日本初のコンビニエンスストア・チェーン「セブン-イレブン」を立ち上げ、「小売の神様」と呼ばれたカリスマ経営者・鈴木敏文 氏が、経営に際し掲げ続けた二大スローガン「変化への対応と基本の徹底」。43年間、それを実践するため、繰り返し繰り返し幹部・社員に語った肉声の言葉から、222項を厳選し、簡潔かつ明快な解説を加えた言行録3冊セット『鈴木敏文の経営言行録』(税込14,850円、日本経営合理化協会出版局)は、多くの経営者に“気づき”と“感動”を与えています。
本記事は、同書1巻「経営姿勢」のP100-109から、一部を抜粋・編集して掲載しています。
目次
「何がスイートスポットか」を見抜く。
ゴルフにたとえれば、買い手市場では売り手にとってアゲンストの風がひたすら吹いている。しかし、日ごろから熱心に練習に取り組み、正しいフォームを身につけ、技術を磨いていれば、アゲンストの風の中でもボールをクラブのスイートスポット(真芯の一点)でとらえ、飛距離を伸ばせる。
スイートスポットに当てるとは、ものごとの本質をとらえることだ。
セブン-イレブンの赤飯のスイートスポットは「蒸す」であり、チャーハンのそれは「加熱」だった。ほかの要素がどんなによくても、そこを外すと失敗するため、やるべきことは明らかだった。
直面する課題のどこにスイートスポットがあるのか、常に「お客様の立場で」考え、ミクロとマクロ、両方の視点から真芯の一点をとらえる習慣を身につければ、何をすべきかを簡潔明瞭に判断し、実行できるようになる。
日本流も、アメリカ流もない。あるのはお客様流だ。
セブン-イレブンはもともとは、アメリカのサウスランド社(現 セブン -イレブン・インク)が始めたコンビニエンスストアのチェーンだった。 1990年代に入って、サウスランド社が経営破綻し、われわれに再建を要請してきた。破綻の原因はディスカウント戦略を強化したスーパーに対抗して同じ戦略をとり、熾烈な価格競争に巻き込まれたことにあった。
私は、お客様が求める商品の仮説を立て、販売の結果をPOSシステムで検証する「単品管理」という、日本で実践していた発注法を導入した。すると、アメリカ側から「日本流を持ち込むのか」と警戒された。そこで、私はこう言い放った。「日本流も、アメリカ流もない。あるのはお客様流だ」。
ビジネスの本質に国の違いも、会社の違いもない。顧客ニーズに的確に応える「お客様流」の企業だけが成功を収めることができるのだ。
「お客様だけをしっかり見て下さい。ほかは見なくて結構です」
セブン銀行(2001年開業)を設立したのは、 「コンビニにATMがあればお客様の利便性は格段に増す」とそれだけを考えたからだった。ただ、流通業が自前の銀行を設立するなど前例がなかった。そのため、金融業界を中心に「素人が銀行を始めても必ず失敗する」と猛反対された。
「銀行が次々経営破綻しているなかで新規参入しても絶対無理だ」「銀行のATMも飽和状態にあるのに、収益源がATMだけで成り立つはずがない」と否定論の嵐で、中には「賭けにもならない。万一成功したら銀座を逆立ちで歩く」といった揶揄まで聞こえるありさまだった。
メインバンクのトップがわざわざ来社され、「銀行なんてそんなに簡単にできるものじゃないからおやめなさい」「われわれがついていて失敗させるわけにはいかない」と忠告される一幕もあった。
われわれが構想したのは、利用者が店内のATMを使い、口座を持つさまざまな金融機関から引き出す際の手数料を収益の柱に据え、基本的に融資などは行なわない決済専門銀行だ。簡単に言えば、おサイフがわりの銀行だ。
金融業界の人々は、既存の銀行とわれわれの構想する銀行を比べて否定論を唱えたが、私は既存の銀行との競争や競合などまったく考えていなかった。
新設する銀行のトップには誰がふさわしいか。私は、元日本銀行理事で、旧日本長期信用銀行(現・新生銀行)の頭取として幕引き役を務めた安斎隆さん(現・セブン銀行特別顧問)に社長就任をお願いした。
「お客様だけをしっかり見て下さい。ほかは見なくて結構です」
私が安斎さんにお願いしたのはそれだけだった。新銀行の原点である顧客ニーズから目を離さなければ、経営は揺るがないと考えたからだ。安斎さんは「お客様の立場になってみよう」と、電車通勤をしながら帰宅途中にセブン-イレブンでおでんを買ったり、イトーヨーカ堂でスーツを買ったりした。
安斎さんは、採算に関係なく、すべての店舗にATMを設置して、「いつでもどこでも誰でも安心して使えるATM」を前面に打ち出す戦略を徹底。設置台数が一定レベルに達したころから、提携先の金融機関が急拡大したこともあり、利用件数が急速に立ち上がって採算ラインを突破。ネット銀行など新設四銀行の中で唯一、金融庁が求めた「3年以内の黒字化」を達成した。
その後も、視覚障害のあるお客様向けのATM音声ガイドサービスの開始、お客様からのお問い合わせにお答えするコールセンターやテレフォンセンターでの対応の迅速化など、顧客ニーズに徹底して応えたセブン銀行は優良企業へと成長していった。
自分たちが商売の「主体」となってはならない。
売り買いの商売においては、普通に考えれば、売り手が「主体」で、買い手のお客様は「客体」だ。しかし、私が口を開くたびに社員たちに説いたのは、「自分たちが商売の主体になってはならない」ということだった。
人間は自分が主体になると、「私が〜する」と「私」が前面に出て、一歩下がって考えることができなくなるところがある。
商売においても、「私」が前面に出ると、「お客様とはこういうものだ」と自分の経験をもとに決めつけをしたり、無意識のうちにも自分の都合の押しつけになりがちだ。
絶対に思い込みを持たず、常に頭の中を白紙の状態に置き、自分自身を客観的に顧みるため、「商売においては自分たちが主体になってはいけない」と説いたのだった。