起業アイデア3.0
村田 茂雄(むらた・しげお)
1982年生まれ。信州大学経済学部卒業。中小企業診断士。デロイト トーマツ グループの主要法人のひとつである有限責任監査法人トーマツに所属。銀行、信用金庫、コンサルティングファームを渡り歩き15年目、これまでに1000人以上の起業家支援を行う。起業アイデアを考えることが趣味で、これまでに考えてきた起業アイデアの数は10000個以上にのぼる。起業家支援とアイデア発想の実績を活かし、起業アイデア発想法を体系化する。2019年10月12日に『起業アイデア3.0』(秀和システム)を出版。

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コンペティターシフト発想法の基本

競合がいる市場で有効な発想法

コンペティターシフト発想法は、競合他社(コンペティター)の商品・サービスの一部を変化(シフト)させることで発想する方法です。起業アイデア1・0の「プロダクト」や起業アイデア2・0の「マーケット」からでなく、競合他社(コンペティター)ありきの発想法です。

今日のようなさまざまな独自の商品やサービスが生まれていく世の中においては、自分自身が考えたアイデアがまったく新しいものだと思っていても、国内外を探せばほぼ間違いなくあることが多いです。

そのため起業アイデアを考えるスタートの段階から、既に存在する競合他社の商品・サービスを意識して発想することで、競合とは違う新しい起業アイデアを閃きやすくなります。

ライバルがひしめくような既存市場でも、競合との違いを明確にしてビジネスにできる可能性を見出す場合に有効な手段になります。また、競合他社から発想するので、まったく何もない状態から発想するよりも発想しやすい点もメリットです。

コンペティターシフト発想法での起業アイデアの作り方

コンペティターシフト発想法による起業アイデアの5つの要素の発想法は、5つの要素のどこからでも発想できる方法になります。

プロダクトアウト発想法のようにプロダクトから(「何で」「どのように」)や、マーケットイン発想法のようにマーケットから(「誰の」「何を」)という順番がないということです。

下準備としての競合分析

競合他社の商品やサービスを5つの要素で分析してみる

コンペティターシフト発想法をするための準備として、競合他社の商品やサービスを「誰の(顧客)」「何を(顧客の課題)」「何で(課題の解決策)」「どのように(解決策の提供方法)」「誰から(収益化の方法)」に分解する必要があります。

そのために、「発想の素(もと)となる対象を決める」「対象を分解する」の2つのステップを説明します。

①発想の素となる対象を決める
発想の素となる競合他社の商品・サービスを選びます。

選ぶ対象は何でも構いません。競合他社としていますが、競合という言葉を意識する必要はありません。世の中にあるすべての商品やサービスが競合他社だと思ってください。

あなたが何となくやりたいことがあるとすれば、それに関連する商品・サービスを選んでください。

逆に、何もなくてこれから考える人は、自分自身が興味のある分野を考えてみてください。興味のある分野を想像したり書き出したりして、それに関連する商品やサービスを選びます。

また、自分が日常生活や仕事でよく使う商品・サービスなどでも良いです。日常生活や仕事から見つける場合は、時間や場面で区切ることで見つけやすくなります。例えば、「13〜14時は何をしているか」「仕事から帰ってきた後は何をして時間を過ごしているか」というように考えると見つけやすくなります。

②5つの要素を考える
対象となる競合他社の商品・サービスが決まったら、次は5つの要素を考えます。

5つの要素は、難しく考える必要はありません。また、正確性を求める必要もありません。最初の起業アイデアはその後のアイデアの検証フェーズ(第3章や第4章)でもブラッシュアップしていくので、現時点で考えられる程度の内容で大丈夫です。

正確性が必要ないという点について少し補足しますと、世の中に出ている商品・サービスはそれを提供する企業側が当然にターゲットなどを明確に設定して提供していますが、これは企業側の理屈であって消費者側には一切関係がありません。むしろ、消費者がその商品・サービスをどう捉えるか次第です。いくら企業側が30代女性向けに商品を作って販売したとしても、実は買われている層が50代男性であったら、その商品は50代男性向けの商品になります。ですので、(企業側が狙っている)正確性を求める必要はなく、あなたが感じるままに(消費者目線で)5つの要素を決めていけば良いのです。

メルカリの分析例

実際に、メルカリの例で考えてみましょう。

・誰の
メルカリのメイン顧客は「20代、30代の女性」になります。根拠としてはネット検索でメルカリのターゲット層を検索すれば出てきますし、検索しなくても若い女性タレントを起用してCMをしていることから、若い女性をターゲットとしていると推測できます。

・何を
顧客が抱える悩みや欲求は、「手間なく簡単に、不要なものを処分したい」、また「安く購入したい」となります。ポイントは「手間なく簡単に」です。

メルカリのサービスが始まる前にも不用品を処分する中古品取り扱いショップはありましたし、ネットでも中古品を売買するサービスがありました。

しかし、これまでのサービスは「手軽に、簡単に」という顧客のニーズを解決できていませんでした。

・何で
メルカリは、不要なものを処分したい人と、中古でも安く買いたい人を結ぶプラットフォームを構築して、顧客の課題を解決しています。

・どのように
メルカリは、サービスを利用しやすくするために、出品や購入が容易にできるシステムを構築したり、万が一のときのために代金補償や出品者が購入者に個人情報を知られない匿名配送ができるようにしたりしています。

・誰から
収益のメインとなるお金は、出品者から、販売代金の10%を手数料として受け取っています。例えば出品したものが1万円で売れた場合は、10%の1000円を出品者からもらう仕組みになっています。

発想の素となる対象を決め、その対象を5つの要素に分解できたでしょうか?

