昨日の「広木隆のMarketTalk」でこんな質問をいただいた。

<広木さんがよく話される「イールドスプレッド」ですが、これって一般人でもリアルタイムチャートを見られるのでしょうか?ググっても出てこないのですが・・・マネックスで公開してもらえないでしょうか?>

それに対して僕は少し的外れな回答をしたかもしれない。「リアルタイム」というところに過剰に反応してしまった。イールドスプレッドはPERの逆数である株式益利回りと長期金利の差であり、株価も金利も取引時間中はリアルタイムで動いているから「イールドスプレッドのリアルタイムチャート」を出せないことはない。おそらく複数のマーケットをトレーディングするトレーダーやファンドは、リアルタイムでスプレッドを見ているだろう。他の指標と組み合わせてトレーディングの材料にしていると思われる。

ただし、イールドスプレッドはトレーディングの判断材料というよりも、中長期目線で株価のバリュエーションを測るほうが使い方としてより適切であろう。PERは利益に対する株価の比率だが、解釈が難しい(なんとでも解釈できるので、要は使えない)。それに対してPERの逆数である益利回りは、その時点の株価で投資したら、その企業はいくらの利益を稼ぐかという指標だから、企業の利益=リターンの源泉と仮定すれば期待投資利回りとして参考にすることができる。その株式投資の期待利回りを債券の利回りと比較したのがイールドスプレッドである。利益も配当も不確定な株式という資産に投資するには、安全資産とされる国債の利回りと比べて、どれだけ期待利回りを上乗せするべきかという「リスクプレミアム」であるとも言える。

連日の高値更新で米国株の過熱が懸念されているようだ。S&P500のPERはBloombergで18.7倍、Refinitiveでは18.8倍である(12か月先予想利益)。これは2018年2月に急落した - いわゆるVIXショック - 直前の水準を超えている。いつまたVIXショックのような急落が起きても不思議ではないと巷間言われている。

しかし、再三述べているように、2018年に起きた2回の急落(2月のVIXショックと10月→12月のブラック・クリスマス)は2回ともイールドスプレッドが3%を割り込み株価の割高感が際立ったからである。株価が高値を保つには3%以上のリスクプレミアムが必要ということをマーケット自身が示した格好である。

では今のイールドスプレッドを確認しておこう。S&P500のPERは18.7倍、益利回りは5.34%だが、10年債利回りが1.76%と非常に低いため、イールドスプレッドは3.6%だ。分水嶺の3%まではまだ余裕がある。

グラフ1 米国株のイールドスプレッド

グラフ1 米国株のイールドスプレッド
(画像=Bloombergデータをもとにマネックス証券作成)

現在、米国では2019年第4四半期の決算発表が佳境を迎えているがS&P500構成企業の利益の伸びは0.8%の減益が見込まれている。だが、ここがボトムとなりそうだ。I/B/E/S data from Refinitivによれば、米国企業の利益は今後徐々に伸びが高まり、2020年の第4四半期は前年比でおよそ15%増益が見込まれている。

この利益をもとにした米国株の期待リターンは、安全資産の利回りより3.6%のプレミアムがついていて、それは投資家が株式投資のリスクをとるのにじゅうぶんであるということである。

グラフ2 S&P500の利益(前年同期比、青:実績 オレンジ:予想)

グラフ2 S&P500の利益(前年同期比、青:実績 オレンジ:予想)
(画像=I/B/E/S data from Refinitivのデータをもとにマネックス証券作成)

ちなみに同じことを日経平均でもやってみよう。

日経平均のPERは14.5倍、益利回りは6.9%だ。10年債利回りはマイナス0近傍なので、この益利回りがそっくりスプレッドになる。すなわち7%近いリスクプレミアムがある。米国のほぼ倍である。日本株はそもそもリスクプレミアムを勘案して投資のバリュエーションを考えるという発想がない。もしあるなら米国のように株価の割高・割安の分水嶺を示すような水準がみつかるはずだが、それがない。アベノミクス相場開始以降、日経平均のイールドスプレッドは基調として右肩上がり。企業の業績が基本的に拡大するなか - つまり増益・減益はあっても全体として赤字はないのだから株主価値=純資産は増加基調 - リスクプレミアムが趨勢的に上がっているというのは異常だろう。

グラフ3 日経平均のイールドスプレッド

グラフ3 日経平均のイールドスプレッド
(画像=Quickデータをもとにマネックス証券作成)

日銀がETFを買うことに対する批判はいろいろある。ここではそのことには触れない。ただ、ひとつ指摘したいのは日銀のETF買いは当初の目的をまったく果たしていないということだ。日銀はETF購入の目的として「リスクプレミアムを引き下げる」と明言したが、まったく下がっていない。

こういう状態を目にすると、米国株はともかく、日本株についてPERの水準のみで割高だの割安だの言っても、まったく意味がないと思う。安全資産の利回りが0%で、米国株の2倍のリスクプレミアムがついている資産だ。それでも買われないというのは、日本株のマーケットではバリュエーションの議論は成り立たないということなのだろう。

広木隆 広木 隆(ひろき・たかし)マネックス証券 チーフ・ストラテジスト
上智大学外国語学部卒業。国内銀行系投資顧問。外資系運用会社、ヘッジファンドなど様々な運用機関でファンドマネージャー等を歴任。長期かつ幅広い運用の経験と知識に基づいた多角的な分析に強み。2010年より現職。著書『9割の負け組から脱出する投資の思考法』『ストラテジストにさよならを』『勝てるROE投資術

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