昨今、国内のさまざまな地域で注目されている「健康経営」。健康経営は中小企業こそ取り組みたい経営スタイルであり、取り組んだ企業にはさまざまなメリットが発生する。現代社会から置いていかれる前に、いち早く健康経営の概要をチェックしておこう。

そもそも「健康経営」とは?

経営
(画像=PIXTA)

健康経営とは、経営的な視点で「従業員の健康面」を意識する経営スタイルのことだ。具体的には健康情報の提供や健康投資などを行い、経営のために従業員の心身をケアしていく。

従業員の健康面は、企業全体のパフォーマンスに大きな影響を及ぼす。言い換えれば、従業員の健康は企業にとって「不可欠な資本」のひとつであり、仮に多くのスタッフの健康が損なわれると、会社の生産性・収益性はぐっと下がってしまうだろう。

ここまでを読んで「そんなの当たり前だ」と感じるかもしれないが、今や健康経営は政府も積極的に推進するほどの重要な課題だ。将来的には、健康経営への取り組みが企業価値に直結する可能性もあるので、特に経営者は基本的な知識を確実に押さえておきたい。

健康経営はなぜ注目されている?関心を高めている3つの要因

近年になって健康経営への関心が高まっている要因としては、主に以下の3点が挙げられる。

○健康経営への関心が高まっている主な要因
・従業員の高齢化
・生産年齢人口の減少による深刻な人手不足
・医療費の増加

高齢社会を迎えた日本では、従業員の大半が高齢者にさしかかっている企業も珍しくない。特に新たな人材の採用力に乏しい中小企業では、シニアの労働者が会社を支えているケースもあるだろう。

そういった企業にとって、従業員の健康面は死活問題だ。仮に短いスパンで多くの労働者が体調を崩してしまえば、経営が一気に傾くような緊急事態も起こり得る。

また、「国民医療費の増加」も、国内企業にとっては軽視できない重要なポイント。体調を崩す労働者が増えて医療費が増加していけば、必然的に社会保険料の負担も大きくなってしまう。

このように、世の中の企業にとって現代日本の労働市場・労働環境は、決して楽観視できない状況だ。まさに今、シニア労働者の健康促進や医療費削減の必要性が生じてきているため、政府も以下のような取り組みを始めている。

時期 健康経営に関する主な取り組み
平成26年度 優れた健康経営を実践している上場企業を評価する、「健康経営銘柄」の選定を開始。
平成26年度 健康経営のポイントをまとめたガイドブックの策定。
平成28年度 上場企業に限らず、健康経営に力を入れている企業を評価するための「健康経営優良法人認定制度」を実施。

今後も高齢者の割合が増えると予測されている日本では、健康経営の重要性がますます高まっていくだろう。

政府も健康経営を推進?「健康経営優良法人認定制度」とは

労働者の健康は日本経済にも影響を及ぼすため、健康経営は国を挙げて取り組むべき課題と言える。そこで政府が平成28年度から実施している取り組みが、前述でも軽く触れた「健康経営優良法人認定制度」だ。

これまでの制度でも、健康経営に取り組む上場企業は評価されていたが、未上場企業や医療法人などは社会的な評価を受ける機会が少なかった。そこで健康経営優良法人認定制度では、上場企業以外の法人も評価対象に含めることで、社会全体の健康経営を推進している。

この制度の特徴は、以下の2つの部門に分けて「健康経営優良法人」を認定している点だ。

健康経営優良法人の部門 概要
・大規模法人部門 大規模の企業や医療法人などを対象とした部門。2019年度の認定数は820法人。
・中小規模法人部門 中小規模の企業や医療法人などを対象とした部門。2019年度の認定数は2,503法人。

上記を見てわかる通り、数多くの法人が健康経営優良法人として認定されている。中小企業に該当する場合であっても、積極的に健康経営に取り組めば政府からの認定を受けられる。

ちなみに2019年度の中小規模法人部門に関しては、以下のような認定基準が定められている。

○中小規模法人部門の認定基準の一例

認定基準の中項目 具体的な評価項目
・従業員の健康課題の把握と必要な対策の検討 ・定期健診受診率・ストレスチェックの実施 など
・健康経営の実践に向けた基礎的な土台づくりとワークエンゲイジメント ・管理職又は従業員に対する教育機会の設定・適切な働き方実現に向けた取り組み
・従業員の心と身体の健康づくりに向けた具体的対策 ・食生活の改善に向けた取り組み・運動機会の増進に向けた取り組み など

認定基準を満たしていれば、認定を受けるハードルはそれほど高くない。申請書を作成し、認定審査に合格をすれば健康経営優良法人としての認定を受けられる。

具体的な認定基準は、経済産業省がウェブ上で公開しているパンフレットで確認できるため、認定を目指す経営者はこれを機にチェックしておこう。

(参考:https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/kenkokeieiyuryohojin2019_setsumeikai_shiryo.pdf)

企業が健康経営に取り組む3つのメリット

健康経営は社会問題の解決につながるものの、経営者としては具体的なメリットが分からなければ取り組みにくい。そこで次からは、企業が健康経営に取り組むメリットについて解説しよう。

