総選挙結果:インド人民党が圧倒的勝利

インド総選挙
(画像=PIXTA)

インドでは5月23日、5年ぶりの下院選(542議席(1))の結果が一斉に開票(2)された。

モディ首相率いるインド人民党(BJP)が単独で303議席を獲得し、圧倒的勝利をおさめた(図表1)。BJPを中核とする与党連合・国民民主同盟(NDA)は下院の過半数(273議席)を大幅に上回る353議席を確保、モディ首相の続投が決まった。一方、最大野党・インド国民会議派(INC)を中核とする野党連合・統一進歩同盟(UPA)は ラフル・ガンジー総裁や同氏の妹で人気の高いプリヤンカ・ヴァドラ氏が前面に立って巻き返しを図り、前回選挙から8議席を積み増して辛くも野党第一党の地位を保ったものの、52議席に止まった。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

最終投票日(5月19日)の夜に発表された出口調査で与党連合の優勢が伝わっていたなかでの勝利であったが、選挙前の世論調査では今年3月に入るまで与党連合は下院で過半数の獲得が危ぶまれていた。総選挙の行方は不透明な状況が続いていただけに、BJPが歴史的大勝をおさめた前回総選挙を上回る議席を獲得したことはポジティブサプライズと言える結果であった。

なお、投票率は67.1%となり、前回選挙(2014年)の66.4%を上回り、史上最高の投票率を記録した。女性の投票が増えたとされている。

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(1)インドの下院の定数は545議席あるが、今回総選挙では大統領指名の2議席と不正疑惑が生じた1議席を除く542議席が争われれた。
(2)9億990万人の有権者を抱えるインドでは、選挙管理や治安維持の面で不安があるために投票が4月11日~5月19日にかけて7回に分けて行われた。

カシミール地方の緊張がBJPの支持回復に寄与

モディ政権は、2016年11月にブラックマネーの撲滅を目的に高額紙幣の廃止を突如として実施、2016年12月には破産倒産法を施行、2017年7月には州毎に異なる間接税を一本化する物品サービス税(GST)を導入するなど各種の経済改革を断行した。また電力・交通インフラの整備やデジタル経済の浸透、低所得者向けの直接給付を通じた行政コストの削減や汚職抑制など、モディ政権はインドのビジネス環境を着実に改善させた。世界銀行が各国のビジネス環境の現状を評価した報告書「Doing Business」によると、インドのビジネス環境ランキングは2018年が77位(全190カ国)と、2014年の142位から大幅にランクアップした。結果として、モディ政権の5年間は7%を超える経済成長を続けた。

一方、モディ政権は2014年の発足後2年連続で発生した干ばつにより苦しむ農村への対応が後手に回ったほか、土地収用法と労働法の改正が頓挫して当初期待されたほどに製造業振興による雇用創出は進まなかった。こうした国民の生活苦が背景となり、昨年後半に実施された世論調査では総選挙で与党連合と野党連合がそれぞれ過半数を獲得できない結果となる可能性が浮上し、選挙後に政局が不安定化するリスクが高まっていた(図表2)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

しかし、2月14日にカシミールのインド側支配地域で発生したテロが風向きを変えた。モディ政権は2月末にパキスタンを越境空爆するなど強硬な姿勢をとり、選挙戦で掲げたマニフェストではテロ対策や軍事・警察力の強化などの「安全保障」を強調した。こうしてモディ首相は国民のナショナリズムを鼓舞して支持を集めることに成功し、今年3月以降の世論調査では支持が回復した。

選挙戦では、野党側が農村の困窮と不十分な雇用創出を争点に挙げると同時に、ヒンズー教至上主義を党是とするBJPが国家の分断を招いたと批判し、国民に支持を訴えた。しかし、上述のとおり国民の意識が「農業・雇用」から「安全保障」に分散したほか、政府が今年2月に公表した暫定予算案において農家支援や中間層の所得税減税を打ち出すなど福祉策を拡充したことから、BJPに対する国民の支持は揺ぎないものとなったと考えられる。

2期目のモディ政権の成否は「改革路線の継続」が握る

金融市場では、今回の総選挙結果が好意的に受け止められた。出口調査の報道により選挙の大勢が判明した5月20日から24日にかけて、インドの代表的な株価指数であるSENSEX指数は+4.0%上昇、インドルピーも対ドルで+1.0%上昇している。今回与党連合が大勝したことで連立工作に頼らずに政権を発足させることが可能になり経済改革がペースダウンする懸念が払拭されたこと、また政策の一貫性が担保されたことを市場は好感したものとみられる。

BJPは今回の選挙公約で、農家の所得倍増や製造業の振興、電力・物流インフラの整備などに継続的に取り組む方針を掲げており、政策の方向性に大きな変化はみられない。しかし、具体的な内容をみると、農民向け給付金(3)の対象拡大や零細・小規模農家のための年金制度の整備、農業の生産性向上に向けた25兆ルピー開発投資など、全人口の約6割が住む農村部の受けの良い政策が強調されている。経済面では、100兆ルピー相当のインフラ投資を柱に据え、製造業振興策「Make in India」の継続、中小零細企業・スタートアップ支援、減税、デジタル化の促進などを挙げているが、財政赤字を抱えるインドが福祉策と経済開発の両立を実現できるかは疑問が残る。選挙を控えたモディ政権がここ数年でポピュリズム路線に傾斜した代償として財政再建のペースは遅れている。政府は今年度の財政赤字目標をGDP比3.4パーセントと設定し、前年度の中期計画から0.3%ポイントも後退させている。

今後は再び構造改革路線を前進させることができるかが、インド経済が持続的な発展を遂げるための重要なカギとなりそうだ。まずビジネス環境の更なる改善に向けては、上述の「Doing Business」の世界ランキングで上位50位を目指し、会社法改正や「インダストリー4.0」を見据えた新たな産業政策の展開、世界で最も優れたクラスター・ネットワークの構築を図るとしている。またモディ政権1期目で頓挫した土地収用法や労働法の改正、そして不良債権問題に悩まされている銀行セクターの改革などへの着手も求められる。

インド国内の新規の投資計画は、「モディ・ウェーブ」で改革期待が高まった前回総選挙の翌年(2015年)に直近5年間のピークをつけ、その後は減少傾向にある(図表3)。2期目に入るモディ政権が再び構造改革路線を打ち出し、現在の消費主導の成長を投資主導にシフトすることができるかが今後の注目ポイントとなる。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

今回の総選挙でBJPが下院の過半数の議席を獲得したことは、モディ首相に痛みを伴う経済改革を決断するチャンスが与えられたとも言えるだけに、改革路線回帰への期待は高い。

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(3)政府は2019年度暫定予算案で現金支給策PM-KISANを実施すると公表。約1億2千万世帯の小規模・零細農家(2ha未満の土地所有者)を対象に年6,000ルピー(約9,600円)を支給するとしている。

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斉藤誠(さいとう まこと)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 准主任研究員

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