できましたら次ページ以降で、各要素を変更する方法を説明していきます。

「誰の」をシフトする場合

「誰の」から起業アイデアを発想する

先ほど分析した競合他社の5つの要素から、「誰の」をシフトして、新しい起業アイデアを考えてみましょう。

「誰の」とは、商品・サービスを利用する顧客(ターゲット)になります。ターゲットは何かしらの悩みや欲求を持っています。その悩みや欲求を解決することで、あなたが喜ばせたい、ハッピーにしたい人がターゲットになります。

コンペティターシフト発想法で「誰の」から発想する起業アイデアのわかりやすい例が、既にある商品・サービスを他のエリアに住む人に展開するビジネスです。「海外のサービスを国内に持ってくる(ターゲット顧客を海外の人から国内の人にシフトする)」「東京で売れている商品を地方に展開する(あるエリアから別のエリアにターゲットをシフトする)」などです。

「誰の」をシフトして起業アイデアを考える手順

「誰の」をシフトして、新しい起業アイデアを考える手順は、以下の通りとなります。

①「誰の」を変える
問題は、どの顧客に入れ替えるか、です。例えば先ほどのメルカリの例であれば「20代、30代の女性」としていましたが、それを誰に変更するか?

変更する「誰の」を見つけるアプローチは2つあります。

1つは、「何で(解決策)」が提供する価値を考えて、「その価値を求める人は誰か」と考えて「誰の」を決めるアプローチです。ポイントは、「プロダクトの価値が何か」を明確にすることです。プロダクトのままだと新たな顧客を見つけにくいですが、価値を明確にすることによって、「その価値を感じる人は誰か」と具体的に考えられるようになります。

もう1つは、「誰の」を適当に変えて、新たな「誰の」がその解決策についてどのような価値を感じるかを考えるアプローチです。顧客は適当に選んであてはめます。ランダムに選んでも良いし、もともとの顧客とは真逆の人物を選んでも良いです。また、身近な人をあてはめても良いでしょう。次のような切り口も参考になると思います。

  • 住んでいる場所(海外⇔国内、都会⇔地方、マンション⇔一軒家、賃貸⇔持ち家など)
  • 属性(男性、女性、幼児、学生、会社員、自営業、若者、高齢者、LGBT、独身、世帯持ち、子 供がいる夫婦など)
  • 年代(10代、20代、30代、……、90代、60歳以上、18歳未満など)
  • 年収(300万未満、500万、800万以上、1000万以上、1500万以上など)

新たな顧客をあてはめたら、先ほどと同様にプロダクトの価値を考えます。そして、変更した顧客が、そのプロダクトの価値を受け入れられるかどうかを想像します。もし受け入れられそうであれば、「誰の」のシフト(変更)は達成です。

②他の要素を変える
「誰の」がシフトできたら、他の要素との整合性を取ります。

特に他の要素を変更しなくても問題がなければ特に何かを変更する必要はありません。変更するかどうかは、整合性が取れているかどうかで判断します。単純にターゲットが変わっただけで成り立つもの、例えば、あるエリアで展開しているサービスを別のエリアで展開する場合は、そのままでも整合性が取れています。

一方で、ターゲットが変わったことによって整合性が取れない場合があります。

例えば、メルカリの例でターゲットを若者から高齢者に変更したら、「どのように(提供方法)」はネットやアプリではなく、アナログな方法の方が良い可能性が高まります。AmazonGoのようにリアル店舗での展開が可能性としてあるかもしれません。

このように、「誰の」を変えたら、他の4つの要素の整合性が取れるかどうか、を考えて起業アイデアを完成させます。

「誰の」をシフトした例

Airbnbの「誰の」をシフトする

Airbnbは民泊で成功した会社です。

Airbnbは自宅のスペースを宿泊用として貸しても良い提供者と、宿泊先を探している旅行者を繋ぐプラットフォーム事業をやっています。宿泊先がある地域はもちろんのこと、宿泊ホテルが近くにない地域でも、一般の人が自宅を提供することで旅行者が宿泊できるようになるサービスです。

この「誰の(顧客)」を日本を旅行する人にシフトします。

日本での民泊は2018年6月に法律改正されて、事業ができるようになりました。多くの事業者が民泊に参入していますが、日本で事業をしている民泊事業者は「誰の」を、全米を旅行する人から日本を旅行する人にシフトした例になります。

日本では外国人旅行者の増加に伴い、宿泊施設が不足する事態が懸念されています。そこで民泊のように一般人の家を解放することでこの問題を解決する動きになり、民泊が解禁されました。

きざみ海苔バサミの「誰の」をシフトする

ハガキなどの個人情報を「消す」ために使われるシュレッダーバサミをご存知でしょうか? 1回切るごとに5枚刃で5つに裁断できる便利グッズです。

実は、この商品はシュレッダー用として生まれた商品ではありませんでした。もともとは「きざみ海苔バサミ」として開発された、名前の通り、海苔をきざむ時に使われるものでした。

このハサミの特徴(価値)は「1回で細かく切れること」です。ではこの機能が活躍できる場面を考えてみましょう。簡単にものを細かくする用途を考えた場合、シュレッダーが考えられます。個人情報を保護するためにハガキ等の宛名を「消す」ことに使えそうです。そこでターゲットを、料理をする人から個人情報を消したい人にシフトしたものが、シュレッダーバサミというわけです。

さらに、これを深掘りすると、別のアイデアも思いつきます。

この5枚刃の価値は「等間隔に切れること」にも価値があります。その機能をパワーアップさせて、刃と刃の間隔を自由に設定できるハサミ(例えば、1㎜単位で調整できる)にするとします。そうすると、ちくわやナルトを等間隔で一度に切れる調理器具としても活用できるようになります。