(本記事は、野呂泰史氏の著書『金持ち社長のお金の残し方・増やし方〜売上を下げて、資金を増やす経営〜』ぱる出版の中から一部を抜粋・編集しています)
社長の考えと取り巻く環境
●売上至上主義がもたらすもの
私が「資金」の研究を進めるなかで痛感することは、日本の社長は本当に売上が大好きだということです。
確かに、売上1億円より10億円、100億円のほうが格好が良いように思えます。事業が拡大すれば、社員も増えるし、社屋も大きくなり、お客様や取引先も増えます。社員も、「私は成長企業に勤めている」「売上100億円企業に勤めている」と誇りに感じますし、家族や友人も認めてくれるでしょう。住宅などの個人ローンの審査では、勤務先の売上規模を聞かれますから、個人の信用力もプラスになるはずです。
社長が成功を夢見て売上拡大の経営に挑戦をすることは、ごく普通のことなのです。当然、会社の会議も「売上」を重視して目標や進捗が共有されます。
たとえば、あなたがスーパーマーケットの営業部長だったとします。売上目標が達成されていれば、問題はないだろうと思いますが、月の中旬で売上目標の進捗が3割程度だったらどうでしょう。
下旬に向けて売上を上げるために何かしらの対策を練ることになると思います。月の中旬で3割の進捗であれば、休日・祝日が多いなどお客様が必然的に集まってくるような外的要因がなければ、残り7割を半月で埋められるとは到底思えません。小売店であれば、セールやキャンペーンの広告を打って集客をしたり、購入点数を増やすために、セット割引(3点で1000円!)を企画するなど工夫をすると思います。
勘のいい方は気づかれるかもしれませんが、「資金」の観点から考えると、そこには大きな落とし穴があります。
私は、そのような会社は「倒産予備軍」であると断言します。会社の規模が大きくなればなるほど、資金は増えません。
ある著名な社長の言葉に「売上は社長の心を癒す」というものがあります。しかし、どうでしょうか。業績が右肩上がりのときはとても気分が良いものですが、会社経営において常に順調ということなどあるでしょうか……。そんなはずはありません。売上が下がることもあるでしょう。
そしてさらに悪化が続き、赤字経営にでもなれば、銀行融資をストップされてはまずいため、粉飾して黒字決算を組む……。
残念ながら、そういったことに手を出さざるを得ないでしょう。
売上至上主義の問題の根本は「資金繰り」です。売上を下げて経営をすればいいでしょうが、売上を下げるという考えが頭にない社長は売上拡大へと再挑戦します。売上を上げれば、業績も回復し、資金も増えると信じきっているからです。
しかし、残念なことに、売上が右肩上がりの実質成長期には、潜在する経営の本質ともいうべき問題はなかなか表面化しないものです。売上が上がれば、仕事そのものが多くなり、社員も社長も業務過多になり、問題があっても向き合う時間的・精神的な余裕が奪われるからです。売上を上げることとは、例外なくこのような流れなのです。
具体的に、売上を上げることと「資金繰り」の問題について述べていきます。まず、売上を上げることは「在庫・投資・経費増・運転資金」が必要なため、自己資金を減らすことに繋がります。
たとえば、小売店の場合、売上拡大を図るために商品展開を増やすので在庫は増える、広告を出すので投資は増える、増員が必要になるので経費は増える、売上回収の金額も増える一方で仕入れの支払いも増える、という構図です。しかし、売上を確保しなければ、資金・利益も確保はできません。
実際に、日本で数多く起きている事象ですが、売上を増やすことが赤字・倒産の引き金になっています。
ところが、それに気づいている社長は驚くほどわずかです。売上を増やすために、在庫を増やし、投資を行い、人員を増やす……。しかし予想ほど売上が確保できなくなると、とたんに資金繰りが苦しくなります。
さらに悲惨なことが待っています。売上は例外なく同業者との競争です。多くを売りたければ価格競争に首を突っ込むことになり、売上は上がりますが利益率は下がります。
しかし、売上至上主義で売上を上げることがすべてだと思い込んでいる社長は、売上が上がると、さらに売上を上げたがります。
驚く事実ですが、売上が上がっても資金が増えないと気づいても、さらに投資を繰り返して売上に走り、資金対策がおざなりになります。そして、私の指摘で初めて事の重大さに気づく。このような事例があまりにも多いのです。
