はじめに-英国総選挙の最新情勢
●過半数確保の勢いを保つ与党・保守党
英国のEU離脱の方向性を決める12月12日の総選挙まで残すところ1週間となった。
各世論調査を平均値では、「20年1月末の離脱」を約束する与党・保守党の支持率が40%を超え、「3カ月以内に新合意、6カ月以内に国民投票」を掲げる最大野党・労働党を10%超リードする(図表1)。
政党支持率は50%を割っていても、労働党との支持率の差から、保守党が過半数を確保する可能性は高まっている。英国は小選挙区制を採用しており、全650の選挙区(うちイングランドが533議席、スコットランドが59議席、ウェールズが40議席、北アイルランドが18議席)で最多得票の1名のみが選出されるため、二大政党の候補者に有利に働くためだ。離脱撤回を掲げる中道の自由民主党が、世論調査では今も50%を占める残留派(1)の受け皿となりそうだが、支持率が13%と伸び悩む。残留派の有権者は「死票」となることを嫌い、労働党を選ぶ傾向があるからだ。
調査会社・ユーガブが、北アイルランドの選挙区を除く632の選挙区について算出した議席予想(MRP)(2)では 、保守党は359と17年の前回総選挙から42議席を増やし、過半数を大きく超える。労働党は211で17年から51議席減、スコットランド民族党(SNP)は43議席で同8議席増、自由民主党が13議席の同1議席増、ウェールズのプライド・カムリが4議席、緑の党が1議席を維持する。比例代表制で行われた5月の欧州議会選挙では、離脱派の不満票の受け皿となって第1党となった離脱党は議席を獲得できない見通しだ。
支持率の調査を基に算出する他の議席予想も、保守党が労働党から議席を奪い、過半数を確保する結果となっている(3)。
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(1)https://www.politico.eu/europe-poll-of-polls/united-kingdom/#93494
(2)https://yougov.co.uk/topics/politics/articles-reports/2019/11/27/key-findings-our-mrp。同調査では、政党支持率に加えて、聞き取り調査、各選挙区の傾向を加味する。
(3)Joe Greenwood “Different method, similar outcome: comparing poll of polls with MRP” LSE Comment, December 2nd, 2019 ( https://blogs.lse.ac.uk/politicsandpolicy/poll-of-polls-mrp/ )
●保守党勝利の場合のEU離脱の進路-20年1月末離脱、年末には「崖」も
ジョンソン首相が、このままの勢いを保ち、総選挙で過半数を制した場合、英国は、20年1月31日にジョンソン首相がEUと合意した「離脱協定」に基づいてEUを離脱する。
離脱後は現状を維持する「移行期間」となり、英国はEUとの「政治合意」を叩き台とする将来関係の協議に入るが、すぐに、「将来関係協定なき移行期間終了」がリスクとして浮上する。ジョンソン首相の「政治合意」は、単一市場からも関税同盟からも離脱し、EUとの間で関税ゼロを目指すが、製造業も含めて規制の乖離を容認する(図表2)。
このため、現状を維持する「移行期間」終了に、「導入期間」などを設けた「将来関係協定」の発効が間に合わなければ、環境が激変する「崖」となる。
財、サービスの幅広い領域をカバーする協定の協議にはそもそも時間を要するし、EU側の批准手続きも複雑になるため、20年末までに手続きを終えることは不可能と見られている。
移行期間は「1回に限り、1年又は2年の延長が可能」つまり、最長で22年末までの延長が可能だが、保守党は「20年末から延長しない」ことを公約とする。
総選挙が、保守党の過半数確保という結果になれば、どの政党も過半数を持たない「ハングパーラメント」によるEU離脱のさらなる迷走が回避されたことを、市場や離脱を支持あるいは容認する有権者は、一旦は歓迎するかもしれない。
