しかし、2度の延期で妥協の機運は低下している
そもそも、2度にわたる期限延期の結果、妥協を通じて離脱を推進しようという機運は低下している。
世論調査では、離脱プロセスを舵取りしながら、期限内の離脱に失敗した与党・保守党への風当たりは強まっている。世論調査でも、保守党の支持率は急落、反ユダヤ主義や離脱戦略を巡る分断で同じく支持が低下している労働党の後塵を拝するようになっている(図表4)。5月23日の欧州議会選挙実施を見込んで、EU懐疑主義の英国独立党(UKIP)の元党首のナイジェル・ファラージ氏が同党から離党した欧州議会議員らと新党「Brexit党」を立ち上げ、批判の受け皿が出現したことも、支持率低下に拍車を掛けている。
4月21日付けの英日曜紙サンデー・タイムスは、保守党の議員委員会(1922年委員会)が、6月末までにメイ首相が辞任しない場合、今年12月以前に保守党党首の不信任投票を実施できるよう党の規定を変更する方針を伝えたと報じている。メイ首相の取り組みが、保守党内部からの圧力によって妨げられる可能性が高まっている。
労働党のコービン党首は、党内の親EU派が強く望む再国民投票よりも、総選挙による政権交代優先の立場を採ってきた。与野党合意を継続するとしても、保守党の支持率急落は政権交代への好機であり、敢えて合意を急ごうとはしないだろう。
英国は5月23日に欧州議会選挙を実施、保守党に厳しい結果に
英国が、5月22日までに協定を批准できず、かつ、欧州議会選挙にも未参加なら、5月31日(英国時間23時)に「合意なき離脱」となる。しかし、英国では、すでに4月25日を締切とする欧州議会選挙への登録政党の候補者の受付が行われており、「合意なき離脱」を議会が拒否していることから、5月23日に英国は欧州議会選挙を実施せざるを得ないだろう(図表5)。
欧州議会選挙は、保守党に厳しい結果が予想される。欧州議会選挙は、そもそも小選挙区制で実施される総選挙と異なり、比例代表制で行われることもあり、政権への批判票が投じられ易い傾向がある。前回の2014年の欧州議会選挙でも保守党は、UKIP、労働党の後塵を拝し、キャメロン前首相を国民投票へと動かす要因として働いた。
欧州議会選挙には、二大政党から離党した残留支持派の議員の新党「Change UK」も参加するが、残留支持票が労働党やLDPに分散することや、ナイジェル・ファラージ氏ほどの存在感のあるリーダーがいないこともあり、「Brexit党」のような勢いは見られない。
英国はEUの離脱のプロセスを遂行しきれるのか
英国のEU離脱をとりあげた過去のレポートでも述べてきたとおり(1)、英国のEU離脱プロセスは、離脱日に終るわけではない。
離脱後、英国とEUは、将来関係の協議のプロセスに入る。離脱協定が、EU市民の権利、離脱に伴う精算金、アイルランド国境の厳格な管理を回避するための安全策に絞られていたのに対して、将来関係の協議の対象は、包括的な経済パートナーシップのための協議に加えて、安全保障の協力関係にも及び、遥かに広範だ。離脱時期の延期によって、将来関係の協議のための移行期間は1年余りに短縮しており、20年7月までには移行期間延長の有無などの意思決定も必要になる(図表6)。
世論の分断を抱え、政治の混乱が深まるばかりの英国が、果たしてEU離脱のプロセスを遂行しきれるのか、疑念を抱き始めている。
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(1)経済金融フラッシュ2019-3-25「英国はいつ、どのようにEUを離脱するのか、しないのか?」( https://www.nli-research.co.jp/files/topics/61158_ext_18_0.pdf?site=nli )、基礎研レター2019-3-15「ブレグジットはどうなるか?-日本経済・企業にとっての英国EU離脱のリスクは何か」( https://www.nli-research.co.jp/files/topics/61012_ext_18_0.pdf?site=nli )、
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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員
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