日本の社長は、売上を増やすことがすべてという考え方を捨てない限り、同じことを繰り返すことになるでしょう。
●資金の増やし方を知らない
多くの社長は利益率を上げることで「資金」が増えることに気づいていません。売上至上主義のなかで、社会人として成長されてきていますから、売上が上がれば当然資金も増えると思っているのです。
私は、売上は「資金を増やすためにある」と考えるべきだと思っています。
では、利益率を上げるにはどうすれば良いのでしょうか。同業他社との価格競争に巻き込まれず、高い付加価値のサービスを提供する経営、つまり売り方を変えるということです。そして、適正な利益率を維持する会社を実現することが「資金を増やす経営」をすることになるのです。
次のような対策も利益率の向上に寄与します。
・在庫管理を徹底し、外注費を見直す(内製化できるものを探す、価格の適正値を疑う) ・販売単価を見直す(売価表の見直し)・値上げ交渉をし、利益率の低い仕事は引き受けない ・実行予算の予定利益が下がるような追加工事、仕様変更に対しては別途料金をいただく ・安易に無料サービスをしない ・無駄な残業代を発生させない(人員の多能工化、人財を育成し生産性を向上) ・売上を下げて、作業量を少なくし、残業は廃止する
資金が増えていないなら、資金が増える経営を実現するために、今とは真逆の経営を行なわなければなりません。
経営とは、「売上を追い求めるのではなく、資金を増やすこと」「売上を増やすことは、自己資金を減らすことに繋がる」という基本は、誰も教えてくれません。そのため、「売上が上がれば当然資金も増える」と誤解をしているのです。
世の中には、資金の増やし方がわからないために何をしても失敗する社長がいます。小売業で失敗し、今度は飲食業をしても失敗、本業では儲からないと新規事業に手を出し失敗、何年経営をしても資金不足で借入金は減るどころか増える一方……。このような社長が多くいらっしゃいます。
資金が不足する原因が、売上ではないと気づくことができれば良いのですが、資金不足の社長が「資金が不足するのは売上が足りないからだ」との考えから抜け出すことは容易ではありません。
そして残念なことに、ほとんどの社長は、売上を追い求めて資金が回っている間は気づかず、倒産して初めて「自分は経営者に向かない」と気づくのです……。
これも共通していることですが、資金がない社長は、資金を残し、増やすための勉強をしていません。何が間違いであるか疑問さえ持たないのです。勉強しているのは危機感がある社長や再起した社長です。
厳しいことを申し上げますが、勉強しない・学ばない社長が多いため、資金改善術を学んだ社長、会社の強さが際立つのです。
●日本の社長は本当に売上が好き
日本の社長は、世界一売上を追い求めることが好きなのではないかと感じることがあります。会社の経営状態が良くても、悪くても「攻撃が最大の防御である」と考えて売上を上げることに全力投球。売上を上げて得た利益によって資金が増えるとは限らないことを知らないのです。
近年、資金不足に陥った会社による悪事が多発しています。社会的に大きいニュースとなる大企業の倒産劇は、分析をするとほとんどが売上拡大に走っており、その背後には必ず資金不足という問題が発生しています。
会社の目的とは会社を倒産させないことである。 社長の責任とは会社を潰さないことである。
これが経営の原理原則です。こんな当たり前のことさえわからない社長が多すぎます。
売上を追い求めると危険だと知るのは、債務(借入金・支払手形・仕入先への支払い)が増えて資金繰りが苦しくなってから……。こんな会社に勤務する社員は気の毒ではないでしょうか。いくら頑張っても資金が残らない、増えない、足りない……。自分の将来が会社と共倒れになってしまうのです。
資金さえあれば、資金さえ増えれば、会社は存続でき、後継者に引き継ぐこともでき、売却することもできます。たくさんの選択肢があるのです。
倒産する会社の社長は、倒産する1年前に倒産を考えたことがなかったと言います。そんな社長を多く見てきて感じるのは、総じて、そういった社長は数字に弱く、経理に任せておけばいい、税理士に任せておけばいいと考えていることです。
つまり、社長自身が資金を増やすために何をすれば良いのか知らないのです。そのような社長の会社に未来はありません。
●経理も税理士さえも知らない!
