【新潮流】でも書いたけど、この9月でマネックスのチーフ・ストラテジストに就任して10年になる。10年前の2010年9月13日付のレポートがストラテジーレポート第1号だ。その書き出しは以下の通り。
株式市場のラリー(上昇相場)が始まる。理由は以下の通り:
- 日米欧が金融緩和を続け、グローバルに過剰な流動性が供給されていること。
- 企業業績の改善度などと比較して株価は割安と判断されること。
- 悲観論が満ち溢れていること。過去の例ではそういう時が相場の底であることが多いこと。買うべきマネーが溢れ、買われる対象は十分安値に放置されているのに不安心理から手が出せないでいる状態である。不安心理が後退するに従い、株式市場に資金が流入、ラリーが始まるだろう。
10年前も今もまったく状況が変わっていないことに驚くばかりである。いや、過剰流動性という点では今の方が格段にすごい。というより空前絶後のカネ余りである。日米欧の中央銀行のバランスシートの急拡大については「日経平均3万円への道」アップデートでしめしたとおりの状況である。日米欧の中央銀行のバランスシートはコロナ・ショック後のわずか2カ月で3兆8000億ドル膨らんだ。ただ、中央銀行による流動性供給は金融危機以降、ずっと続いてきた。端的に言って金融危機以降の株式相場はずっと過剰流動性相場だったと言える。
ところが今回のカネ余りの特徴は市中にもマネーがあふれていることだ。松本大も「つぶやき」で書いていたが、米国の7月のマネーサプライはなんと140年ぶりの伸びだったという話がある。7月のM2は前年同月比で23.3%伸び、日本も8月のM2の平均残高が前年同月比8.6%増え、バブル期の1990年11月以来、およそ30年ぶりの伸びになった。
米国 M2(YoY)
日本 M2平均残高(YoY)
中央銀行はマネタリーベースを供給する。マネタリーベースとは中銀が銀行に供給するおカネだ。ベースマネーとも言い、文字通り「タネ銭」である。これをもとに銀行が企業や家計に貸し出しを行って(難しく言えば信用創造を行って)初めて市中のおカネが増える。それがマネーストック(昔はマネーサプライと言った)である。これまでも中央銀行はマネタリーベースを増やしてきたが、マネーストックは増えなかった。民間に借りたいニーズ、すなわち資金需要はなく、銀行も貸さないのではなく、貸したくても借りてくれるところがないので、マネーはそのまま中央銀行に積んでおくしかなかった。
ところがコロナでこの状況が一変したのである。コロナによる支援融資で、銀行貸出が急増している。7月の貸出残高の伸び率は前年同月比で6.4%と過去20年で最大となった。特に法人貸出の伸びは8.5%増。長年、銀行のトップアナリストとして君臨してきた大槻さんをして「見たこともないような数字」と言わしめたほどの伸びとなった。資金繰りに困る会社はいわずもがな、余裕があるところでさえ、「万が一のため」「転ばぬ先の杖」とばかり資金調達に走った。スーパーでトイレットペーパーが買いだめされるのと同じことが企業の資金調達でも起きている。
家計には政府の給付金が配られる。先日のレポートを再び引用しよう。「政府がばらまいたお金はいったいいくらか。給付金の事業費は事務費を合わせて12兆8803億円。最終的にどれだけのお金が支給されるかわからないが、ざっくり10兆円くらいは配られるだろう。悠々自適の暮らしをしているひとや、エアコンの効いた涼しい部屋でのんびり在宅勤務をしている大手企業のサラリーマンなど、コロナで打撃を受けて苦しんでいるわけではないひとまで、家族の人数×10万円が振り込まれる。」これに加えて中小企業向けの補助金である持続化給付金は4.2兆円、さらに予備費の投入もあるだろう。そのほかもろもろ、補助金の合計は30兆円程度と推計され、国民1人当たりにして約25万円に相当するという。政府も中央銀行もおカネをばらまいているのだが、その量が前代未聞、未曽有の規模なのだ。
で、そのカネは、今は「とりえあえず」銀行の口座に眠っている。しかし、こうしたおカネの一部はいずれ株式市場に回るだろう。ニッセイ基礎研がおこなったアンケートによれば、世帯別年収が1200万円-1500万円の層では投資に使うと答えたひとの比率が13.3%にも及んでいる。
なにしろ、金利はゼロだ。しかもFEDは2023年までゼロ金利を続ける。空前絶後のカネ余りで、そのカネにつく金利はゼロ。2023年までゼロといったら、実感としては「永遠のゼロ」だ。誰もカネを持っていたくないだろう。ってゆーか、まともな頭脳を持っているひとなら現金にしておかない。どう考えても貨幣の価値が下がる。と、思う人が増えれば、こんどばかりはインフレになる。株価は名目の資産価格だから、インフレになれば上がる(というか、そういう状況を資産インフレと呼ぶのであろう)。企業が素晴らしい商品を作り、それが売れて利益を稼ぎ、株主価値が向上して株価が上がる - そんなキレイ事でなくても - インフレで株価が上がる。ひとつの株価形成のあり方である。
広木 隆(ひろき・たかし)マネックス証券 チーフ・ストラテジスト
上智大学外国語学部卒業。国内銀行系投資顧問。外資系運用会社、ヘッジファンドなど様々な運用機関でファンドマネージャー等を歴任。長期かつ幅広い運用の経験と知識に基づいた多角的な分析に強み。2010年より現職。著書『9割の負け組から脱出する投資の思考法』『ストラテジストにさよならを』『勝てるROE投資術』
関連リンク マネックス証券より】
・減益ながら期待を上回った12月決算銘柄は
・金融政策ウィークの総括:“緩和負け”の日本にくすぶる円高リスク
・今後のマーケットにおけるリスク要因、上昇の材料は?
・米国株相場展望‐大統領選へ向けて株価はどう動くか
・FOMC経済予測に注目 ナスダックの調整度合いの見極めも重要