(本記事は、鈴木 祐の著書『科学的な適職』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)

インターンシップも前職の経験も適性判断には役立たない

インターンシップ
(画像=milatas/Shutterstock.com)

「適性」というフレーズもまた、キャリア選びの世界ではよく耳にしがちでしょう。この世のどこかには自分が生まれ持った能力にピッタリな仕事が存在しており、それさえ見つけてしまえば生き生きと働けるに違いない......。そんな考え方のことです。

世間的にも「適性」を重視する企業は多く、知能、興味、性格、過去の職歴といった様々な要因をチェックした上で、才能のある人材を見極めようと努力を続けています。世にあふれる「職業適性検査」などを受けて、「あなたは人をサポートする仕事に向いています」や「リーダーシップを発揮できるタイプです」などと言われたことがある人も多いでしょう。

それでは、私たちは本当に「ピッタリの仕事」を事前に見抜くことができるのでしょうか?

この世の中には、自分の適性を存分に活かせるような仕事がどこかに隠れているのでしょうか?

この問題について調べた研究のなかでもっとも精度が高いのは、心理学者のフランク・シュミットとジョン・ハンターによるメタ分析です。

彼らは過去100年におよぶ職業選択のリサーチから質が高い数百件を選び、すべてのデータをまとめて「仕事のパフォーマンスは事前に見抜くことができるのか?」という疑問に大きな結論を出しました。この規模のリサーチは他になく、現時点では決定版といっていい内容です。

論文では「事前面接」や「IQテスト」といった適性検査をピックアップし、それぞれの相関係数を求めました。ざっくり言えば、「私たちが就職した後にその企業で活躍できるか?」の判断に役立つテストは存在するのかどうかを調べたわけです。

まずは全体的な結論を見てみましょう。それぞれの適性検査の信頼度を数字が高い順に並べると、次のようになります。

1位 ワークサンプルテスト(0.54)
2位 IQテスト(0.51)
3位 構造的面接(0.51)
4位 ピアレーティング(0.49)
5位 職業知識テスト(0.48)
6位 インターンシップ(0.44)
7位 正直度テスト(0.41)
8位 普通の面接(0.38)
9位 前職の経歴(0.18)
10位 学歴(0.1)

一部に耳慣れない言葉があるので説明しておきます。

ワークサンプルテスト:会社の職務に似たタスクを事前にこなしてもらい、その成績で評価する手法。
構造的面接:「あなたが大きな目標を達成したときのことを教えてください」のような、過去のパフォーマンスに関する質問を事前にいくつか用意しておき、すべての応募者に同じ問いかけを行う。
ピアレーティング:一定期間だけ実際に企業で働いた後、そのパフォーマンスを社員に判断させる。インターンシップの改良版。
正直度テスト:応募者がどれだけ正直に行動するかどうかを測る性格テスト。

さて、以上の数値をふまえたうえでわかるのは、どの手法も就職後のパフォーマンスを測る役には立たない、という事実です。

たとえば、もっとも精度が高いと評価された「ワークサンプルテスト」ですら候補者の能力の29%しか説明できず、残りは忍耐力や学習能力といった複数のスキルセットに大きく左右されます。テストの成績を信じて入社しても、まったく力を発揮できない可能性は十分にあるわけです。

その他の手法についても何をか言わんやで、日本の企業でよく使われる「普通の面接」や「インターンシップ」「これまでの職業経験」などは、パフォーマンスの指標としてはほぼ使えません。これらの結果を鵜呑みにすると、大半の就職は失敗に終わるでしょう。

これら既存の適性判断が役に立たないのは、私たちのパフォーマンスを左右する変数が多すぎるからです。現実の世界では仕事に必要な能力は多岐にわたっており、少し考えただけでも、抽象的な思考力、創造力、同僚とのコミュニケーション力、ストレス耐性、感情のコントロール力など様々なスキルセットが頭に浮かぶでしょう。そのすべてを数回の面接やテストで判断できるはずもありません。

また、組織のカルチャーによって必要なスキルが異なるのも、事前にパフォーマンスを予測できない原因のひとつです。たとえ同じ食品メーカーだったとしても、ある会社では組織の和を重んじる風土を持ち、また別の会社では斬新なアイデアを求める文化を持つようなケースは普通にあるでしょう。

さらに言えば、その力学は環境や時間の変化によっても簡単に移り変わり、リーダーが別の人間になったり部署を異動しただけでも、求められるスキルセットが違ってしまうことも珍しくありません。インターンシップや前職の経験でパフォーマンスが予測できないのも当然と言えます。

