週初の日経平均は480円を超す大幅安となったが、その東京市場で逆行高する銘柄が目を引いた。三菱地所(8802)だ。全面安の市場を尻目に5%超と急騰し、昨年来高値をとってきた。きっかけは24日に発表した長期経営計画。ROEの10%目標などを初めて掲げた。そういう固有材料があった地所は特別だが、同じ日には野村不動産HD(3231)も高値をつけている。その後、追いかけるように東京建物(8804)が連日の高値更新だ。年初(=月初)からの東証33業種別パフォーマンスを見ると、今月プラスのリターンで終えた業種は5業種しかないが、そのうち不動産がトップ・パフォーマーであった。不動産株は新型肺炎や中国経済などのリスクとは無縁だから消去法的に買われた面もあるだろう。
ただ、それだけはない。不動産株が買われるのは、第一に日本の不動産市況が好調だからである。底堅いオフィス需要を受けて賃料の上昇が続いている。三鬼商事によれば、2019年12月の空室率は1.55%と4カ月連続で過去最低を更新した。募集賃料は3.3平方メートル当たり2万2206円で前月比140円の上昇。前月比0.6%の上昇率は年率換算7%超である。14年1月から72カ月上昇が続き、リーマン・ショック前の水準に戻った。今後もオフィスビルの大量供給が続くが、需給バランスが崩れることはないだろう。それほど不動産に対する需要は旺盛である。
一昨日の日本経済新聞は1面で、米投資ファンド、ブラックストーン・グループが、日本の賃貸マンション群を一括の取引として過去最大の約3000億円で買うと報じた。海外マネーの流入で都心の物件は価格が高騰しているものもある。
先日、知り合いから新築マンションの先行案内会の招待状を渡された。「俺、行かないから、興味があったら行けば?」妙に豪華なパンフレットを開くと立地は表参道、ラフォーレ原宿の向かい、太田記念美術館の隣である。626.93㎡で価格は67億6000万円とある。これまでの最高金額は、2018年に売り出され、即完売した檜町(六本木の東京ミッドタウンの裏)の「パークマンション檜町公園」の55億円だから、それを一気に12億円上回る価格設定だ。
「67億円のマンションなんて、誰が買うんだ?!」という声が聞こえてきそうだが、需要があるからこういう物件が開発され、売り出される。新興のIT企業長者や海外の桁外れの富裕層など、買い手はいくらでもいる(いや、いくらでも、は言い過ぎか)。噂では、アリババ集団創業者のジャック・マー氏も東京で物件を取得したという。
閑話休題。
話をもとに戻すと、日本の不動産が海外マネーを引きつけるのはイールドギャップ(不動産の期待投資利回りと金利の差)が海外に比べて魅力的だからだ。前述の日経の記事によれば、「東京の主要オフィスビルに投資した場合の利回り差は19年9月時点で2.8%。ニューヨーク(2.3%)や上海(同)、シンガポール(1.8%)など世界の主要都市と比べて高い」という。
今日で1月も終わりだが、今月はイランや肺炎などでリスクオフに傾いた1ヶ月だった。安全資産の国債に資金が逃避、長期金利が低下した。長期金利の指標となる新発10年物国債利回りは昨日、前日より0.025%低いマイナス0.065%で取引を終え、2019年12月2日以来の低水準をつけた。こうなれば益々不動産のイールドギャップの魅力が増す。
リスクイベント発生→安全資産の国債に資金が逃避、長期金利が低下→不動産のイールドギャップ上昇→不動産株が買われる、という構図だ。
不動産会社は基本的に有利子負債が多く、その面でも金利低下の恩恵を受けやすい。しかし本来、金利低下で恩恵を受けるはずの不動産株は、以前は金利に連動していた。銀行株と同じ値動きをしていたのである。(グラフ1:青 不動産業指数、緑 銀行業指数、赤 10年国債利回り)
金利が下がるのはデフレ脱却できないことの象徴で、デフレ=モノも土地のような資産も上がらない、と捉えられていたからだろう。ところが18年後半くらいから金利離れしてきた。金利が下がっても、もう不動産株は下がらず、むしろ足元の金利低下では買われる業種になった。
グラフ1
これが本来の不動産株の動きである。米国市場の不動産業指数(青)と10年国債利回り(赤)を見ると、きれいに逆相関になっているが確認できるだろう(グラフ2)。
グラフ2
最近のリスクはほとんど海外発だから内需株がディフェンシブとして買われてきたが、今回のような事態になると消費関連は買いづらい。消去法的にも不動産株は新たな「内需ディフェンシブ」との位置づけになるのではないか。
リスクオフに強いだけでなく、景気拡大期にはオフィスや住宅市況がさらにタイトになり収益増が期待できる。
それならREITと変わりないが、ペーパーカンパニーであり、ただの配当の「コンディユイット(導管)」であるREITと違って不動産株は(当たり前だが)「株式」である。冒頭の三菱地所のケースでは、(ようやく)ROEやEPSなどの経営目標を掲げた。ガバナンスも改善する期待も持てるし、自社株買いなど株主還元の強化も期待できる。
海外の不動産ファンドの一部には、日本での物件取得が難しいので上場不動産株にも投資できるように投資方針の変更をおこなったファンドまで出てきているという。不動産株はいろいろな側面で海外マネーの流入が期待できるセクターだと考える。
広木 隆(ひろき・たかし)マネックス証券 チーフ・ストラテジスト
上智大学外国語学部卒業。国内銀行系投資顧問。外資系運用会社、ヘッジファンドなど様々な運用機関でファンドマネージャー等を歴任。長期かつ幅広い運用の経験と知識に基づいた多角的な分析に強み。2010年より現職。著書『9割の負け組から脱出する投資の思考法』『ストラテジストにさよならを』『勝てるROE投資術』
【関連リンク マネックス証券より】
・来週前半の決算発表スケジュールは
・マーケットが新型肺炎リスクに対する抵抗力を付ける時期は ‐ 今後の見通し
・新型肺炎拡大の影響で日本株急落 ‐ 下げ止まりの兆しを探る
・新型肺炎の深刻化でリスクオフに 2万3000円台半ばが下値目処
・英国の「ボリス・バウンス」に乗る?欧州の歴史的転換