当者は新製品開発に向けてとてもがんばっていましたが、思うような成果を上げられませんでした。
「もっとがんばらなければ」という開発担当者に上司はしばらく仕事を離れ、「弟子入り」を勧めました。
コピー機や複合機の開発をしている人間が1週間、コピーセンターに行ってコピー業務を行うことをB社では「弟子入り」と呼んでいます。
自社のコピー機を大量に使ってくれているコピーセンターにお願いして、1週間、実際に現場での仕事をB社の社員が経験します。するとさまざまな気づきが生まれます。
たとえば、開発担当者自慢の機能を使う人は誰もいないこともあれば、開発担当者が予想もしなかったような使い方をする人もいます。
使いやすさが自慢のはずが思いのほかに使いづらくてお客さまからクレームが出ることもあります。
こうした生の声を聞くことで開発担当者はたくさんのヒントを得られるのです。
がんばっても思うような成果が出ない時には、「もっとがんばる」のではなく、ちょっと視点を変えてみればいいのです。
すると、Aさんであれば「視野が狭くなっていた」という真因が、B社であれば「本当のお客さまのニーズがわかっていなかった」という真因が見えてきて、「がんばる」とは別の改善策が出てくるのです。
なぜ部下が挑戦をためらうのか?
ある企業の管理職Aさんには悩みがありました。
Aさんには何人もの部下がいますが、いくらAさんが「失敗を恐れず挑戦しろ」といっても、誰も難しいことや新しいことに挑戦しないのです。
その悩みを同期で同じく管理職のBさんに相談したところこういわれました。
「『なぜ誰も新しいことに挑戦しないのか?』の原因は、お前がすぐに不機嫌になって怒るからだよ」
いわれてAさんは、はっとしました。
Aさんは部下からのいい報告は喜んで聞きますが、「失敗した」や「契約が取れませんでした」といったマイナスの報告には途端に不機嫌になり、怒ることがよくありました。
そのためAさんの部下はいつの間にかAさんに悪い情報を伝えるのをやめたり、遅らせたりするようになりました。
Aさんの顔色を見て、「今なら大丈夫かな」という頃合いを見計らって報告をするため、悪い情報が「正しく早く」伝わらなくなったのです。
これではいくらAさんが「失敗を恐れず挑戦しろ」と檄を飛ばしても、まともに信じる部下はいません。
内心こう思っているはずです。
「真に受けて新しいことや難しいことに挑戦して失敗でもしたらどんなことになるか考えただけでいやになる」。
「なぜみんな挑戦をためらうのか?」の原因が「自分の態度や言動」にあると知ったAさんは以来、部下からのどんな報告についても「ありがとう」から入り、問題が起きた場合も「叱責」ではなく「原因追求と対策」を優先するようにしました。
イノベーションは成功すれば大きな成果を手にすることができますが、その陰にはたくさんの挑戦とたくさんの失敗が付き物です。
だからこそ企業の創業者たちは「たくさんの挑戦」を後押しします。
グーグルの創業者セルゲイ・ブリンはいいました。「成功に導く唯一の道は失敗をたくさんすることだ」。
もちろん仕事を甘く見ての失敗や、準備不足・注意不足の失敗は許されません。
しかし、難しい課題などに挑戦した結果としての失敗を、Aさんのように「叱責」や「責任追及」で迎えては、挑戦する社員が育つことはありません。
トヨタに改善という「変える文化」が定着したのも、失敗を前向きに受け入れる風土があるからです。
●変化を日常のものにする
若いトヨタマンBさんがある部品の開発のためにアメリカ製の工作機械を注文しました。
社内で稟議書を回し、上司の許可を得ての購入ですが、納品された機械を使ってみると問題があることに気が付きました。
今と違い情報が十分に得られない時代の失敗です。
「しくじった」がBさんの感想でした。
そのことを直属の上司である係長に相談すると、「お前がいいといったんだから買ったんだぞ。お前がやったことだからお前が何とかしろ」と突き放されてしまいました。
Bさんはしかたなく技術部門の責任者である豊田英二氏に謝りに行きました。
英二氏が「何しに来た?」というので、Bさんは「アメリカから機械を取り寄せましたが、いざ使ってみると使えないことがわかりました。しくじったので謝りに来ました」と頭を下げました。
当時、Bさんの給料は数千円でしたが、その機械はとても高価なものでした。
Bさんは大声で怒鳴られるのを覚悟していましたが、英二氏は「それで、その実験の理屈はわかったのか?」と尋ね、Bさんが「はい、わかりました」と答えると、ひと言だけこういいました。
「わかればいい。その失敗はお前の勉強代だ」。
非難の言葉は一言もありませんでした。
ただ1つ条件がついたのは、失敗の原因と対策をしっかり考え、「失敗の記録」をつけておくことでした。
トヨタには英二氏発案の「失敗の記録」システムがあります。その意義を英二氏はこのように説明しています。
「社内では失敗してもいいから思い切ってやれといっている。そしてその失敗のレポートを書いておけといっている。それを書かないでただ覚えているだけだと次の世代まで伝わらないからダメだ。時々新しい人が得意そうに説明に来るが、10年前の失敗をまた繰り返しているような時がある」
成功の記録は必要ありません。
成功は出来上がったものを見ればわかるからです。
失敗に関しては大小かかわらず記録を残し、みんながそれを共有し、かつ次の世代へと伝えていくことが大切です。
そうしておけば担当者が代わったとしても、その事例集を見てチェックをすれば、同じ失敗は未然に防げます。
このように失敗を前向きにとらえる姿勢がないと、改善を続けることはできません。一度の失敗で責任を問われるとか、「元に戻せ」では誰も改善などやろうとしませんし、改善が風土として根付くこともありません。
みんなが「変化を日常」のものとし、新しいことや難しいことへの挑戦をためらわない風土をつくるためには「失敗」との上手な付き合い方が不可欠なのです。