(本記事は、松島聡氏の著書『UXの時代 ― IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか』=英治出版、2016年12月6日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

第1章 垂直統制型から水平協働型へ――ビジネスも社会も歴史的転換点にある

機会発見
(画像=Black Salmon/Shutterstock.com)

垂直統制型ヒエラルキーから水平協働型コモンズへ

今起こりつつある新しい「産業革命」は、経済・産業だけでなく、社会を根底から変えようとしている。過去の産業革命と異なり、消費者・ユーザーから生まれつつある大きなうねりに呑み込まれるかたちで、産業の仕組み自体が変わろうとしていると言ったほうがいい。だからこれまでの産業革命とは本質的に違うのだ。

最近刊行された本の中で最も刺激的な、ジェレミー・リフキンの『限界費用ゼロ社会』も、産業・経済・テクノロジーについて語りながら、結局のところ新しい社会の出現について語っている。それは欲望や利益、拡大の原理ではなく、人や組織が協働する社会だ。リフキンは「コモンズ」と呼んでいるが、近代より前、中世と一般的に呼ばれている時代までは、広く存在していた共生型の社会システムだという。つまり社会がリフキンの言う垂直統合型(及び後述する日本企業の「垂直統制型」)から、人が主役の水平協働型へ移行するということだ。

「垂直統合型」とは、原料調達や製造、物流など、関連するあらゆる事業を傘下に置く一貫体制のビジネスモデルであり、19世紀から20世紀にかけて欧米で誕生したスタンダード石油やフォードなどがこのモデルによって巨大企業へと成長した。この垂直統合型はそれまでになかったレベルの生産・経営の効率化を実現し、長く最強のビジネスモデルとして経済を牽引してきた。

一方で「垂直統制型」は、日本が欧米の垂直統合型から学んで創り出した独特のビジネスモデルだ。社員が企業・所属部署・上司への強い忠誠心で結束し、企業のために残業や転勤をいとわず無制限に働く組織や、下請け企業を強力な支配・保護関係で統括する「系列」などにより、「垂直統制型ヒエラルキー」とも言うべき体制になっている。この本でこれから述べていくように、この体制は時代が求める企業の変革、特にこれからの水平協働型への移行の大きな障害になるだろう。

垂直統合型がスケールメリットや効率の追求から生まれた合理的なビジネスモデルであるのに対して、垂直統制型は第二次大戦後に日本の企業が欧米にキャッチアップするために生まれたビジネスモデルだ。成長期においては効果的に機能したが、日本が経済大国になり、グローバルな市場で戦うようになってからは効力を失ってきた。

これに対し「水平協働型」は、ユーザーサイドから商品やサービスを考え、これを実現しようとする人たちが水平に連携しながらUXを創り出していく新しいビジネスモデルだ。垂直型(垂直統合型および垂直統制型)の企業が既存の組織やリソースを前提としたサプライサイドの論理で商品やサービスを開発し、ユーザーに提供してきたのに対し、水平協働型にはこうした前提は存在しない。ユーザーはビジネスモデルの中心に位置づけられ、事業の推進者たちはUXを基準に企業や業界の垣根を超えて協力し、最適のリソースを活用しながらめざすUXを最大化させていく。

ユーザー起点でUXを最大化して提供する水平協働型のビジネスモデルは、サプライサイドの論理で商品やサービスを提供する垂直型ビジネスモデルより高い支持を市場で獲得することができる。やがて水平協働型モデルが垂直型モデルに代わって市場の主役になる日が来る。

ジェレミー・リフキンはビジネスだけでなく、行政の仕組みも国や自治体が主導する垂直統合型から国民・地域住民による水平協働型へ移行していくとしている。

この革命によって資本主義経済という仕組みは衰退するかもしれないが、社会はかつての不便で不衛生だった時代に戻ってしまうのではなく、人類が進化したテクノロジーやこれまでの経験を活かすことで、より望ましい社会、多くの人が幸福を感じる社会へと変えていけるとリフキンは言う。

ピーター・ドラッカーは、2002年にすでに『ネクスト・ソサエティ』(ダイヤモンド社)で社会が変わりつつあることの意味を強調し、「はたしてニューエコノミーなるものが実現しうるかどうかは不明である。だが、ネクスト・ソサエティがやってくることは間違いない」と語っていた。そして、この新しい社会は中世以来600年ぶりに訪れる多元社会だと彼は言う。この点では、垂直型社会から水平型社会への移行を説くリフキンの視点と共通するものがあると言えるかもしれない。

社会・文明思想家であるリフキンは、この社会の変化の中で既存の産業・企業がどのように変わっていくべきなのかについて、具体的な提案をしていないが、ビジネスの思想家であるドラッカーは、今の企業・産業がどういう状況に置かれていて、これからどうなっていくべきかについて、彼らしいわかりやすさで5つのポイントにまとめていた。

