(本記事は、鈴木 祐の著書『科学的な適職』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)
好きを仕事にしても幸福度は上がらない
「好きなことを仕事にしよう!」
現代のキャリアアドバイスで、もっともよく聞くのはこれでしょう。先述のとおりジョブズのスピーチで爆発的に広まった考え方ですが、似たような発想は古くから存在しており、すでに紀元前5世紀には、孔子が「自分の愛することを仕事にすれば、生涯で1日たりとも働かなくて済む」との言葉を残しています。
多くの日本人が、このアドバイスにひかれるのは無理からぬところでしょう。
ギャラップ社が139カ国の企業に行った調査によれば、「熱意を持って仕事に取り組んでいる」と答えた日本人は全体の6%だけだったと言います。逆に「やる気がない」という回答は70%にものぼっており、この数字は世界で132位の最下位クラスです。そんな状況下では、「大好きなことを仕事にしたい、そうすれば満足できる働き方ができるはず」と思うのは自然なことです。
しかし、だからといって好きを仕事にすれば万事解決かと言えば、そう簡単にはいきません。多くの職業研究によれば、自分の好きなことを仕事にしようがしまいが最終的な幸福感は変わらないからです。
2015年、ミシガン州立大学が「好きなことを仕事にする者は本当に幸せか?」というテーマで大規模な調査を行いました。数百を超える職業から聞き取り調査を行い、仕事の考え方が個人の幸福にどう影響するかを調べたのです。
研究チームは、被験者の「仕事観」を2パターンに分類しました。
◉ 適合派:「好きなことを仕事にするのが幸せだ」と考えるタイプ。「給料が安くても満足できる仕事をしたい」と答える傾向が強い
◉ 成長派:「仕事は続けるうちに好きになるものだ」と考えるタイプ。「そんなに仕事は楽しくなくてもいいけど給料は欲しい」と答える傾向が強い
一見、適合派のほうが幸せになれそうに見えます。自分が情熱を持てる仕事に就ければ毎日が楽しく、金目当てに働くよりも人生の満足度は高まりそうな気がするでしょう。
ところが、結果は意外なものでした。適合派の幸福度が高いのは最初だけで、1〜5年の長いスパンで見た場合、両者の幸福度・年収・キャリアなどのレベルは成長派のほうが高かったからです。
研究チームは、「適合派は自分が情熱を持てる職を探すのがうまいが、実際にはどんな仕事も好きになれない面がある」と言います。
いかに好きな仕事だろうが、現実には、経費の精算や対人トラブルといった大量の面倒が起きるのは当然のことです。ここで「好きな仕事」を求める気持ちが強いと、そのぶんだけ現実の仕事に対するギャップを感じやすくなり、適合派のなかには「いまの仕事を本当に好きなのだろうか?」といった疑念が生まれます。その結果、最終的な幸福度が下がるわけです。
一方で成長派は、仕事への思い入れがないぶんだけトラブルに強い傾向があります。もともと仕事に大した期待を持たないため、小さなトラブルが起きても「仕事とはこんなものだ」と思うことができるからです。
好きを仕事にするとスキルも伸びない
オックスフォード大学が行った別の研究では「好きを仕事にした人ほど長続きしない」との結論も出ています。
こちらは北米の動物保護施設で働く男女にインタビューを行った調査で、研究チームは被験者の働きぶりをもとに3つのグループに分けました。
◉ 好きを仕事に派:「自分はこの仕事が大好きだ!」と感じながら仕事に取り組むタイプ
◉ 情熱派:「この仕事で社会に貢献するのだ!」と思いながら仕事に取り組むタイプ
◉ 割り切り派:「仕事は仕事」と割り切って日々の業務に取り組むタイプ
その後、全員のスキルと仕事の継続率を確かめたところ、もっとも優秀だったのは「割り切り派」でした。一見すれば情熱を持って仕事に取り組むほうがよさそうに思えますが、実際には「仕事は仕事」と割り切ったほうが作業の上達が速く、すぐに仕事を辞めない傾向があったわけです。
このような結果が出た理由は、先に見たミシガン州立大学の研究と同じです。
もし好きな仕事に就けて最初のうちは喜びを感じられたとしても、現実はそこまで甘くありません。どんなに好きな仕事でも、顧客のクレーム処理やサービス残業のような面倒ごとは必ず発生するものです。
すると、好きなことを仕事にしていた人ほど、「本当はこの仕事が好きではないのかもしれない......」や「本当はこの仕事に向いていないのかもしれない......」との疑念にとりつかれ、モチベーションが大きく上下するようになります。結果として、安定したスキルは身につかず、離職率も上がってしまうのです。
仕事への情熱は自分が注いだリソースの量に比例する
「好きを仕事に」と並んでよく聞くのが、「情熱を持てる仕事を探しなさい」というアドバイスでしょう。誰のなかにも仕事への熱い思いが眠っており、あとはその情熱に火を点けてくれる職、つまり天職を探すだけだ、というわけです。
