シンカー:資金の借り手である企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要は、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力、即ちリフレサイクルが拡大する力となる。このネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、マネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。企業の貯蓄率はまだ異常なプラス(総需要の破壊する力)である中で、財政政策の拡大は不十分で、ネットの資金需要が消滅してしまっており、リフレサイクルが弱いことが、デフレ完全脱却への動きを妨げていた。新型コロナウィルス問題で企業活動が弱くなり、企業貯蓄率は一時的に上昇しているとみられる。一方、政府は数度の補正予算で財政拡大に転じており、それをオフセットする以上の力で、ネットの資金需要は復活するとみられる。日銀は無制限の国債買入れを表明してポリシーミックスの形をマーケットにより意識させるようにしている。ネットの資金需要を日銀がマネタイズする形となり、金融緩和の効果が飛躍的に大きくなるだろう。新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、政府・日銀の積極的な経済対策にも支えられて信用サイクルは堅調さを維持し、需要が持ち直すことで、企業活動も回復し、設備投資サイクルが上向くとみられる。ネットの資金需要のもう一つの要素である企業貯蓄率は低下し、正常なマイナスに向けた動きとなり、ネットの資金需要の拡大でリフレサイクルは更に強くなるだろう。菅政権の下でも、緩和的な財政政策は維持されるだろう。既に、2020年度から2025年度に基礎的財政収支の黒字化目標は先送りされているため、デフレ完全脱却の前に財政政策を強く引き締める理由はない。年末までと、来年前半には、経済活動の回復を促進するため、合計でGDP対比2%程度の複数の補正予算による経済対策が実施されるだろう。新型コロナウィルス問題がまだ終息しておらず、大規模災害への備えも必要なことで、政府予算の予備費は温存され、新たな政策は国債発行でまかなわれるだろう。日銀も現行の政策下のポリシーミックスとして国債の買い入れ額を増やして行くとみられる。
9月16・17日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金の政策金利残高の金利を?0.1%、長期金利の誘導目標を0%程度とする現行の緩和政策のフレームワークの現状維持を決定した。上限を設けない長期国債と年間12兆円程度のETFなどを含む資産買入れの方針も維持された。そして、「当面、新型コロナウィルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」と、引き続き緩和的政策スタンスが継続された。経済活動の再開が進行し、指標でも底打ちが見え始めたことで、日銀は景況判断を、「経済活動は徐々に再開しているが、内外で新型コロナウィルス感染症の影響が引き続きみられるもとで、きわめて厳しい状態にある」から「内外における新型コロナウィルス感染症の影響から引き続き厳しい状態にあるが、経済活動が徐々に再開するもとで、持ち直しつつある」へ上方修正した。
安倍首相の辞任の意向を受けて、日銀はデフレ完全脱却に向けた経済政策の継続性をマーケットに対して示す必要を感じているとみられる。黒田日銀総裁の任期は2023年4月まであり、2013年の共同声明の下、政府・日銀の共同の2%の物価上昇目標に向けた政策の方針は維持された。目先は、政府の経済対策による企業支援に合わせ、日銀は金融機関への強力な流動性供給策を実施し、景気の底割れを回避するため全力を尽くす意志を引き続き示すだろう。喫緊の問題は、新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、景気が底を這って回復のないL字型を回避できるかだ。信用サイクルが堅調であれば、雇用・所得環境は底割れず、新型コロナウィルス問題が終息に向かうなかで需要は復元し、景気には回復力が生まれる。4?6月期の日銀短観中小企業貸出態度DIは+19に改善した。何とか堅調な信用サイクルは維持でき、景気はL字型を回避し、新型コロンウィルス問題の緩和とともに回復が進行することできるようになってきている。日銀は現行の緩和政策を粘り強く継続し、7?9月期以降もDIが改善するように努めるだろう。日銀は景気先行き判断を、「経済活動が再開していくもとで、ペントアップ需要の顕在化に加え、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果にも支えられて、改善基調を辿る」とし、本年後半からの景気回復をメインシナリオとしている。