しかし、歓迎ムードは長くは続かないだろう。移行期間の延期は7月1日までの申請が必要だ。「移行期間」の延長拒否は、総選挙での勝利のための戦術であり、総選挙で過半数を制し、離脱を実現すれば、ジョンソン首相が国内の分断解消のために柔軟姿勢に転じると期待されている。しかし、ジョンソン首相は、支持者の期待に応えることを優先し、強硬姿勢を崩さないかもしれない。そうなれば、すぐに「将来関係協定なき移行期間終了」という「20年末の崖」が意識されるようになる。
保守党のリードを支える要因
●首相の強硬姿勢への支持
保守党のリードは、7月の就任以来、ジョンソン首相がとってきた強硬路線の成功を意味する。ジョンソン首相も「期限通りの離脱」に失敗したが、メイ前首相のような支持率低下を免れた。常に戦う姿勢を見せ、最終的に「延期は議会のせい」という構図を作り上げたからだろう。
「弱腰」とのイメージがつきまとったメイ前首相に対して、ジョンソン首相は「合意なき離脱」も辞さない構えで、EUに「離脱協定」からのアイルランド国境の開放を維持する安全策の削除を求め、新たな合意を引き出した。さらに、「離脱協定法案(第2読会)」の下院での承認にも成功した。続く「高速審議動議」も可決されれば「期限通りの離脱」が出来たはずだ。それを阻んだのは、野党と穏健離脱派の造反議員だった(図表3)。「離脱協定法案」は、英国にとって重要な法案であるため、高速審議すべきでないという判断は正しいはずだが、「離脱疲れ」が蔓延する中では、期限通りの離脱を阻んだ元凶といった批判の対象となりやすい。
●「離脱疲れ」の広がり
保守党のリードは、国民投票から3年半にわたり混迷が続いたことで、EU離脱問題に早く決着をつけたいと願う「離脱疲れ」が広がっていることにも支えられている。保守党が公約で「移行期間の延長をしない」方針を掲げるのも、離脱問題に早期に決着をつけるイメージを打ち出したいからだろう。
保守党が過半数確保に失敗すれば、野党に主導権が移り、再度の国民投票を経て、離脱撤回の可能性が出てくる。保守党が、政権協力を得られる見込みがあるのは、離脱党、DUPに限られる。離脱党は、ジョンソン首相に反対しない方針を表明しているが(4)、そもそも議席の獲得が見込めない。DUPは、北アイルランド選挙区の18議席をナショナリストのシン・フェイン党と分け合う見通しであり、議席獲得は確実だが、ジョンソン首相の合意に賛成しない。国境の開放を維持する「安全策」を削除し、アイルランド海に事実上の関税の境界を設ける「対案」に置き換えたことを、「改悪」と考えているからだ。
他方で、最大野党・労働党は、「政権樹立から3カ月以内にEUと新合意を締結、6カ月以内に新合意に基づく離脱か残留かを問う国民投票の実施」が政権公約だが、国民投票で「新合意による離脱」と「残留」のいずれを支持するかについては中立としている。EUとの新合意では、「恒久的で包括的な英国全土をカバーする関税同盟」や「単一市場との緊密な調和」など、ジョンソン首相合意よりもEUとの緊密な関係を維持する方針だ(図表4)。
労働党と他の野党の協力の可否も不透明だ。LDPは、左派色が強く、反ユダヤ主義への対応でも批判を浴びる労働党のコービン党首との連携に慎重な構えを崩していない。しかし、LDPの支持は伸び悩んでおり、SNP、プライド・カムリなどの地域政党も、離脱撤回・残留という目的を実現するには労働党と連携する他に選択肢はない。「再国民投票」実施という点のみで一致して政権協力をする可能性はある。
ユーガブの選挙区毎の議席予想・MRPでは、北部やミッドランドなどの離脱支持の割合が高かった選挙区で、保守党が労働党から議席を奪うと予想する。
保守党のリードは、国民投票から続くEU離脱を巡る混迷に、「合意あり離脱」で早期に決着をつけたいと願う人々の思いに支えられている。
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(4)https://www.thebrexitparty.org/read-this/