日本初のコンビニエンスストア・チェーン「セブン-イレブン」を立ち上げ、「小売の神様」と呼ばれたカリスマ経営者・鈴木敏文 氏が、経営に際し掲げ続けた二大スローガン「変化への対応と基本の徹底」。43年間、それを実践するため、繰り返し繰り返し幹部・社員に語った肉声の言葉から、222項を厳選し、簡潔かつ明快な解説を加えた言行録3冊セット『鈴木敏文の経営言行録』(税込14,850円、日本経営合理化協会出版局)は、多くの経営者に“気づき”と“感動”を与えています。

鈴木敏文の経営言行録
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本記事は、同書1巻「経営姿勢」のP220-229から、一部を抜粋・編集して掲載しています。

目次

  1. 誰にとっての「当たり前」なのか、「あるべき姿」の軸をブレさせない。
  2. 「基本の徹底」は「変化への対応」とつながる。
  3. 100店突破し、仕事で初めて涙。
  4. 挑み続ける生き方こそが人間にとっていちばん大切な財産。
  5. 書籍詳細
    1. 鈴木敏文の経営言行録

誰にとっての「当たり前」なのか、「あるべき姿」の軸をブレさせない。

「当たり前とはあるべき姿のことで、いわば理想形です。当たり前のことができるのはものすごくレベルの高いことです」とは前出の佐藤さんの言葉だ。アートディレクターの仕事というと、新しいイメージを自分の中から創造する印象がある。しかし、セブン-イレブンのブランディングプロジェクトで、一緒に仕事をさせていただきながら見たその仕事の仕方は地道だった。

クライアントの話をひたすら聞き、クライアントの持っている本質的なものを引き出す。それをもとに自分の考えをきちんとまとめ、クライアントにわかりやすく伝える。当たり前のことを当たり前に実行されていた。

自分の都合の範囲内での当たり前ではなく、お客様にとって当たり前のことを愚直なまでに積み上げていく。大切なのは、誰にとっての当たり前なのか、あるべき姿の軸がブレないことだ。

「基本の徹底」は「変化への対応」とつながる。

「基本の徹底」を会社のスローガンに掲げるもう一つの理由は、基本を実践できない人に「変化への対応」ができるわけがないからだ。

例えば、セブン-イレブンの各店舗で行なわれる基本中の基本にフェイスアップといって、商品が売れたら陳列棚の奥の商品を前に出し、常に陳列面がそろってラベルが正面に向いているように揃える地味な仕事がある。

フェイスアップがなぜ重要なのか。商品が売れて空きスペースができると、奥にある商品は、お客様から見ると「売れ残り」のように見えてしまい、購買意欲がそがれてしまう。

一方、どの棚も見事にフェイスアップされていると、ずらり並んだ商品が強くアピールしてくるように感じられて、購買意欲を刺激される。それがお客様の心理で、フェイスアップ一つで店の印象が大きく変わる。

フェイスアップには実はもう一つ大きな意味合いがある。こまめにフェイスアップを行なう人は商品に触れながら、手と目で商品の動きをとらえることができる。よく手に触れる商品はその日の売れ筋であり、ほとんど触らない商品は死に筋の可能性がある。販売の結果の数値は翌朝にPOSデータで検証するが、フェイスアップを徹底して行なえば、販売しながら、手と目で売れ行きの動向を検証できる。

もちろんフェイスアップも何も考えずに機械的に行なうだけならそれで終わりだが、問題意識を持って取り組めば、そこから情報を得ることができる。

お客様のニーズは常に変化する。しかし、日々、基本を徹底して実践し、当たり前のことを積み重ねていなければ、変化への気づきは得られない。ちょっとした変化であっても、基本の蓄積があるからこそ、変化を見逃さずに、その意味合いを見抜き、次の仮説へと活かすことができるのだ。