良く言えば夢のある発想ですが、これまたデータとは相容れません。というのも天職とは、どこか別のところにあるものではなく、自分のなかで養っていくものだからです。
くわしく説明しましょう。2014年にロイファナ大学が多数の起業家にアンケートを行い、それぞれが「いまの仕事をどれだけ天職だととらえているか?」を尋ね、「仕事に投入している努力の量」や、「毎日どれだけワクワクしながら働けているか?」といったポイントをチェックしました。
その結果わかったのは、次のような事実です。
◉ いまの仕事に対する情熱の量は、前の週に注いだ努力の量に比例していた
◉ 過去に注いできた努力の量が多くなるほど、現時点での情熱の量も増加した
被験者のなかで、最初から自分の仕事を天職だと考えていた人はほぼいませんでした。最初のうちはなんとなく仕事を始めたのに、それに努力を注ぎ込むうちに情熱が高まり、天職に変わった人がほとんどだったのです。
このような現象は、仕事以外の場面でもおなじみでしょう。もしあなたが高価なフィギュアをコレクションしていたら、お金を使ったぶんだけ愛着が増し、何があっても手放せない気分になるはずです。その他にも、大金をつぎ込んだパチンコ台ほど離れにくくなったり、楽器を練習するほど音楽が楽しくなったりと、似たような例はいくらでもあります。
要するに「情熱を持てる仕事」とは、この世のどこかであなたを待っている献身的な存在ではありません。その仕事に情熱を持てるかどうかは、あなたが人生で注いだリソースの量に比例するのです。
ジョージタウン大学のカル・ニューポートは、自分の仕事を「天職」だと考えている人たちにインタビューを行った結果、こんな結論にたどり着いています。「天職に就くことができた人の大半は、事前に『人生の目的』を決めていなかった。彼らが天職を得たのは、ほとんどが偶然の産物だったのだ」
仕事の種類や内容は、あなたの適職探しに影響を与えません。逆に言えばどのような仕事だろうが、あなたにとっての適職になり得るわけです。
真の天職は「なんとなくやってたら楽しくなってきた」から見つかる
以上の研究からわかるのは、「情熱は後からついてくるものだ」というポイントです。
「仕事への情熱」とは自分の内にたぎる熱い感情などではなく、「なんとなくやってたら楽しくなってきた」といった感覚から始まる穏やかなプロセスだと言えます。
このような情熱のあり方を、心理学では「グロウス・パッション」と呼びます。「本当の情熱とは、何かをやっているうちに生まれてくるものだ」という考え方のことです。
グロウス・パッションの有効性を示したデータとしては、イェールNUS大学の研究が有名でしょう。研究チームは学生を対象に全員のグロウス・パッションを確かめ、そのうえでブラックホールの理論を解いた難しい論文を読むように指示しました。
そこでわかったのは、グロウス・パッションを持つ人は、たとえ興味がないものごとにも熱心に取り組むことができる、という事実です。「情熱は何かをやっているうちに生まれてくるものだ」との思いが強い被験者ほど、難しい論文を最後まで読みとおす確率が高かったのです。
当然の話でしょう。「情熱は自分のなかに眠っている」と考えていれば、少し気に食わない作業なだけでも「これは違う、自分には合わない」と思いやすくなり、そのぶんだけ簡単に心が折れてしまいます。
他方で「情熱は自ら生み出すものだ」と考えていれば、最初のうちは困難に思えた作業に対しても「もう少し続ければ別の可能性が見えるかもしれない......」のような感覚がわき、ちょっとのトラブルにも負けずに取り組むでしょう。
「やってたら楽しくなってきた」というのは受け身な態度のようにも思えますが、実際は、天職との出会いを待っている人のほうがよほど消極的だと言えるでしょう。
「好きを仕事に!」や「情熱を持てる仕事を探せ!」は、かように多くの実験で否定されたアドバイスであり、人生の満足度を高めるソリューションにはなりません。「好きを仕事に」の元祖である孔子にしても、結局は望んだ政治の世界で能力を発揮できず、晩年は「海外にでも行こうか......」などと嘆き節を残したのは有名な話です。
それでもこの手のアドバイスが消えないのは、市場規模が大きいという面が大いに影響しているのでしょう。
もちろん、なかには純粋な善意だけでアドバイスをしている人もいるでしょうが、「好きなことを仕事にすればうまくいく」という考え方は直感的でわかりやすいため、それだけに支持する人間の数も増えます。ならば、わざわざ夢を壊すようなデータは見せずに甘い言葉をささやき続けたほうがビジネスとしては安定しやすいはずです。
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