1企業の従業員支配からプロフェッショナル主導へ
2画一的フルタイム労働から勤務の多様化へ
3統合的経営から分業・アウトソーシングへ
4メーカー主導から市場主導へ
5産業ごとの独自技術からクロスボーダー技術へ

これらは今、産業界に起こりつつある垂直統制型モデルから水平協働型モデルへの移行を裏書きしている。しかもこの変化は日本だけではなく、世界中で進行している。欧米特にアメリカにはこの変化にいち早く気づき、新しいビジネスモデルを構築している企業が次々と出てきているが、まだ一部の企業に限られている。

ユニコーン企業も変化の途上の産物

ここで一度、新しい時代を象徴していると見られているいくつかの企業について、そのビジネスモデルを検討してみよう。それは本当に新しい時代を示しているのだろうか?新しいとしたら、どのような点だろうか?

まず序章で紹介したエアビーアンドビーはスペースを、ウーバーは車をシェアするウェブサービスだ。ユーザーがゲストにもホストにもなることができるシェアリングエコノミー型CtoCのビジネスモデルで新たなUXを生みだしたという意味では、たしかに革新的だ。ホテル業界やタクシー業界など、既存のBtoCのビジネスモデルが満たしていなかったニーズを満たし、急速に世界に広がったユニコーン企業の代表例とされている。

しかし、どちらもインターネットを活用してC(コンシューマー/消費者)をPtoPのP(Peer/ピア)として取り込むことには成功しているが、既存の広大な産業中に存在する個人(企業の従業員)を、ビジネスのピアとして取り込むことはできていない。彼ら個人がエアビーアンドビーやウーバーに参加するとしても、勤務する企業の従業員としてではなく、勤務外の単なる一個人としてであって、彼らが所属する巨大な産業構造の中にPtoPの仕組みを持ち込むような変革を生みだしているわけではないのだ。

日本では多くの小規模な旅館・ホテルがエアビーアンドビーに登録して顧客を獲得しているが、これはブランド力・宣伝力の弱い既存のBtoC企業が、エアビーアンドビーをBtoCビジネスの広告メディアとして活用しているだけだ。

つまりこれらのユニコーン企業のビジネスモデルは、ドラッカーが予言した「ネクスト・ソサエティ」への移行を実現する5大要件のうち、「1企業の従業員支配からプロフェッショナル主導へ」と「2画一的フルタイム労働から勤務の多様化へ」この2つを満たしたにすぎない。

したがって、これらユニコーン企業は、あらゆる産業が垂直型から水平協働型へ移行していく巨大な流れの前触れではあっても、本流ではないのだ。

他にも便利屋的な人のサービスをシェアするビジネスや、モノをシェアするビジネスなどからユニコーンと呼べる急成長企業が生まれているが、これらもそれ自体が社会を根底から変えていくほどの大きな流れにはなっていない。

これらの動きが合わさって、産業構造を変えてしまうような革命になるためには、個々の業界の枠を超えたコラボレーションが生まれる必要がある。つまりどのユニコーン企業もまだ発展途上にあり、社会を変える力になるためには、それぞれの業界の枠を壊して進化する必要があるのだ。それができなければ、それができる企業に駆逐される可能性もある。

アマゾン――垂直統合型と水平協働型が共存

それではもう少し前、90年代にスタートしたアマゾンはどうだろう?アマゾンはスタートからしばらくは「オンライン書店」だった。その後、少しずつ扱う商品を拡大し、販売網を世界中に拡大して、最強の「ネット通販」企業になり、既存の書店や小売業に大打撃を与えながら急成長した。ウェブビジネス最大の成功例と言えるかもしれないが、ビジネスモデルとしては垂直統合型だ。

90年代からこれまでに生まれた多くの「ネット通販」「eコマース」企業の中で、アマゾンが突出して大きな成功をおさめることができたのは、優秀なエンジニアを集め、ICT(情報・通信に関する技術)を駆使してユーザーに新しい便利さを提供し続けてきたから、言い換えればUXを最大化してきたからだ。

たとえば、翌日配達から即日配達、1時間配達など、配達の高速化や、今注文した商品がどこにあるかまでわかる仕組み、電子書籍とその端末「キンドル」の開発など、アマゾンは常にユーザーが驚きや喜びを感じるレベルで新しいUXを開発・提供し続けている。つまりアマゾンは「ネット通販」企業としてモノを売っているのではなく、UXを売っているのだ。

そしてアマゾンにはもうひとつの顔がある。それが2006年に立ち上げたAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)というクラウドサービスだ。スタート時点ではまだクラウド・コンピューティングという言葉・概念すら一般には存在していなかった。元々はネット通販事業のためにグローバルに展開していたデータセンターの有り余る情報処理能力を活用したのが始まりだと言われる。

