自由経済では、いろいろな市場がある。市場では、対象のモノを売り手と買い手が自由に取引する。取引が成立すると、市場価格が定まる。金融経済学では、研究テーマとして効率的市場がよく取り上げられる。市場価格がモノの値段に関する情報を完全に反映していて、ある情報を得た人がその情報をもとにモノを安く買って高く売る「サヤ抜き」ができない場合、その市場は効率的市場と呼ばれる。

効率的市場については、「ケインズの美人投票」が有名だ。イギリスの著名な経済学者であるケインズは、効率的市場の考え方には懐疑的だったとされる。効率的市場の考え方を擁護する人々は、「プロの資金運用者が抜け目なくサヤ抜きをするので、市場は常に効率的になる」と主張する。しかし彼は、「株式市場での株価予想は美人投票と同じようなもので、プロの資金運用者はサヤ抜きではなく株価の推測ゲームをしているのだ」と指摘した。ここで、美人投票というのは、次のものを指す。

ケインズの美人投票

平均,心理
(画像=PIXTA)

投票者は、100枚の写真の中から、最も美しい顔をした6人を選ぶ。投票者全員の投票により、平均的な好みが決まる。その好みに最も近い選択をした投票者が勝者となり、賞品を得ることができる。

この投票のポイントは、投票者は、自分が美人だと思う人を投票するのではなく、他の投票者が美人だと投票するであろう人を投票する、というところにある。つまり、他人の行動を予想するのだ。これは、単純そうに見えて、実は奥が深い。他人がみんなそれぞれの好みに投票すれば、話は簡単だ。多くの人が好みと思うであろう写真を予想すればよい。

だが、他人も自分と同じように、集団の平均はこうなるだろうと考えて、そこに投票するかもしれない。そうなると、その上をいくためには、「集団の平均はこうなるだろう」と考えて投票する人の平均、を考える必要がある。

しかし、他人もこれと同じ考え方をするかもしれない。すると、さらにその上をいくには、「『集団の平均はこうなるだろう』と考えて投票する人の平均はこうなるだろう」と考えて投票する人の平均、を考える必要がある。つまり、「『平均』の平均」の平均を考えないといけない……。

平均が乱発されて、なんだか、訳が分からなくなってしまいそうだ。そこで、ケインズの美人投票をアレンジした、行動経済学のある実験を紹介することにしよう。

平均値予想ゲーム

ゲームの参加者は、他の参加者には分からないようにして、0から100までの中から、整数の数字を1つ選ぶ。参加者がみな数字を選んだところで、全員が選んだ数字の平均を計算してみる。そして、その平均の3分の2にいちばん近い数字を選んだ人が勝者となり、賞品を得ることができる。

このゲームはケインズの美人投票と似ているが、違う点が2つある。選ぶ対象が写真ではなく、数字である点。そして平均ではなく、平均の3分の2にもっとも近い数字を選んだ人が勝者となる点だ。

さて、あなたがこのゲームに参加するとしたら、どういう数字を選ぶべきだろうか。話を簡単にするために、このゲームには参加者が数万人もいて、あなたが選ぶ数字によって、全体の平均の値が変わることはほとんどない、すなわち無視できることにしておこう。

【考え方1】

まず、他人は適当に数字を選ぶものと仮定してみる。「0から100までの数字から、参加者がランダムに数字を選んでいけば、その平均は50になるはずだ。すると、平均の3分の2は、50の3分の2で『33』。この数字を選べば勝者となれるはず……」。これは、ランダムな平均から数字を選ぶ考え方だ。

【考え方2】

しかし、ここで次の考えがふっと頭をよぎる。「みんなもいまの自分と同じように考えて、33を選ぶのではないだろうか。すると、平均は50ではなく、33になる。そして、平均の3分の2は『22』となる。よし、この数字を選ぼう」。これは、他人の心理を読んで1つ上をいく考え方だ。

【考え方3】

ところが、さらに次の考えがわいてくる。「いや待て。みんなもこの1つ上をいく考え方をしたらどうなるだろうか。みんな22を選ぶはずだ。すると、平均も22になる。平均の3分の2は『15』。この数字を選べば勝者になれるはずだ」。これは、他人の心理を読んで2段階上をいく考え方といえる。

【考え方4】

一方で、まったく別の考え方も出てくる。

「まず、絶対に勝者にならない数字を選ぶことは避けたい。仮に、全員が100を選んだとしよう。その場合、平均は100になる。そして、平均の3分の2は、67となる。実際には、100よりも小さい数字を選ぶ人がいるだろうから、平均の3分の2は、67よりも小さくなる。

つまり、平均の3分の2は最大でも67で、それより大きくなることはない。68から100までの数字を選ぶと、絶対に勝者にはなれないわけだ。参加者は、みんなそのことに気がつくだろうから、選ばれる数字は、0から100までではなく、0から67までの中になる。

この中から、みんなが適当に数字を選ぶものと仮定すべきだろう。0から67までの数字から、参加者がランダムに数字を選んでいけば、33くらいが平均になる。そして、平均の3分の2は『22』となる。よし、この数字を選ぼう」

この数値は、たまたま【2】と同じになった。これは、他人の心理を読んで選択範囲を限定する考え方だ。

【考え方5】

そして、その上をいく数字の選択も出てくる。「他人の心理を読んで選択範囲を限定すると、みんなは22を選ぶはずだ。すると、平均も22になる。平均の3分の2は『15』。この数字を選べば勝者になれる」。この数値は、【3】と同じになった。これは、他人の心理を読んで選択範囲を限定する考え方の1つ上をいく考え方だ。

しかし、さらにさらに、考えは深まっていく。「【3】や【5】のように、みんないろいろ考えて、その結果15を選ぶだろう。そして、平均も15になる。平均の3分の2は『10』だ。つまり、この数字こそ、勝者が選ぶ数字だ」。

この「上をいこう」とする考え方には、限りがない。10の3分の2、そのまた3分の2、さらにその3分の2……と、考えを深めていくと、最終的には0に近づいていく。「みんなが合理的に考えれば、結局のところ、平均の3分の2は『0』に行き着く。これこそが、本当に選ぶべき数字だ」。本当にそうだろうか?

さて、実際の実験結果はどうだったか。1997年に、イギリスのフィナンシャルタイムズ紙が、読者を相手にこのゲームの実験を行った。その結果によると、勝者の数字は「13」となった。つまり、【3】の他人の心理を読んで2段階上をいく考え方をした人、もしくは、【5】の選択範囲を限定する考え方の1つ上をいく考え方をした人、に近い数字を選んだ人が勝者となった。

この実験で、もっとも多くの人が選んだのは『22』だった。他人の心理を読んで1つ上をいく考え方、もしくは、他人の心理を読んで選択範囲を限定する考え方をとった人たちだ。次に多かったのは『1』で、『0』も4番目に多かった。これらは、他人の上をいこうと何段階も考えを深めていった人たちだ。そして、3番目に多かったのは『33』。ランダムな平均から数字を選ぶ考え方をとった人たちだ。

この結果をみると、他人の心理を読んで2段階上をいく考え方をするぐらいが適度な思考ということになる。それよりも考えが浅かったり、深く考え過ぎたりすると、このゲームの勝者にはなれない。

実際には、参加者のゲームに対する理解度や考え方は、一様ではない。このため、実験を行なうごとに、今回紹介したものとは異なる結果が出るかもしれない。

他人の心理を、どこまで深く読むべきか──。これは、とても奥の深い問題で、なかなか答えは見つからないものと思われるが、いかがだろうか。

篠原拓也(しのはら たくや)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

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