社長である皆様にお伺いしたいことがあります。
あなたの会社の経理担当者は、自社の課題や問題がわかっていますか。
NBCグループは年間で500社以上の企業の決算書をお預かりし、分析や報告、改善などに取り組んでいます。そのなかで経理担当の方の重要性を非常に感じています。
経理の業務には「出納管理」「給与計算」「業績資料作成」などがありますが、社長ではないため、大半の方が現状の日次・月次業務に終始し、本質的な問題に着手することはできません。
「経理に何がわかる」と営業側から返されると、何も言えないのが経理だったりします。資金を増やすという観点では経理の役割は非常に重要なのですが、現状の日本の会社ではなかなかそこまで及んでいないという現実があります。
同様に次のことも、社長であるあなたに伺いたいことです。
あなたの顧問税理士は、経営の参謀として、社長に助言をしてくれる存在でしょうか。
私自身、税理士としてこの業界に携わるなかで大変残念に思い、怒りすら感じることは、会社の数字を最も客観的に見られる存在でありながら、経営の参謀という役割を果たさない税理士がいかに多いかということです。逆に、社長が会計事務所を上手に活用するテクニックを身に付けることも必要なのです。
先日このようなことがありました。
ある社長に「会計事務所に不満があるなら、なぜ他の会計事務所に変えないのですか?」と質問すると、
「親切だから」 「昔、お世話になっていたから」
という驚きの答えが返ってきました。
その上、月次試算表の完成が遅いから、利益がいくら出たか、資金は増えたのか減ったのかさえもわからないと言うのです。
試算表が翌月20日に完成・到着して、残り10日でどのように対策を打つのでしょうか。
現状、日本で「試算表」をうまく活用している会社は、私の立場から申し上げると本当に少ないです。決算書も同様です。
この現象は、資金の増やし方を知らない会計事務所と、数字に弱い中小企業の社長の馴れ合いの結果ではないでしょうか。NBCグループが「中小企業のために役に立てるのは、税理士だ」と志して創業した数十年前と、現状はなんら変わっていません。
社長の姿勢も問題です。資金は24時間365日動き続けており、つねに動きを把握しなければならないにもかかわらず、窮地に陥って初めて事の重大さに気づき、後悔するのです。
長年の経験で気づいたことは、
・企業の倒産は「赤字ではなく、資金がないこと」がすべて
・倒産は会社を崩壊させるだけでなく、社長とその家族まで崩壊させること(皮肉なことに、資金がなくて自殺する社長はいますが、家庭が崩壊しただけでは社長は自殺しません)
です。
そう思ううちに、縁のあった会社の「資金」を改善することこそ、税理士・経営コンサルタントが提供できる最高の支援・サービスではないかと考えるようになりました。
社員を教育しても、資金が増えるとは限りません。
営業を強化しても、資金が増えるとは限りません。
もちろん、投資をしたとしても、資金が増えるとは限らないのです。
いろいろと思考を膨らませたのち、「経営は資金が増えればすべて良し、資金が増えなければすべてだめ」という結論に至りました。
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