ユーザーにとってハード・ソフトの巨額な投資を必要とせず、低コストで柔軟にコンピュータの能力を活用できるとあって、このクラウドサービスはたちまち多くの企業ユーザーを獲得した。今では190か国で数十万のビジネス、100万人のユーザーに使われているという8 。

注目すべきなのは、このAWSが膨大なビジネスのプラットフォームとして活用されていることだ。アマゾンがいちいちシステムを企画・提案しなくても、ユーザー側が自ら新しいビジネスモデルを考え、AWSを利用してつながり、活動を広げている。アマゾン自体のビジネスモデルは垂直統合型でも、AWSという新規ビジネスがプラットフォームとしてユーザーの水平協働型ビジネスをサポートしていくことは可能だ。

この先もアマゾンが成長していくとしたら、まだまだ変化していくだろう。巨大に成長した企業も勝利を確実にしたわけではなく、新しい社会に向けて、先を読みながら自分を変えていくしかないのだ。

グーグル――世の中のあらゆる情報をおさえる

グーグルはネット検索を軸として、世の中の膨大なコミュニケーションから収益を得るビジネスを創り出した。ネット検索サービスはそれ以前にもあったが、ヤフーなどがポータルサイトとしてコンテンツの充実に向かったのに対して、グーグルはひたすら検索の速さ、正確さを追求し、圧倒的な勝利をおさめた。

検索という行為を基盤に、グーグルは広告ビジネスを展開して巨額の売上を上げている。さらに誰もがウェブサイトを広告メディアにできる仕組みを創り出し、幅広い企業・個人に新たなビジネスの手段をもたらした。同時にそれは既存の広告・メディア産業に大きな打撃を与えた。それまでコミュニケーションを支配していた垂直型の広告・メディア産業に対し、グーグルはインターネットを通じて人や企業が直接、水平にコミュニケートするプラットフォームを提供したのだ。

グーグルのサービスはユーチューブによって動画共有へ、グーグルマップやグーグルアース、ストリートビューなどによって地図・空間検索へ、そしてアンドロイド(Android)によってスマートフォンへと広がった。さらにグーグルはテンソルフロー(TensorFlow)というAIシステムのサービスを提供しているが、膨大な情報へのアクセスは膨大なデータの蓄積を可能にし、このAIをより賢くすることにつながっている。

グーグルがめざしているのは、インターネット経由で行われる世の中のあらゆる行動を把握・解析することなのかもしれない。それは人や社会の役に立つことにもつながるが、世界中のビッグデータを掌握することでさらに巨大なビジネスを生みだす可能性もある。また、グーグルは車の自動運転技術の開発にも力を入れている。自動運転は自動車メーカーも開発しているが、メーカーがめざしているのが新しい機能を搭載した自動車・ハードウェアであるのに対して、グーグルがめざしているのはスマートフォンにおけるアンドロイドやアプリを通じたサービスのような、新しいUXの提供だろう。

インターネットから地図・空間へ、そこを走る車・人を情報端末とした、より膨大なデータ収集と解析へ、グーグルは着々とその世界を広げつつある。ビジネスモデルそのものはシェアリング型ではないかもしれないが、多くの企業や個人が行うシェアリングエコノミー型の活動をサポートするような、プラットフォームを提供することは可能だ。

ハードからソフトへ、産業の逆転

社会インフラや自動車、電気・電子機器などの産業で活動する人たちから見ると、こうした新しいビジネスモデルはICT産業のごく一部、若者が若者のために生みだした「ネットビジネス」にすぎないと映るかもしれない。

しかし、たとえば自動車産業のような既存の巨大産業は、グーグルの挑戦に対して盤石であると言えるだろうか?

優れたエンジンの開発・製造はグーグルにはできないかもしれない。しかし、自動運転やダッシュボードを通じて提供される情報サービスはどうだろう?

自動車メーカーはグーグルが提供するような世の中のあらゆる情報、それを活用したUXを提供できるだろうか?

「そんなサービスや機能は買えばいいじゃないか」と自動車メーカーの人たちは考えるかもしれない。しかしそれは、かつてコンピュータメーカーがソフトウェアメーカーに対して抱いていた優越感と同じではないだろうか?

