経済概況・今後のポイント

●(経済概況)  10-12月期の実質GDP成長率は、内需が低調も一時的な落ち込み

2月28日、ブラジル地理統計院(IBGE)は、2018年10-12月期のGDP統計を公表した。10-12月期の実質GDP成長率は前期比0.1%増(季節調整済系列、以下同様)と、8四半期連続のプラス成長となったが、前期の同0.5%から減速した。また、2018年の実質GDP成長率は前年比1.1%増と2017年の同1.1%増から横ばいであった。

需要項目別に見ると、10-12月期は輸入が減少したため、純輸出の寄与度が高くなり、辛うじて前期比プラス成長となった(図表1)。内需は寄与度がマイナスと低調であったが、内需の落ち込みは10月の大統領選挙による一時的な要因と考えられる。

ブラジル経済見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

GDPの約3分の2を占める民間消費は前期比0.4%増と、前期の同0.5%増から減速したが、8四半期連続のプラス成長となった。

政府消費は同0.3%減と前期の同0.3%増からマイナス成長に転じた。

総固定資本形成は同2.5%減と前期の同5.5%増からマイナス成長に転じた。

純輸出は輸出が同3.6%増、輸入が同6.6%減となった結果、成長率寄与度がプラス1.5%ポイントと前期(同マイナス0.4%ポイント)から、大きく成長率を押し上げた。

供給項目別に見ると、第一次産業および第三次産業はプラスであったが、第二次産業はマイナス成長となった。

第一次産業は前期比0.2%増と前期の同0.8%増から減速した。

第二次産業は前期比0.3%減と前期の同0.3%増からマイナス成長に転じた。製造業の不調が成長率を押下げた。

GDPの約6割を占める第三次産業は前期比0.2%増と前期の同0.5%増から減速した。不動産業が堅調であった。

●(今後のポイント) 国民及び市場の期待が先行する新政権。年金制度等の改革の動向に注目

[新政権への期待と足元の動向]

ブラジル経済は2015・2016年と2年連続で、実質GDPがマイナス成長に陥った後、2017年・18年と2年連続のプラス成長に転じたが、成長率は1%台前半に留まっている。また、2019年1月に公表されたIMFの「World Economic Outlook」によると、2019年及び2020年の予測成長率は2%を上回っているものの、新興国全体の予測成長率を大きく下回っている(1)。ブラジルの実質GDP成長率は、2000年代(2000年から2009年まで)が平均3.4%であったのに対して、2010年代(2010年から2018年まで)は平均1.3%に留まっており、低成長が続いている。この原因として、リーマンショックや資源価格の伸びの鈍化などの外的要因と、政府部門の財政状況の悪化や史上最悪の汚職事件の発生などの内的要因、そして「ブラジルコスト(2)」やGDPに占める投資の割合が低い(消費の割合が高い)という構造的要因が挙げられる。

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(1)ブラジルの成長率(予測)は、2019年が2.5%、2020年が2.2%であるのに対して、新興国全体の成長率(予測)は2019年が4.5%、2020年が4.9%となっている。 (2)複雑な税制、労働・雇
用面での過剰な保護措置、不十分なインフラ整備などビジネス面での障害となるブラジルの制度や構造の総称。

内的要因については、2003年から2016年までの左派のPT(労働党)政権が大きく関係している。PT政権は大衆迎合的な政策を実施し、支持率こそ高かったが、政府部門の財政状況は大きく悪化した。その結果、2015年には大幅なレアル安とインフレ率の急騰を招き、GDPの約3分の2を占める民間消費は大きく落ち込んだ。また、政治家の汚職が蔓延する中、2014年にはブラジル史上最悪とされる汚職事件(ラヴァ・ジャット事件)が発生し、大統領を含む多くの政治家が有罪判決を受け、政権運営が停滞した。さらに、汚職の舞台となった国営石油会社ペトロブラスは国内最大の企業であるため、取引先や傘下企業にも悪影響を及ぼし、企業の設備投資も大きく落ち込んだ。

2016年8月には、大統領であったルセフ氏が罷免に追い込まれ、副大統領であったテメル氏が後任として大統領に就任し、13年ぶりにPT以外の政党が与党となった(3)。テメル氏は、2018年末までの約2年半の間に歳出上限法の成立や労働法の改正など重要な改革を実現したが、最重要課題とされた年金改革は実現できなかった。また、テメル氏自身にも汚職疑惑が取りざたされたことで、政権の支持率は極めて低かった。

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(3)テメル氏は、中道政党であるMDB(ブラジル民主運動党)の総裁であった。

そのような中で、2018年10月の大統領選挙で当選したのが、ボルソナロ氏である。当初、同氏は「ブラジルのトランプ」と揶揄される過激な発言に加えて、所属するPSL(社会自由党)が小規模政党であったことから泡沫候補の一人に過ぎないと見られていた。しかし、本命とされたルーラ元大統領が出馬できず、有力候補がいない中で、既存の政治体制への批判や汚職撲滅、治安改善を訴えたことで、既存の政治体制に対する不信感を感じていた国民からの支持を取り込んだ。