自分の「強み」を生かせる仕事を選んでも仕方ない理由

仕事のパフォーマンス
(画像=PIXTA)

「ストレングスファインダー」にも触れておきましょう。

これは米ギャラップ社が開発した「才能診断」ツールで、117の質問を通してあなたの「強み」を教えてくれるオンラインサービスです。この手法を解説した書籍『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』は、日本でも大ベストセラーになりました。

「強み」の内容は「分析思考」や「学習欲」「戦略性」など全部で34種類。このなかから上位5つの「強み」をうまく使うことで、仕事のパフォーマンスが上がり、離職率も低下すると考えられています。つまり、「強み」を生かせる職業こそが、あなたにとっての適職なのだ、という考え方です。

テストの内容はギャラップ社が10万人を超えるビジネスマンに行ったインタビューをベースに組み立てられており、公式サイトに行けば、同社が手がけた膨大な量の実験データを読むことが可能です。そのサンプルサイズは非常に大きく、これだけ見れば、「ストレングスファインダー」は統計的にも実証された手法のように思えるでしょう。

が、これらの実験が問題なのは、すべてはギャラップ社が独自に行ったものだという点です。いずれも正式な査読の手続きを経て世に出た内容ではないため、証拠としては採用できません。その点で、「ストレングスファインダー」の立場はまだまだ弱いと言えます。

さらに難しいのが、そもそも「強みを生かせば仕事がうまくいく」といった考え方に対して疑問符がついている点です。たとえば、ポジティブ心理学の生みの親であるマーチン・セリグマンは、7348人の男女を集めて全員の「強み」と仕事の満足度を比べる調査を行いました。

その結果わかったのは、次のようなポイントです。

❶「強み」と仕事の満足度には有意な関係があるものの、その相関はとても小さい
❷ その組織のなかに自分と同じ「強み」を持った同僚が少ない場合には、仕事の満足度が上がる

2つめのポイントについては、説明が必要でしょう。

たとえば、あなたが「分析力」の高い人物だったとしても、周囲の同僚も同じようにデータの扱いや合理的な思考に長けていた場合は、その「強み」の相対的な市場価値は下がります。逆に周囲が「分析力」のない同僚ばかりならあなたの市場価値は高まり、その組織内での満足度は上がるでしょう。つまり、「強み」を生かして幸せなビジネスライフを送れるかどうかは、周囲の人間との比較で決まるわけです。

念のため強調しておきますが、この結果は、決して自分の「強み」を知る作業がムダだという意味ではありません。ポジティブ心理学の先行研究では、自分の強みを生かすように意識しながら毎日を送れば、日常の幸福感が少しずつ高まっていくことがくり返し報告されているからです。

この結果について、セリグマンは次のようにコメントしています。

「『強み』をもとに仕事を選ぶことは推奨しないが、いまあなたが働いている会社のなかで仕事の満足度を高めるために使うのならば有用だろう」

いったん特定の仕事が決まった場合は、「ストレングスファインダー」が役に立つ可能性も十分にあります。ただ、ここで問題にしている「“適職探し”に役立つかどうか?」というポイントにおいては、『強み』だけを頼りとするのは得策ではないようです。

人生を本当に豊かにしてくれる仕事はどこにある?

年収1億円の人のすごい習慣
(画像=GaudiLab/Shutterstock.com)

ここまで読み進めて、混乱した方もいるかもしれません。

好きを仕事にしても幸福度は上がらず、お金を目当てにしても非効率で、専門家の判断も当てにならないというならば、私たちはどのような基準で最高の職業を選ぶべきなのでしょうか?

あなたの人生を本当に豊かにしてくれる仕事は、どこに存在するのでしょうか?

その答えを探すべく、ステップ2では「私たちが適職探しに失敗する理由」と「適職に必要な条件」の2つを見ていきます。仕事探しにつきまとう問題を打ち破り、正しく未来の可能性を広げるための重要なステップです。

科学的な適職
鈴木 祐(すずき・ゆう)
新進気鋭のサイエンスライター。1976年生まれ、慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。近年はヘルスケア企業などを中心に、科学的なエビデンスの見分け方などを伝える講演なども行っている。著書に『最高の体調』(クロスメディア・パブリッシング)、『ヤバい集中力』(SBクリエイティブ)他多数。

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