ハードウェアとしてのコンピュータはそれ自体がいかに優れていても、量産されて社会に普及すればするほどコモディティ化し、価格競争にさらされて利益を生まないビジネスになっていった。さらに、コンピュータにインストールして使うソフトウェアもやがてコモディティ化し、インターネットを通じて次々と提供される新しいサービスに主役の座を譲ることになった。

近いうちにほとんどの車はそれ自体の機能・性能以上に、ダッシュボードを通じて提供されるUXが価値を持つようになる。パソコンで人とマシンをつなぐユーザーインターフェースのように、ダッシュボードのユーザーインターフェースを制した者が車の価値を決めるのだ。そうなれば、ハードとしての「ダッシュボード」はパソコンのディスプレイにすぎない。あるいはスマートフォンと併用される端末のひとつになるかもしれない。

これからは、ユーザーに最大のUXを提供できる産業・企業の時代なのだ。

GEとミシュラン――既存巨大企業のイノベーション

「UX創造ビジネスで成功しているのは、最近出てきたITベンチャーばかりで、50年、100年の歴史がある企業にそんな身軽なことはできない」と言う人がいるかもしれない。

しかしUX創造はICT業界だけのビジネスモデルではないし、長い伝統と実績を持つ世界的な企業でも、UXの発想から新ビジネスの創造に成功している。

たとえばGE(ゼネラル・エレクトリック)の航空機ビジネス。

システムコントロールフェアの記事によると9 、GEは世界の航空機エンジンの約6割を供給する世界最大の航空機エンジンメーカーだが、1970年代まではこの分野の弱小メーカーにすぎなかった。航空機分野でGEを成功に導いたのは、このエンジン製造事業に航空機リースや運行管理支援などを組み合わせた複合ビジネスの創造だった。

GEはリース事業によって約1800機を保有する世界最大の航空機リース会社になった。さらにGEはエンジンの性能を測定するシステムをすべてのエンジンに埋め込み、飛行中や空港にいるすべての航空機の移動・活動状況をモニターできるようにした。そこから得られるデータを解析することで、GEは航空会社の収益を最大化するような運行やメンテナンスをアドバイスすることができる。つまりGEの航空機事業は、航空会社をユーザーとするトータルソリューションサービスなのだ。厳しい国際競争に晒されている航空会社は、もはやこのソリューション抜きに利益を確保することは難しいとさえ言われている。

この事業によってGEは約20%という高い利益率を得ている。単なるメーカーではなく、単なる金融サービスでもなく、航空会社に航空機の運航最適化という新しいUXを提供し、新たなビジネスを確立した。そこにGEの革新性がある。

こうした革新的なビジネスへシフトしていく一方で、GEは事業の出発点となった家電事業をそっくり売却してしまった。歴史ある世界の大企業でも勝ち続けるためには、これくらいの果敢な挑戦と大胆な決断が必要なのだ。

タイヤのミシュランも、運送会社向けのリース事業で新たなビジネスモデルの創造に成功している。元々タイヤの製造販売は、製品を販売したところでバリューチェーンが終わってしまうビジネスだった。ミシュランはこれを走行距離で課金するサービス業に変えたのだ。ただタイヤをリースするだけでなく、使用されているタイヤをモニタリングし、メンテナンスやコストなどの一括管理も行う。これでユーザー企業にも単なるリース以上の付加価値が提供される。こうした新たな価値の提供は、GEの航空機事業と共通していると言える。

GEの航空機ビジネスは航空機産業内のBtoBから、航空業界のBtoBへと拡大し、市場・顧客は上流から下流へと大きく広がったが、BtoBビジネスであることに変わりはないし、垂直統合型ビジネスモデルであることも変わらない。この先、さらにGEが企業・業界の枠を超えた水平協働型のビジネスモデルへと移行するのか、なるとすればどのようなかたちでそれが行われるのかはまだ見えていない。

ミシュランの運用支援サービスも、タイヤを製造して流通ルートに流すBtoBビジネスから、ユーザーである運送会社を対象としたBtoBビジネスへ、つまりBtoBの範疇でユーザーに直接アクセスできる分野に進出したにすぎない。この先さらに他のユーザー・市場へ拡大展開できるのか、そのためにどのようなビジネスモデルが新たに構築されるのかは未知数だ。

しかし、これら20世紀の産業を牽引してきたメーカーが、モノを造って売る既存のビジネスモデルから、従来の顧客や市場の先にいるユーザーに体験価値を提供する新たなビジネスモデルへ、部分的にせよ移行を開始したことは注目に値する。

垂直統制型モデルの極限――トヨタ

日本企業の中で今も企業価値やビジネスモデルをグローバルに維持している企業は極めて少ないが、その代表がトヨタであることに誰も異論はないだろう。なぜトヨタはその地位を保ち続けているのか?

