「私はネズミである。もちろん父もネズミである。なぜこんなことを言うのかというと、これから父とその娘である私が大活躍する物語がはじまるからだ。」
『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)はこんな書き出しでスタートする。
本書がテーマにするのは「ゲーム理論」。囚人のジレンマ等で有名な、人と人との腹の内を論理で解き明かす学問を、ネズミの親子の視点からストーリー仕立てで解説する。
人間社会によくある揉め事も、ビジネスの場の交渉事も、もしかしたらゲーム理論で即座に解決できるかもしれないが、そもそもゲーム理論とは何たるかを知らなければ、自分がその状況に陥っていることもわからない。本書のネズミの親子は、ややこしい人間社会を客観視し、ゲーム理論に当てはめて問題を解決していく。
本書の物語の舞台はとある住宅街での人間模様だが、著者の鎌田雄一郎氏によると、ビジネスの現場でもゲーム理論を活用すべきであるという。ビジネスシーンでゲーム理論がどのように役立つのか、またどのように学んだらよいのかオンラインのインタビューで伺った。
GAFAMも利用する「ゲーム理論」
——ゲーム理論自体は新しい学問ではないと思うのですが、あえてこの時期にご著書を出された背景をお聞かせください。
ゲーム理論は比較的、経済学の中では新しい学問ですが、確かに、ゲーム理論自体は何十年という歴史はあります。
今、これだけテクノロジーが進歩し、企業がデータを取得しやすくなりました。でも大量のデータがあってもそれをどう使うのかがわからないと意味がない。データを解釈したり分析したりするのには、実はゲーム理論の知見が必要です。ですので、ゲーム理論を理解していることはますます必須になってきていると思います。人が何を考えるのかを突き詰める、ゲーム理論の知識なしではやっていけない時代になったと思います。
——具体的には?
Googleは広告入札のオークションをやっていますね。オークションの設計にはゲーム理論の考え方が使われています。これはFacebookなどの広告サイトでも同じで、どういう人に広告を出すと全員にとって最適か、ということをゲーム理論で解決しているわけです。
——ゲーム理論と他の学問との違いは何だと思いますか?
私は農学部の出身で、緑地の設計をしたり、演習林でトマトを育てたりしていました。楽しかった一方で、もともと想像していた大学で学ぶ「難しい学問」というイメージと違っていました。
もともと数学が好きで、頭の中で論理的に考えるのが好きでした。そんな中で、たまたま履修した授業でゲーム理論に出会いまして、社会の出来事を自分の好きな数学で分析できるところ、論理を組み立てて、社会を分析できるという点に魅力を感じました。
ニュース番組のトンチンカンなコメンテーターとは違い、なぜ社会でこういうことが起きているのかを理論を使って解明し、提言ができる。社会で起きている出来事の裏に数学の理論がある、という点に魅力を感じました。
人が「話し合い」をする意味
——特にお気に入りの理論を教えていただけますか?
『16歳からのはじめてのゲーム理論』の第2章「なぜ人は、話し合うのか」に書いた、意見が一致していても、話し合いによって意思決定が変わり得るという理論です。
第二章の主人公は、あるプロデューサーH氏。彼はオーディションで誰を合格させるのかを「ミスW」「ミスU」という2人のビジネスパートナーに任せていました。ミスW、ミスUはそれぞれ音楽センス、美的センスに優れており2人の才能を合わせていつも最高の人材を次々と発掘し、H氏がプロデュースまでつなげることで、成功していました。
ミスWとミスUが話し合いをして選考結果を決めていた時はうまくいっていたのですが、いつしかミスWとミスUの仲が悪くなっていき、2人は話し合いをせずに、選考結果を決めるようになっていきました。
ミスWとミスUの選考結果はいつも同じで、同じ人物を選びます。一見、問題はないように思われたのですが、話し合いをしなくなってからというもの、発掘した候補生が売れなくなる、という問題が起きるようになってしまいました。
——2人の意見は一致していても、選考のプロセスに「話し合い」がなくなってしまったことで、売れる候補生を選べなくなってしまった、と。
詳しい解説は『16歳からのはじめてのゲーム理論』をぜひ読んでいただきたいのですが、意見が一致しているときにも話し合う必要があるのか、話し合いによってお互いの考えの背景を知るプロセスによって何が生まれるのか、ということがこの話の肝になっています。
この話の元になったのがジョン・ジーナコプロス氏とヘラクリス・ポレマカキス氏による1982年の論文で、2人の人間が自分の見立てを伝え合い続けたら果たして合意に到れるのか、という問いを数理分析した論文です。
人同士が腹の内を読み合う、読み合いそのものを分析するという感じがすごく面白いと思います。
マネージャーがゲーム理論を活用する方法
——打ち合わせをする意味を考えるという点はビジネスの意思決定にも非常に役立ちそうですね。『16歳からのはじめてのゲーム理論』はどのような反響が一番大きいですか?
