(本記事は、鈴木 祐の著書『科学的な適職』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)

ライト兄弟も「視野狭窄」の罠にハマった

視野狭窄
(画像=pathdoc/Shutterstock)

私たちが適職選びを誤ってしまう大きな原因は「視野狭窄」にあります。特定の選択肢にのみ意識が向かい、それ以外の未来の可能性に頭が行かなくなってしまった状態です。

この罠からは、どのような偉人たちも逃れられません。

たとえば、飛行機の生みの親として名高いライト兄弟は、その一方で、人生後半のキャリアを自らの手でズタズタにしたことでも知られています。

1903年に有人動力飛行に成功した彼らは、すかさず自分たちが生んだ技術の特許を取得し、そのまま悠々自適の人生を送るかと思われましたが、ことはうまく進みませんでした。後発の技術者がライト兄弟を参考にした飛行機を次々に発表し始めたため、2人は残りの人生をかけて特許侵害の裁判を起こし続けたのです。

もともとは金と名誉を守るために始めた戦いでしたが、ほとんどの訴訟を却下された2人は怒り心頭。やがて訴訟のことしか考えられなくなり、いよいよ裁判の泥沼にハマりこんでいきました。完全に「視野狭窄」の状態です。

その間に他の技術者がライト兄弟の技術を追い抜き始め、そのせいで2人の特許は完全に風化し、最終的には歴史的な価値しか持たない内容になったため、兄のウィルバーは失意のなか45歳で命を落とし、3年後には弟のオーヴィルも技術開発から手を引きました。

似たような偉人は他にも多く、精神分析の祖であるフロイトなども、自分の説に固執しすぎたあまり「視野狭窄」に陥り対立者を端から攻撃。異論を持つ者たちを次々に追放し始めた結果、ユングやアドラー、ライヒといった名だたる学者たちと袂を分かつことになりました。

なんとも悲劇的なエピソードばかりですが、私たちもキャリア選択の場面ではライト兄弟やフロイトと似た過ちを犯しやすいことはすでに紹介したとおり。「われわれはみな自分の殻に閉じこもり、自分の鼻先ぐらいの短い視野しかもっておりません」と記したモンテーニュの言葉はすべての人間に当てはまる難問を言い当てており、大多数の人は、多かれ少なかれ同じような理由でキャリアを間違えるものなのです。

この問題に立ち向かうべく、ステップ2では私たちの頭を解きほぐし、もっと多くの可能性に目を向ける作業を行います。すなわち、あなたの「未来を広げる」ステップです。

仕事の幸福度を決める「7つの徳目」とは?

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たんに「視野狭窄を抜け出して、いろんな仕事の可能性を考えてみよう!」と言われても、すぐに実践できる人はいないでしょう。特定の会社や仕事に心がひかれた時点で私たちの脳は一点に凝り固まるからです。

たとえば、「財布がない!」と思ってさんざん家のなかを探し回った後で、ふと目の前のテーブルに置いてあったのを見つけるような体験は珍しくありません。この現象は、「財布はいつもの棚に置いたはずだ」や「スーツの内ポケットに入れたはずだ」などの先入観により、「目の前のテーブル」という可能性が頭から完全に排除されたせいで発生します。

適職探しもこれと同じで、たいていの人は「この仕事は良さそうだ」と思った直後から思考が狭まり、それ以外の選択肢に目を向けられなくなってしまうのです。このままでは、いつまでたっても最適な仕事は見つかりません。

そこで、このステップでは、発想の幅を広げるための手がかりとして「仕事の幸福度を決める7つの徳目」をチェックしていきます。

前のステップでは「仕事選びにおける7つの大罪(人間の幸福とは関係ない仕事の要素)」を紹介しましたが、ここから取り上げるのは、「あなたの仕事人生を幸せに導くために必要な要素とは何か?」というポイントです。なんの手がかりもなしに「視野を広げよう!」と言われたら途方に暮れてしまうものの、幸福な仕事に必要な条件がわかれば選択肢を増やすためのとっかかりになるでしょう。

「仕事の幸福度を決める7つの徳目」とは、次のようなものです。

❶ 自由:その仕事に裁量権はあるか?
❷ 達成:前に進んでいる感覚は得られるか?
❸ 焦点:自分のモチベーションタイプに合っているか?
❹ 明確:なすべきことやビジョン、評価軸はハッキリしているか?
❺ 多様:作業の内容にバリエーションはあるか?
❻ 仲間:組織内に助けてくれる友人はいるか?
❼ 貢献:どれだけ世の中の役に立つか?

以上のポイントは「仕事の満足度」について調べた259のメタ分析などであきらかになったもので、欧米はもちろん日本をふくむアジア諸国においても重要度が変わらないことがわかっています。

これらの要素を満たさない仕事は、どれだけ子供のころから夢に見た職業だろうが、誰からもあこがれられる業種だろうが、最終的な幸福度は上がりません。逆に言えば、これらの要素がそろった仕事であれば、どんなに世間的には評価が低い仕事でも幸せに暮らすことができるわけです。

もっとも、なかにはこう思う人もいるでしょう。

「選択肢を広げると言われても、そもそもどんな仕事があるのかがわからないし、おおまかな方向性もぼんやりしているし......」

最初から「この会社がいい!」と心から決まっている人は少数派ですし、「この業界に入りたい」や「総合職で行きたい」といったおおまかな方向性すら定かでないケースもあるでしょう。

が、安心してください。将来の選択肢がはっきり見えないせいでえも言われぬ不安に襲われてしまう状態は、現代人にとってごく普通のことです。このステップの後半では、あなたにとっての「なんとなくの方向性」を決めるための作業も紹介するので、現時点で何も将来の道が決まっていない方も、とりあえず「幸せに働くために本当に必要なことはなんだろう?」ぐらいの気持ちで、すべての「徳目」をチェックしてみてください。

逆に、すでにあなたが望む進路が明確に見えている場合は、そのキャリアが本当に幸せに続く道なのかをチェックするために以降の「徳目」を使ってください。それでは具体的な内容を見ていきましょう。

科学的な適職
鈴木 祐(すずき・ゆう)
新進気鋭のサイエンスライター。1976年生まれ、慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。近年はヘルスケア企業などを中心に、科学的なエビデンスの見分け方などを伝える講演なども行っている。著書に『最高の体調』(クロスメディア・パブリッシング)、『ヤバい集中力』(SBクリエイティブ)他多数。

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