1.従業員のパフォーマンス向上

従業員のパフォーマンスが向上する点は、健康経営に取り組む最大のメリットとも言えるポイント。健康経営によって従業員のパフォーマンスが向上すれば、企業全体の生産性も自然とアップしていく。

従業員の健康状態が悪い企業では、社員の欠勤数や休職者がどうしても増えてしまう。仮に出勤できたとしても、体調不良によってパフォーマンスが低ければ、企業全体の生産性はガクっと落ちるだろう。

このような過程で生じる企業の損失は、実は想像している以上に大きい。生産性が下がる点はもちろんだが、医療費の企業負担も増大するためだ。

一方で、健康経営に取り組めば社内の健康を維持できるので、従業員の集中力や効率性が高まる。「たかが健康」と感じる経営者もいるかもしれないが、安心して働ける環境を整えることは、優秀な人材の定着にもつながるだろう。

2.対外的な社会的評価が高まる

社外からの評価が高まる点も、健康経営に取り組む重要なメリットだ。特に政府から健康経営優良法人として認定されれば、企業のブランドイメージを向上させることにもつながっていく。

では、仮に健康経営によって社会的評価が高まると、具体的にどのような影響が生じるだろうか。簡単に挙げるだけでも、会社には以下のようなメリットが生じる。

○社会的評価が高まることで得られるメリット
・取引先や顧客に対するアピールにつながる
・従業員のモチベーションが高まる
・優秀な人材が集まりやすくなり、採用活動の幅が広がる
・ブランドイメージの向上によって、社会的な知名度が上がる など

たとえば、取引先や顧客に「あの会社は社会的に信用できる」などのイメージを与えれば、新しい販路を開拓できるかもしれない。企業のブランド力もアップするので、最終的には顧客や売上の増加も期待できるだろう。

また、採用活動の幅が広がれば、優秀な人材を雇うことで会社の成長スピードもアップするはずだ。

3.資金調達の幅が広がる可能性も

健康経営に取り組むことで、将来的に資金調達の幅が広がる可能性もある。実は地方銀行を中心に、すでに健康経営のサポートを目的にした商品を提供する金融機関も存在している。

たとえば四国銀行の「健康経営サポート融資」では、健康経営優良法人認定や健康企業宣言認定を受けた企業に対して、優遇利率での融資を行っている。融資限度額は5,000万円、返済期間は最長15年(運転資金は10年)と比較的長めに設定されているため、さまざまな企業にとって魅力のある商品だろう。

健康経営に取り組む企業は、将来的に健全な状態で成長していく可能性が高い。そのため、各金融機関も健康経営を意識し始めており、このような特徴を持つ融資商品が誕生しているのだ。

健康経営の注目度が今後ますます高まれば、さらに魅力的な融資商品が誕生するかもしれない。資金調達の幅が広がる点は、資金面で悩まされやすい中小企業にとって特に魅力的なポイントだろう。

上記の通り、健康経営に取り組む企業にはさまざまなメリットが発生する。健康経営が注目されている現状を考えれば、将来的には健康経営に取り組まないだけで、企業価値がぐっと下がる時代が到来するかもしれない。

したがって、仮に上記のメリットに魅力を感じなかったとしても、健康経営に目を向けておくことは非常に重要だ。現代社会から取り残されないように、いち早く健康経営について検討することをおすすめする。

事例から学ぶ健康経営の3つのポイント

健康経営に取り組む際には、基本的に経済産業省の認定基準を意識して計画を立てることになる。ただし、最終的な目的は認定を受けることではなく、「より良い企業にすること」や前述のメリットを発生させることのはずだ。

したがって、認定基準を意識するだけでは不十分であり、ほかにもさまざまなポイントを踏まえて計画を立てる必要がある。そのポイントを学ぶために、経済産業省が公表している取り組み事例集の中から、中小規模法人部門の事例を3つほど紹介していこう。

1.トップダウンで健康経営を実施/丸庭佐藤建設

ひとつ目の事例は、北海道岩見沢市で建設業を営む「株式会社 丸庭佐藤建設」のものだ。同社は滞りなく仕事を受託することを目的として、さまざまな健康経営に取り組んでいる。

たとえば社内では、従業員同士の交流や共有の機会を増やすために、「丸友会」と呼ばれる交流会を定期的に開催。従業員全員の業務内容を確認し、希望を受け入れながら休暇予定も調整している。

さらに評判が良い地元の病院と連携し、一斉に定期健診を受けられる環境を整えた点も革新的なアイディアだろう。これらの取り組みの結果、見事に従業員の健康面や職場環境の改善に成功している。

また、専務取締役が「健康づくり担当者」として行動し、いわゆるトップダウンの形で健康経営を実施している点も注目したいポイントだ。経営陣が積極的な姿勢を見せることで、各従業員の意識も確実に変わっていく。

2.半年かけて従業員の健康状態を把握/明大工業

大分県で工事関連の事業を営む「明大工業 株式会社」は、健康経営が注目される以前から従業員の健康面を意識している。そのきっかけは、働き盛りの従業員にがんが見つかったことだ。