簡単に言えば、造れるだけ造るプロダクトアウトの生産方式を、マーケットインの「都度生産方式」、つまり必要になった分だけ造る方式に変えるという自動車生産の革命を成し遂げたからだ。これによってトヨタは生産のプロセスに隠れていた膨大なムダをなくし、究極の効率化を実現した。そしてGMなど世界の巨人に勝っていった。これは世界の製造業の歴史に名を残す偉業だ。

トヨタがこの革命をスタートさせたとき、世界の自動車産業はまだ大量に造って市場に流すフォード型の大量生産モデル全盛の時代だった。トヨタはその発想を完全にひっくり返したのだ。それはモノ・ハードから、工夫・ソフトへの転換であり、まさに革命と呼ぶに値するものだった。

トヨタ生産方式でよく知られているのは、あらゆるムダを見つけ出し、なくす努力を続けるという基本理念や、必要なものを、必要なときに、必要なだけ調達し、造るという「ジャスト・イン・タイム方式」、そしてその核となる「かんばん方式」だ。

「かんばん方式」とは部品を入れた箱に「かんばん」と呼ばれる札をつけて、部品・製品の在庫管理をしたことに由来する。簡単に言うと、組み立ての現場は部品倉庫から箱単位で部品をとってきて組み立て、箱が空になったらまた部品倉庫にとりにいく。部品の現場は箱が減った分だけ部品を造る、あるいは協力メーカーから調達する。この箱の移動を「かんばん」の受け渡しで管理する。

いかにも現場ならではの素朴な管理方法だが、この単純明快な仕組みによって、数万点という部品からなる自動車という製品を売れた分だけ造り、膨大な部品を使った分だけ造る、補充するという、極めて複雑な工程を極限まで合理化することができたのだ。

それまでのフォード型生産は原料も部品もとにかく造れるだけ造り、加工し、組み立て、製品として市場に送り出すという方式をとっていたのだが、作業のスピードは工程によって違うため、現場のいたるところで材料・部品のだぶつきや不足が起きていた。

ヘンリー・フォードの時代はそれでも製品が圧倒的な競争力を持ち、造れば造るほど売れたから、そうしたおおざっぱなやり方でも莫大な収益を上げることができた。しかし、自動車メーカーの競争が激化し、市場ニーズも多様化して生産する車種も増えてくると、ロスをなくすことが大きな意味を持ち始めていた。

かんばん方式は、生産のジャスト・イン・タイム化を推進した大野耐一が、アメリカのスーパーマーケットの話を聞いたときに思いついたという。大野は、必要なものを色々な売り場から必要な分だけ必要なときにとってくることができるスーパーマーケットの売り場を生産の前工程、お客を後工程に置き換えれば、こうしたロスを減らすことができると考えたのだ。経営陣が現場をよく知っていて、「何が問題か」「どうすればよくなるか」を常に考えているところにトヨタの強さがある。

常に生じるあらゆるムダを徹底的になくす努力、その一環としての「カイゼン」もトヨタの成功によって日本のあらゆる産業に広がった。

トヨタの先にあるもの

もちろんこれは、ただシステムを作れば機能するものではなく、労働者の高い責任意識や勤勉さ、ホワイトカラーとブルーカラーのハイブリッドとも言える日本独特の労働者による創意工夫があって初めて可能になる。

トヨタ生産方式はアメリカの研究機関や産業界でも注目されて研究・導入が進み、「カイゼン」などは英語にもなったが、根底には会社への忠誠心や自発的に創意工夫する文化など、日本独特の文化がある。制度・システムとして固定せず、ボトムアップで常に新たなムダを見つけ、なくし続ける永久革命的な努力は今もトヨタの大きな武器だ。

しかし、ここでもう一度思い出してほしいのは、このトヨタもあくまで垂直構造の中で進化を遂げた企業だということだ。産業側から製品を一方的に造って市場に流すフォード型のプロダクトアウトから、市場が必要な分だけ必要なものを造るマーケットインへの転換は、たしかに大きな革命だったが、企業としての形態はあくまで垂直統制型モデルの範疇にある。

消費者・マーケットへの対応は垂直の作業の連鎖、垂直のモノの流れの制御によって行われる。これを統制しているのはあくまで企業だ。いくらユーザーのニーズを調査して、よい商品を開発・製造しても、それはあくまで垂直統制型メーカーの組織や設備を前提としている。そこから生まれてくるのはよく売れる量産品であって、UXの時代のユーザーが求めている体験ではない。求めているUXは必ずしもトヨタの利益を最大化するような製品を買うことではない。時代はもうその次の段階へと移行しようとしている。

これからのユーザーは多様な楽しさを体験するために、限られた車を所有するよりも、色々な車をシェアすることを選ぶかもしれない。そういうUXにおいては「どのメーカーのどんな車に乗るか」ではなく、「車に乗ってどこに行き、何をするか」が重要になる。ユーザーは自分たちで情報を集め、魅力的な旅やドライブを企画し、参加者を募り、イベントとしてそれを楽しむようになるかもしれない。ユーザーのそうした行動をサポートするサービス、彼らの想像力や行動力を上回る魅力的なUXを考え提供してくれるサービスがあれば、それが新しいビジネスとして成長するかもしれない。イベントに最適な車やアクティビティーのツールなどはそのつど変わるから、それらを買って所有するよりシェアしたほうが合理的だ。