景気の回復が、緩慢なU字型から迅速なV字型に進展するためには、需要の牽引役が必要になる。注目は設備投資サイクルが再び強さを取り戻すのかだろう。経済ファンダメンタルズの改善と民間投資を喚起する成長戦略が徐々に効果を発揮し、設備投資サイクルもようやく天井を打ち破ってきた。実質設備投資の実質GDP比率は既に+16%の天井を打ち破り、バブル崩壊後の最高水準までようやく上昇した。この天井をなかなか打ち破れなかったことが、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となっている異常なプラスの企業貯蓄率の低下を妨げる要因となっていた。短期の業況感に左右されない、人口動態にともなう労働需給逼迫を含む生産性と収益率の向上の必要性、AI・IoT・ロボティクス・5Gを含む技術と産業の革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発が大きな後押しとなっているとみられる。政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がデジタル・トランスフォーメーションなどのイノベーションを促進するだろ。4?6月期には、設備投資がGDPを大きくアウトパフォームすることによって、実質設備投資の実質GDP比率は17%程度まで上昇し、設備投資サイクルは堅調であることが確認できた。新型コロナウィする問題が終息に向かえば、堅調な信用サイクルが生み出す景気回復の力を、強い設備投資サイクルが生み出す需要の牽引力で、景気回復は緩慢なU字型から迅速なV字型に早く進展していくだろう。
資金の借り手である企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要は、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力、即ちリフレサイクルが拡大する力となる。このネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、マネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。企業の貯蓄率はまだ異常なプラス(総需要の破壊する力)である中で、財政政策の拡大は不十分で、ネットの資金需要が消滅してしまっており、リフレサイクルが弱いことが、デフレ完全脱却への動きを妨げていた。ネットの資金需要が消滅していると、日銀が供給した流動性が市中に流れていくことが困難となり、ただ金融機関や日銀当座預金に滞留し、量的金融緩和の効果も限定的になってしまう。新型コロナウィルス問題で企業活動が弱くなり、企業貯蓄率は一時的に上昇しているとみられる。
一方、政府は数度の補正予算で財政拡大に転じており、それをオフセットする以上の力で、ネットの資金需要は復活するとみられる。日銀は無制限の国債買入れを表明してポリシーミックスの形をマーケットにより意識させるようにしている。ネットの資金需要を日銀がマネタイズする形となり、金融緩和の効果が飛躍的に大きくなるだろう。新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、政府・日銀の積極的な経済対策にも支えられて信用サイクルは堅調さを維持し、需要が持ち直すことで、企業活動も回復し、設備投資サイクルが上向くとみられる。ネットの資金需要のもう一つの要素である企業貯蓄率は低下し、正常なマイナス(総需要を破壊する力がなくなり、デフレ脱却)に向けた動きとなり、ネットの資金需要の拡大でリフレサイクルは更に強くなるだろう。
菅政権の下でも、緩和的な財政政策は維持されるだろう。安倍首相は退任しても、国会議員としての活動は続け、自民党の最大派閥の領袖として、デフレ完全脱却に向けた政府の取り組みをサポートしていくとみられる。既に、2020年度から2025年度に基礎的財政収支の黒字化目標は先送りされているため、デフレ完全脱却の前に財政政策を強く引き締める理由はない。年末までと、来年前半には、経済活動の回復を促進するため、合計でGDP対比2%程度の複数の補正予算による経済対策が実施されるだろう。新型コロナウィルス問題がまだ終息しておらず、大規模災害への備えも必要なことで、政府予算の予備費は温存され、新たな政策は国債発行でまかなわれるだろう。日銀も現行の政策下のポリシーミックスとして国債の買い入れ額を増やして行くとみられる。
原油価格の再度の下落と新型コロナウィルス問題による需要の大幅な減少で、現在のコア消費者物価指数(除く生鮮食品とエネルギー)はトレンドを大きく下回っている。政府・日銀は2%の物価上昇率目標を維持し、財政・金融政策の緩和姿勢を粘り強く維持することで、V字回復を利用して物価上昇モーメンタムを取り戻そうとするだろう。ネットの資金需要が復活し、経済とマネーが膨らむ力であるリフレサイクルは強くなるため、実現の可能性が高いと考える。来年後半には日本のコアコア消費者物価指数の前年同月比はこれまでのトレンドラインに回帰し、来年末には1%程度まで上昇幅が拡大している可能性があろう。そして、その時までには、コロナショックによるデフレ現象が一時的であったことが分かるだろう。
図)ネットの資金需要
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司