疾病の早期発見を重視した同社は、単に健康診断を受けさせるだけではなく、産業医からの意見聴取を実施。その後の体調にも目を向けて、さらに経過状況を半年ほどかけて把握するほどの徹底ぶりだ。

ほかにもラジオ体操やウォーキングイベントなど、運動やコミュニケーションの機会を増やすことにも注力している。このように、定期的に健康について考える機会があれば、従業員の健康意識も自然と高まっていくだろう。

3.「見える化」を目的とした業務改革ツールの導入/笑み社会保険労務士

最後は、静岡県で社会保険などのマネジメント業を営む「笑み社会保険労務士」の事例を紹介する。同社の健康経営は、「働きやすい環境づくり」に力を入れている点が特徴的だ。

たとえば、同社は業務の「見える化」を実現させるために、業務改革ツールを新たに導入。その結果、従業員同士で業務をシェアする機会が増えており、特定の人物に負担が集中することをしっかりと防いでいる。

また、コミュニケーションを促進する目的で「レクリエーション委員会」を立ち上げた点も、チェックしておきたい取り組みだ。全額会社負担でさまざまなイベントを企画しており、経営者と従業員のコミュニケーションを活性化させることで、精神的な負担を軽減している。

上記では3つの事例を紹介したが、健康経営の取り組みには時間やコストがかかるため、闇雲に実施すれば良いわけではない。たとえば、身体的な負担がかかる企業では定期健診や休暇制度の見直し、精神的な負担がかかる企業ではコミュニケーションの促進など、自社の状況に合わせた施策に取り組む必要がある。

したがって、まずは具体的な施策を考える前に、健康経営に取り組む目的をはっきりとさせるべきだろう。「この事例は面白そうだな」という方向性ではなく、各社が「どのような目的でその施策に取り組んだのか?」を意識して事例をチェックすれば、より参考になる情報や知識を得られるはずだ。

健康経営は何から始める?基本的な4つのステップ

健康経営を始めようと思っても、これまで意識してこなかった経営者は何から始めるべきか分からないはずだ。実際の進め方は企業によって多少異なるが、重要な過程を省いて準備を進めると効果を得られない恐れがあるので、基本的な流れは押さえておく必要がある。

そこで最後に、健康経営を始めるための基本的なステップを確認しておこう。

【STEP1】健康経営の重要性を理解する

具体的な計画を立てる前に、まずは健康経営の重要性を会社全体で理解しなければならない。健康経営によるメリットを発生させるには、前述の「トップダウン」の事例のように特に経営陣が重要性を理解しておく必要があるだろう。

また、社内に向けて情報を発信することで、従業員の健康に対する意識も変わってくる。実際に取り組むのは従業員であるため、各従業員から理解を得ることも大切なポイントだ。

【STEP2】社内の体制の見直し

従来のままの体制では、健康経営をスムーズに進めることは難しい。健康経営は簡単に進められるものではなく、さまざまな計画や準備が必要になるため、専門の部署や担当者などを用意する必要があるだろう。

前述の事例のようにトップダウンの形を目指すのであれば、経営陣がそこに加わるのもひとつの手段になる。手間やコストはかかるが、計画を実行するうえで組織づくりは必須となるため、しっかりと体制を整えておこう。

【STEP3】従業員の健康状態をチェックする

次は健康診断などを実施し、従業員の健康状態をチェックしていく。ただし、この健康チェックは健康経営の施策ではなく、あくまでも「課題を発見すること」が目的である点に注意しておきたい。

社内の問題点や課題を発見するには、従業員の健康状態を把握することが必須だ。各従業員に寄り添った施策の実施が、企業全体のパフォーマンスを高めることにつながっていく。

【STEP4】施策を立案し、取り組みを実施する

従業員の健康状態から課題を洗い出したら、次は具体的な施策を考えていく。施策を考える際には「健康診断の受診率を100%にする」のように、事前に目標を設定する方法が効果的だ。

分かりやすい目標を設定できれば、その目標を達成するために何が必要になるのかが明確になる。すべての課題に対して目標を設定し、従業員の心身のケアにつながる施策を慎重に考えていこう。

ここまでが健康経営の基本的なステップとなるが、定期的に各施策を評価・分析する機会を設けることも忘れてはいけない。必要な施策は状況によって変わってくるので、常に最善の取り組みができるように、各施策の結果はしっかりと見直すようにしよう。

多くの事例に目を通し、より質の高い計画を

中小規模の企業であっても、従業員が健康でなければ生産性は上がっていかない。それどころか、休職者が増えると経営が一気に傾く恐れもあるので、規模の小さい企業こそ健康経営に目を向けるべきだろう。

ちなみに本記事で紹介した事例やステップは、あくまでも健康経営の一例だ。ほかにも数多くの企業がさまざまな施策に取り組んでいるため、できるだけ多くの事例に目を通すことをおすすめしたい。

自社のケースにぴったりな事例が見つかれば、その事例を参考にすることでより質の高い計画を立てられるだろう。(提供:THE OWNER