製品の開発・製造のかたちも変わりつつある。テスラモーターズのようなベンチャーが、時代のニーズに即した電気自動車を大手メーカーよりはるかに素早く開発し、商業化に成功しているのを見ても、巨大化したメーカーの弱点と、これからの製造業の方向性がわかる。テスラモーターズ自体がシェアリング型のビジネスモデルであるとは言わないが、少なくとも様々な技術や設備を持つ企業と水平連携して、大手メーカーにない開発スピードや新たな市場開拓を実現していることは否定できない。

さらに序章で紹介したネットワーク型・シェアリング型の技術による、はるかに機敏で自在な開発・生産モデルが社会に広まっていけば、垂直型メーカーの開発・調達・生産モデルは過去のものになり、機敏なベンチャーによるビジネスが、新たな可能性を提示するようになるだろう。そこでは「自動車産業」という区分や巨大な組織・設備はあまり意味を持たない。現にグーグルやアップルのような「IT」に分類されてきた企業が、そのITを武器に自動車に新たな価値を加えたサービスに参入しようとしている。

おそらくこうした「IT企業」の自動運転がめざしているのは、自動車というハードウェアに新たな機能を組み込むことではなく、自動車に乗る人間の体験を新しい次元に進化させることなのだろう。それを可能にするのはソフトウェアだ。かつてコンピュータでハードからソフトへ主権が移ったような大転換が起き、自動車に関わる付加価値の大きな部分をそうしたソフトウェアが担うようになる可能性は十分にある。

その先にあるのは、産業界の枠を超えた消費者発信のサービスだ。やがて消費者は自ら考えたアイデアで、多くの商品やサービスを作り、シェアし、活用したいと考えるようになるだろう。そのときの主役は大手メーカーでもベンチャーでもなく、消費者だ。彼らをより満足させるようなサポートを提供できる企業・組織だけが存続できるだろう。

自分の都合で作れるだけ作り市場を支配した鉄鋼や自動車の巨大メーカーが、やがて市場に求められるものを求められる分だけ求められたときに提供するメーカーへと生まれ変わらざるを得なかったように、企業・産業が市場・社会と一体になって消費者・ユーザーをサポートするサービス機関へと生まれ変わらなければならない時代が近づいている。

UXの時代を制する水平型コラボレーション

かつて世界の市場で大きなシェアを獲得し、日本の経済を牽引してきた多くの大手メーカーが現在、トヨタなど一部の例外を除き、業績の不振にあえいでいる。中国やインド、韓国、台湾など新興国メーカーとの低価格製品にシェアを奪われていることも大きな要因だが、より深刻な問題は、日本のメーカーの強みとされてきた高機能・高性能な製品が、かつてのようにユーザーの支持を得られなくなっていることだ。その典型的な例が電機メーカーだろう。かつて各社が世界のトップシェアを争っていたテレビなど多くの製品分野が、その優位を失ってしまった。

これと対象的なのがアップルだ。その製品はスマートフォンやパソコンなど日本のメーカーも造っているものだが、世界の市場で大きな支持を獲得し、誰もが知るトップ企業になった。その違いはどこにあるのだろう?

アップルもハードウェアの性能には日本のメーカーに負けないくらいこだわっている。たとえばアイフォーンは4Sの時点で80年代のスーパーコンピュータ、クレイ ツー(Cray-2)と同レベルの性能があり、写真や動画の画質、画面の美しさ、処理の速さなどもハイレベルだ。

だがアイフォーンの特徴は機能・性能ではなく、それを活かしたUXを徹底的に追求し、実現している点にある。アップルの製品はデザインがシンプルで使いやすく、直感的に操作できる。日本製品のように詳細な取扱説明書はないが、シンプルなボタンや画面に触れながら、自然と使えるようになる。使えば使うほど自分に馴染んできて、愛着が湧いてくる。高機能・高性能を意識せずに使い、生活を楽しくすることができる。ユーザーそれぞれが自分なりの楽しさや感動を創り出し、味わうことができる。

アップルはこうしたUXを創り出すために、ハードウェアの細部まで徹底的にこだわる。このこだわりはアップルをUX追求企業に育て上げたスティーブ・ジョブズから始まっている。

ジョブズはデザインの色やかたち、質感などあらゆる要素にこだわり、材料やフォルム、色などの膨大な候補を検討し、デザインへと煮詰めていった。こうしてアップルのハードウェアは単なる製品、電子機器ではなく、ユーザーが保持していること、眺めたり触れたり操作したりすることに喜びが味わえるような「もの」になった。