こうして基本的な仕事においても、きちっと意味を見いだして取り組むことができる人は、常に仮説を立て、結果を検証するという習慣が体に染みつき、どのような状況に置かれても変化対応が自然にできるようになる。

「基本の徹底」はいわば、経営の基礎体力だ。スポーツ選手でも音楽家でも、本当のプロフェッショナルは毎日、基本練習を欠かさない。競技でも基本の規定演技をこなせるようになって初めて自由演技ができるようになる。

つまり、経営の原点は「基本の徹底」にあり、これができて初めて変化への対応が可能になる。今は変化の激しい時代にあるため、私たちは変化への対応にばかり目が行きがちだが、もし思うように成績が伸びなければ、もう一度、「基本の徹底」から始めてみるべきだろう。

100店突破し、仕事で初めて涙。

セブンイレブン
(画像=ricochet64/Shutterstock.com)

セブン-イレブンの草創期、既存の流通の常識を変えるため、取引先に断られてもあきらめずに説得しながら、店舗開発に苦労する日々を重ね、一号店から2年後の1976年5月、総店舗数が100店に到達した。

記念式典にはサウスランド社のトップも来日して、こう挨拶した。「サウスランド社がアメリカで100店をオープンするのに25年かかった。日本ではこれを2年でやり遂げた」。次は私の番だ。加盟店オーナーとご家族の前で挨拶に立つと感きわまり、言葉につまって、思わず涙がこぼれた。

初めは5店舗になったら先が見えるのではないかと思い、いや10店舗になったら、50店舗になればと一店一店積み上げながら、何とか行けそうだとかすかに自信めいたものを持てたのが100店舗だった。

あとにも先にもこのとき以外、仕事で涙したことはない。

挑み続ける生き方こそが人間にとっていちばん大切な財産。

人間、誰しもそれぞれに弱点や性格的な弱さを持っている。だが、自分を守っているだけでは何も変わらない。もし今の自分を変えたければ、これまでとは違う自分に向けて、一歩踏み込み、挑戦してみることだ。挑戦することで新しいものに出合い、偶然の幸運にもめぐりあえる。

ものごとには一つ一つの積み上がりが、ある一定レベルに達すると急速に立ち上がる爆発点がある。やるべき価値があると信念を持って挑み続ければ、必ずまわりのみんなが力になってくれる。

たとえ一人の力は小さくても、信念があればそれが核になってみんなの力が集まり、あるとき壁が突き破られて不可能を可能にすることができる。

挑み続ける生き方こそが、人間にとっていちばん大切な財産になると私は信じている。

書籍詳細

鈴木敏文の経営言行録

鈴木敏文の経営言行録
鈴木敏文
日本の流通にイノベーションを巻き起こした我が国を代表する経営者。1956年中央大学卒後、書籍取次大手のトーハンに入社、仕事を通じて「統計学」と「心理学」を学ぶ。30歳のとき、イトーヨーカ堂に入社。販促・人事・広報の仕事を経て、38歳で取締役に就任。40歳のとき、周囲の反対を押し切って、米サウスランド社と提携し、日本初のコンビニエンスストア「セブン-イレブン・ジャパン」を創設する。セブン-イレブン立ち上げメンバーの多くが小売業未経験者であったが、素人集団を率いて、業界の常識をくつがえす数々の挑戦に挑み、コンビニを私たちの生活に欠かせない存在にまで進化させた。また、経営危機に陥った本家の米サウスランド社から支援を求められ、日本企業による日米逆転の再建を果たす。氏は終始一貫「変化への対応と基本の徹底」を訴え、やるべき価値のあるものは反対されても挑戦するという姿勢を最後まで貫き通した。2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン代表取締役会長兼CEO。2005年セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEOに就任。現在、セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問。2003年勲一等瑞宝章を受章。中央大学名誉博士学位授与。経団連副会長。中央大学理事長などを歴任。 1932年長野県埴科郡生まれ。

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