ブラジル経済見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

ボルソナロ氏は、19年1月に大統領に就任すると、就任演説で汚職撲滅や治安改善、構造改革による経済・財政の再建を掲げた。新政権の組閣では、前政権で29あった閣僚ポストを22に削減し、法務・公安大臣、国防大臣、経済大臣の3大臣については省庁をまたぎ大きな権限を持つ「スーパー大臣」として、演説で掲げた項目を担当させる体制を整備した(図表2)。また、モーロ氏(法務・公安大臣)はラヴァ・ジャット事件を担当した英雄的判事ということから国民の支持を、ゲデス氏(経済大臣)はリベラル派のエコノミストということから市場の支持を集めるのに寄与している。CNT(全国運輸連合)とMDA(調査会社)の直近調査では新政権の支持率は50%を上回っており(4)、ボベスパ指数(株価指数)についても19年1月に史上最高値を更新するなど、国民と市場の双方で新政権に対する期待が高まっている。しかし、これは期待先行に過ぎず、新政権はこれから難しい運営を迫られるだろう。特に注目されるのが年金改革の行方である。

ブラジルの政府部門の財政状況は、主要新興国の中でも最悪の水準となっており、早急な財政健全化が望まれている。ブラジルの一般政府の基礎的財政収支は、2014年以降赤字が続いているが、その主因は社会保障院(5)部門の赤字であり、その規模は年々拡大している。ストックベースである政府債務残高(対名目GDP比)についても年々上昇しており、2018年には75%を上回っている(図表3・4)。社会保障院の赤字は、ブラジルの社会保障制度における給付が負担に比べて手厚く、国庫負担が大きくなっていることに起因している。特に、年金制度は受給開始年齢や受給水準の観点から世界的にも手厚いと言われており、今後は高齢化の進展によって益々財政負担が重くなる見込みであるため、年金制度改革は急務となっている。

ブラジル経済見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(4)2月21-23日実施調査で支持率が57.5%、不支持率が28.2%。2018年における前テメル政権の支持率は、10%前後と極めて低い水準で推移していた。
(5)社会保障院とは、年金基金の一種で、公的年金や私的年金を管理している。

新政権は2月中旬に年金改革法案を下院へ提出した。法案では、現行制度において受給開始年齢や受給額の観点から優遇されている公務員についても、最低受給年齢を民間労働者(都市労働者)と同じ水準にまで引上げるなど、痛みをわけあうことで、国民の理解を得ようとしている(図表5)(6)。ブラジル政府は、法案ベースの年金改革による今後10年間の財政改善効果を総額で約1兆レアルと見込んでいるが(7)>、実際には法案通りの改革を実現するのは議会運営上難しいだろう。

ブラジル経済見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

年金改革には憲法の改正が必要となり、下院・上院それぞれ2回ずつの審議で60%以上の賛成が必要となる。上院(81議席)、下院(513議席)それぞれで49、308の賛成が必要とされる中で、PSL(社会自由党)の議席はそれぞれ4議席、54議席に過ぎないが、中道右派のDEM(民主党)や中道のMDB(ブラジル民主運動党)などの協力を得られる見込みで、議会運営に影響力の大きい議長は上院・下院ともにDEM(民主党)所属議員が当選したことも法案成立に向けて追い風となっている。協力政党の中には「条件付協力政党」も含まれているが、新政権は敢えて踏み込んだ内容の法案を提示し、譲歩する余地を残していると見られるため、法案は受給条件を緩和する方向で見直される可能性が高い。焦点となるのは、譲歩した上でどれだけ財政改善効果を残せるかであり、新政権の手腕が問われるだろう。

新政権は、社会保障改革を皮切りに、治安の改善、複雑な税制の簡素化、民営化の推進、労働法の再改正などの政策を志向している。これらの政策は、ブラジルの国際競争力を低下させ、潜在成長率を押下げる「ブラジルコスト」の解消に寄与し、ブラジルの経済構造を従来の「消費中心」から「投資中心」へと転換させ、安定的な成長へと導きうるものである。中長期的なブラジルの行く末を占ううえでも重要な一年となるだろう。

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(6)その他、「積立方式」の導入や軍人向けの年金改革については、別途法案が検討されている。
(7)2018年の社会保障基金における基礎的財政収支の赤字額は約2000億レアルであるため、1年あたりの平均改善額は赤字額の5割程度を占める。

2018年の成長率は、トラック業界によるストと大統領選挙の不透明な行方という押下げ要因があったものの、2017年から横ばいであった。しかし、外需(純輸出)と誤差・残差等を除いた内需の前年比成長率寄与度を比較すると、2017年のプラス0.3%ポイントに対して、2018年はプラス2.0%ポイントと、内需が大きく改善している。10-12月期の実質GDPの内需の落ち込みも10月の大統領選挙による一時的な要因と考えられる。2019年は適度なインフレと緩和的な金融環境が継続すると予想されることに加えて、新政権への期待を背景に家計・企業ともに景況感が改善していることから民間消費や総固定資本形成を中心とする内需が牽引役となり、2018年から成長率が加速すると予想する。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)