このこだわりは今のアップルにも生きている。たとえばアイフォーン7で登場した新色「ジェットブラック」は磨き上げたガラスのような光沢を持つ独特の質感が圧倒的人気を呼んでいるが、これは精密な9段階の酸化皮膜処理と研磨加工を施すことによって生まれている。こうした手間を惜しまないこだわりの中に、アップルが魅力的なUXを創り出すことができる秘密が詰まっているのだ。

アイフォーンはPC並みに高価格だが、世界の市場で高いシェアを維持しているのは、ユーザーが納得できるだけの価値を提供しているからだ。日本製より低価格な新興国製品が多いアジア市場でも、アイフォーンは価格競争とは別の次元で支持されている。

さらにアップルが優れているのは、垂直統合型のビジネスモデルに水平協働型の仕組みを加えたことだ。アイフォーンを世に送り出したとき、アップルはアプリケーションソフトの開発に画期的な方法を採用した。ソフトウェアベンダーのような専門的な技術や開発環境がない一般人でも開発ができるプラットフォームを用意した。無料のアイフォーンアプリ開発ソフトXコードをアップルストアからダウンロードし、アップル・デベロッパー・プログラムという開発を支援するシステムに登録すれば、アプリの開発ができるオープンな仕組みになっている。

開発したアプリはアップルの審査を受け、これにパスすればアイフォーンやアイパッドなど世界中のiOS利用者に公開・販売される。このオープンな仕組みによって、世界中から膨大なアプリが登録され、多彩なUXを提供することができる。中にはアマチュア開発者も多いが、彼らの多くは自身がユーザーであり、プロの開発エンジニアにはない発想から次々と魅力的なアプリを考えだし、ユーザーに新しいUXを提供する。ユーザーが商品開発・販売者にもなれるこの水平でオープンなアプリ開発は、アップルが作り出すUXの不可欠な要素になっている。

電子機器メーカーとしてのアップルは、中国などの下請けメーカーを統制する垂直統合型ビジネスモデルで運営されているが、アプリのオープンな開発プラットフォームによってアップルは、水平協働型のビジネスモデルを加えることができた。垂直統合型と水平協働型を組み合わせることによって、アップルは時価総額世界一の企業になることができたと言っても過言ではないだろう。

しかし産業界の大きな流れにおいて、この組み合わせモデルがアップルの最終進化形ではないだろう。アップルのCEOティム・クックは「スマートフォンはまだ草創期にある11」と語っているが、それはアイフォーンがこの先さらに大きく進化するということであり、アップルのビジネスモデルも変わっていく可能性があるということでもある。

これからは垂直統合型の組織やリソースを全く持たない、ユーザーが自分で商品やサービスを創り出す、完全に水平協働型のビジネスモデルが広がり、より効果的にUXを創造・提供するようになる。アップルの例で見たように、ユーザーのオープンな水平協働は、従来の垂直統合型・垂直統制型のビジネスモデルよりはるかに効率的・効果的なUX創造の仕組みだからだ。

ウーバーやエアビーアンドビーのようなユニコーン企業はその先駆けだが、その先にはもっと広大な産業分野で水平協働型のビジネスモデルが出現し、次の時代を制することになるだろう。

システム投資に見る日本企業の問題

もうひとつ、興味深い資料がある。43ページのグラフは、1980〜2006年の日本とアメリカのソフトウェアへの投資額構成を、自社開発・外注・パッケージという3つのタイプ別に整理したものだ。これを見ると、アメリカの企業が3つのタイプをバランスよく組み合わせているのに対して、日本の企業が極端に外注に偏っているのがわかる。

これは何を意味しているのか?

アメリカの企業は事業の競争力につながる分野と、ビジネスの仕組みを効率化する部分の両方をシステム化し、前者にはICT技術者を雇用して自社でシステム開発を行い、後者はシステムインテグレータ(SI)に外注するか、リーズナブルなパッケージ製品でまかなうという、バランスのとれたシステム投資を行っている。

これに対して日本企業のシステム投資は、ビジネスの仕組みを効率化する部分に極端に偏っている。たとえば従来、部門最適で行っていた業務を全社で統合・標準化し、効率化をはかるといったシステム化だ。こうしたシステムは自社で技術者を抱えて開発しなくても、コンサルティングファームやSIに外注したほうが効果的に構築できる。

しかし、自社の競争力の源泉となるようなシステムは、事業部門と一体でなければ創り出すことができない。それはまだ存在しないビジネスモデルやサービスを創造するイノベーションの一環だからだ。

アメリカでは多くの企業がこうしたイノベーションを実現するために、金融業界などから優秀な技術者を獲得した。これによって単なる業務効率化のシステムではなく、事業やサービスの競争力・価値を支えるアルゴリズム(システムの根幹となる数学的な仕組み・手順)を生みだすことができるようになった。中にはそこで培った技術でIT事業を興す企業もあるほど、イノベーションに成功した企業のITは高度なものになった。