一番よく聞く声が、今までにあった入門書と、導入の「経路」が違う、というものです。ゲーム理論の解説本でよくあるパターンは囚人ジレンマから入るもので、私の一作目も囚人のジレンマからスタートしました。しかし、二作目となる今回はこの避けては通れないところをあえて外しました。
また、あえて全てを解説しきらない、ということを頭に入れて書きました。すべてを解説するのではなく、物語ではいくつかの側面だけに焦点を当てて、残りのことを読者に考えていただく、というスタイルをとっています。今までにないものを書けたという自負はあります。
ビジネスマンの方むけにいうと、仕事における意思決定のプロセスにおいて、どういう考え方があるのか。経済学のアプローチから解説しているので、あらためてこの本を読んでみていただけたらと思います。
——マネジメント層が応用するとしたら、どういった形になりますか。
例えば、部下が「こういう戦略でいきたいです」と言ったとしましょう。上司はそれに同意見だったと思ったとしても、そこで議論を終了するのではなく、よく部下の話を聞いてみるとよいと思います。部下の考えの背景を知ると、実は当初提案された戦略はあまりよくなかったという結論になるかもしれません。
意見が一致していても、その結論に至るまでの背景を知っておかないと、大切なことを見落とす可能性がある、ということです。
また、第5章「沈黙が伝えることとは?」や3.5章「ナップ・タイム」にもあるんですが、ゲーム理論の予測、ってすごく頭のいい人じゃないと成り立たないのではないか、という意見をもらうことがあります。実際、人って理論を正確たどれるわけじゃなく、違うことをしたりもする。でもだからと言って理論が役に立たないかというと、そういうわけでもない。理論を使って意思決定の予測の指針を得て、そしてもし人の行動がそれとズレていたらなぜかを考える。この「なぜ」を考えてよりよく人の行動を理解するためにも、理論が有用なのです。
一般に、現実がよく考えた理論とズレているかもしれないってことを認識するのって、大事だと思うんです。部下と話すときに自分が想定している意図を他の人は理解していないかもしれない、ということをわかっておくことは大事でしょう。
——ゲーム理論のお話を読むと、現実世界ではそこまでみんな考えているわけではないのでは?と感じることもあります。
状況によると思います。あまり大した問題ではないと、確かにそうかもしれません。しかし、決断によって1億円損をする、とお互い考える場合であったり、部署の異動やプロジェクトの参加のような人生の中でも大事な意思決定が絡むときは、当てはまる可能性が高いのではないかと思います。
ゲーム理論における意思決定のプロセス、というのをとりあえず合理的な一つの考え方の引き出しとして持っておくといいと思います。
ゲーム理論を使えば、自分に最適な物件を購入できる!?
——ZUU onlineでは金融資産を持つ方が多いのですが、そういった方の行動に活かせる理論があれば教えてください。
例えば不動産を買いたい人と、そのエージェントとの関係を考えましょう。エージェントの手数料が購入する物件の値段に比例していると、どうしても、エージェントは価格の高い物件をおすすめするケースが増えてしまいます。
ゲーム理論の研究で、長期的関係においては人々は短期的関係では達成できないような協力関係を築ける可能性があることが分かってきています。今回の例では、もし、エージェントに妥当な物件を紹介してもらおうと思ったら、1回きりじゃない関係をつくると、より適正な価格で取引をしてもらいやすくなるでしょう。例えば、購入したあとに買い手がエージェントをレビューできるシステムをつくっていくとか。1回きりの関係じゃなくすることで、信用をうまくつくることができ、エージェント側が無理に高い物件を勧めることのメリットが薄まります。
もし、オフラインの世界でしたら、「今回の取引がよかったら知り合いを紹介しますよ」等とエージェントに言うことも、適正な価格での取引をしてもらいやすくするために有効な手段だと思います。
経営者こそゲーム理論の活用を
——海外在住とのことですが、海外から見た日本企業の課題などあれば教えてください。
ゲーム理論にはじまる経済学の知見をもっとビジネスの現場に使うべきだと思います。アメリカですと、経済学者が企業にコンサルティングして、どうやったら収益あげられるのかを一緒に考えるというのはよくある話ですが、アメリカに比べると日本はそういうケースが足りていないかもしれません。その背景として、経済学の知識を持っていることが評価される文化があるようにも思います。
この点については2段階あると思っています。1つ目の段階として、そもそもトップ・マネジメント層が経済学を理解し、今、自社が戦略的な状況に直面しているかどうかをわからないといけない。それがわかって、はじめて専門家に相談しよう、となります。そして専門家が分析するのが、2段階目です。
戦略的な状況になっているという気づきを得られるかどうかは、経営者がどういう勉強をしてきたかにかかっています。
——今後の目標を教えてください。
僕はずっとアカデミアにいて研究を続けたいと思っています。2つやっているのですが、1つはゲーム理論のモデルの数学的な性質を調べるということ。もう1つは、財の適正な配分方法を考案するなど、ゲーム理論や経済学を世の中に役立たせるような研究をしていきたいと思っています。
目標としてノーベル経済学賞をとりたいと思っています。賞を目指して頑張るのはよくないと思う人もいますが、僕はそうは思っていなくて。自分はこれをやるんだと決めたことに対して、目標をつくってそれを目指したいと思っています。
——ビジネスにゲーム理論を活かしていくためのアドバイスを。
与えられている状況がゲーム理論に当てはまる状況かどうか気付けるためにも、僕の本に限らず、ゲーム理論について学んで、その感性を磨いてほしいと思っています。
実はビジネスや社会のいろんな状況が人々の戦略、人の読み合いの話なんだっていうのがわかってくると思います。そうやって、社会で起きていることに対する気づきを増やしていただけたら、と思います。