これに対して、日本の企業は人の知恵で競争力を生みだしてきた。かつてはそれで世界との競争に勝ってきたために、ソフトウェアのテクノロジーが育たなかったと言える。しかし、これからの時代に求められるUXビジネスは、そのビジネスモデルやサービスを支える固有の優れたシステムがなければ成立しない。

先に紹介したように、欧米ではGEやミシュランのような長い歴史を持つ巨大企業であっても、既存のビジネスモデルから脱却し、UXを基準に新たなビジネスモデルを構築している。革新が進んでいるのはまだ事業の一部かもしれないが、すでにニューエコノミーにおけるビジネスモデルのありかたをつかみ、移行をスタートさせているのだ。

そこには新たな事業ビジョンや戦略、そのために既存の仕組みを大胆に破壊し、再構築する潔さがある。新たなビジネスモデルを生みだすために欠かせないテクノロジーもしっかり組み込まれている。

たとえばGEが航空機関連事業で、エンジン製造と航空機運航最適化サービスを融合させたようなビジネスは、IoTや高度な解析能力を持つ独自システムなしには成り立たない。事業戦略の立案能力だけでなく、ICTの高度な戦略立案能力やコアとなる技術を自社で持っていなければ、こうしたイノベーションを生みだすことは不可能だ。

システム開発のほとんどすべてをコンサルティングファームやSIベンダーに依存してきた日本の企業に、ICT活用によってイノベーションを生みだし、新しいビジネスモデルを構築することができるだろうか。

クロスオーバーで進化する技術が業界・業種の垣根を消す

最後にもうひとつ、産業界で80年代以降に起きた大きな変化は、技術の多様化、技術分野のクロスオーバーだ。それまでの産業は分野ごとに使用する原料や加工技術がほぼ決まっていた。だからひとつの企業がすべてを内製することが競争力を生んだ。ところが80年代以後は、思いがけない分野の技術が突然自分の産業の技術と結びついて大きなイノベーションを興すようになった。

たとえばプラスチック。それまで金属しか使えないとされていた工業製品向けの部品に次々とプラスチック素材が使われ、自動車の軽量化、省エネ化に大きく貢献している。中でもエンジニアリング・プラスチックは、強度や耐熱性、耐摩耗性などの性能を飛躍的に高め、家電製品の歯車や軸受け、自動車のエンジンまわりなどにも使われるようになった。

通信の情報伝送能力に革命を興したグラスファイバーも、通信業界とは何の関係もないガラス業界から生まれた。電気自動車や燃料電池自動車の性能向上でカギになるリチウムイオン電池、燃料電池のコア技術は化学だ。排出ガス低減はプラチナなどの貴金属と化学系技術がカギを握っている。

こうした技術の突然の変化は、それまで企業の強みだった一貫体制に風穴をあけてしまう。そのため、業界を超えた水平型ネットワークを構築し、活用することができなければ、企業は生き残ることができない。

つまりこれから訪れるのは、「○○業」「△△屋」といった定義が当てはまらない企業の時代、業界・業種の垣根がない産業社会なのだ。この変化は製造業だけでなく、あらゆる産業で起こりつつある。いや、産業だけではなく、社会全体で生まれつつあると言ったほうがいい。

この新しい社会では、電気を作って売るのは個人でもいいし、メーカーでもいい。旅行者を泊めるのはホテルや旅館でもいいし、個人でもいい。人やモノを運ぶのは交通機関や運送業者でもいいし、ちょうどトラックや倉庫に空きが出たメーカーでもいいし、時間と車があいている個人でもいい。

古い産業の枠組みが通用しないこれからの時代に、社会のニーズに応え、成長していくのは「何屋」でもない企業だ。その中から社会を変えていく新しいパワーが生まれてくるだろう。

UXの時代 ― IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか
松島 聡
シーオス株式会社代表取締役社長。1969年、我孫子生まれ。東京薬科大学薬学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)在籍時に医療流通の複雑さと将来性に気づき、2000年にシーオス創業。医療流通事業を皮切りに通信、小売、メーカーをはじめとする多業種のロジスティクスをデジタル化。日本ロジスティクス大賞など受賞歴多数。AI、IoTなどの技術面とUX(顧客体験)双方を追求した新サービスを生み出し、現在はロジスティクスにとどまらず、企業・個人向けのシェアリングビジネス、スポーツ・アクティビティー事業も牽引。自走式ロボットによる自動マップ作製、ドローンによる自動棚卸、空きスペースの自動認識ほかの研究開発でも注目を集めている。

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『UXの時代 ― IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか』
  1. 「UX創造ビジネス」とはなにか。共有型経済のビジネスモデルを考える