シンカー:目先は、政府の経済対策による企業支援に合わせ、日銀は金融機関への強力な流動性供給策を実施し、景気の底割れを回避するため全力を尽くす意志を引き続き示すだろう。喫緊の問題は、新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、景気が底を這って回復のないL字型を回避できるかだ。信用サイクルが堅調であれば、雇用・所得環境は底割れず、新型コロナウィルス問題が終息に向かうなかで需要は復元し、景気には回復力が生まれる。政策の下支えで、4-6月期の中小企業貸出態度DIは+19に改善した。政府・日銀の政策などに支えられて、何とか堅調な信用サイクルは維持できているとみられる。7-9月期にもDIは+20まで改善し、景気はL字型を回避した確認になった。企業の流動性危機は防がれたが、事業回復が遅れることによる支払能力危機がまだ残っている。黒田総裁は9月23日の講演で、「金融システムの安定性が大きく損なわれず、金融面からの下支え機能が発揮されると考えていますが、経済主体の課題が、流動性から支払い能力の問題にシフトしていく中で金融システムに影響を及ぼす可能性もありますので、先行きの動向をよく見ていきたいと考えています」と述べている。中小企業貸出態度DIは金融機関の客観的な融資態度ではなく、中小企業の経営状態対比での主観的な判断を表す。事業が苦しく、支払能力が著しく衰えた場合、金融機関の客観的な融資態度に変化はなくても、中小企業の主観的な判断は悪化するはずだ。支払能力危機を見る上でも中小企業貸出態度DIは有効であり、12月に公表となる短観で好調さを維持できるかが注目である。
10月28・29日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金の政策金利残高の金利を-0.1%、長期金利の誘導目標を0%程度とする現行の緩和政策のフレームワークの現状維持を決定した。上限を設けない長期国債と年間12兆円程度のETFなどを含む資産買入れの方針も維持された。そして、「当面、新型コロナウィルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」と、引き続き緩和的政策スタンスが継続された。経済活動の再開が進行し、指標でも底打ちが見え始めたことで、日銀は景況判断を、「内外における新型コロナウィルス感染症の影響から引き続き厳しい状態にあるが、経済活動が再開するもとで、持ち直しつつある」と概ね据え置かれた。サービス消費の回復と公共投資の進捗が遅れていることで2020年度の実質GDP成長率見通しを、Go Toトラベルなどの政策要因で物価見通しを日銀は若干引き下げたが、政策・景気の見解に影響を与えるものではないだろう。
黒田日銀総裁の任期は2023年4月まであり、2013年の共同声明の下、政府・日銀の共同の2%の物価上昇目標に向けた政策の方針は、菅政権となっても維持された。目先は、政府の経済対策による企業支援に合わせ、日銀は金融機関への強力な流動性供給策を実施し、景気の底割れを回避するため全力を尽くす意志を引き続き示すだろう。喫緊の問題は、新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、景気が底を這って回復のないL字型を回避できるかだ。信用サイクルが堅調であれば、雇用・所得環境は底割れず、新型コロナウィルス問題が終息に向かうなかで需要は復元し、景気には回復力が生まれる。政策の下支えで、4-6月期の中小企業貸出態度DIは+19に改善した。政府・日銀の政策などに支えられて、何とか堅調な信用サイクルは維持できているとみられる。7-9月期にもDIは+20まで改善し、景気はL字型を回避した確認になった。企業の流動性危機は防がれたが、事業回復が遅れることによる支払能力危機がまだ残っている。黒田総裁は9月23日の講演で、「金融システムの安定性が大きく損なわれず、金融面からの下支え機能が発揮されると考えていますが、経済主体の課題が、流動性から支払い能力の問題にシフトしていく中で金融システムに影響を及ぼす可能性もありますので、先行きの動向をよく見ていきたいと考えています」と述べている。中小企業貸出態度DIは金融機関の客観的な融資態度ではなく、中小企業の経営状態対比での主観的な判断を表す。事業が苦しく、支払能力が著しく衰えた場合、金融機関の客観的な融資態度に変化はなくても、中小企業の主観的な判断は悪化するはずだ。支払能力危機を見る上でも中小企業貸出態度DIは有効であり、12月に公表となる短観で好調さを維持できるかが注目である。日銀は景気先行き判断を、「経済活動が再開し、新型コロナウィルス感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果にも支えられて、改善基調を辿る」とし、本年後半からの景気回復を引き続きメインシナリオとしている。
資金の借り手である企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要は、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力、即ちリフレサイクルが拡大する力となる。このネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、マネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。企業の貯蓄率はまだ異常なプラス(総需要を破壊する力)である中で、財政政策の拡大は不十分で、ネットの資金需要が消滅してしまい、リフレサイクルが弱いことが、デフレ完全脱却への動きを妨げていた。ネットの資金需要が消滅していると、日銀が供給した流動性が市中に流れていくことが困難となり、ただ金融機関や日銀当座預金に滞留し、量的金融緩和の効果も限定的になってしまう。新型コロナウィルス問題による経済活動の鈍化に対処するため、政府は既に財政拡大に転じ、4-6月期のネットの資金需要は-3.1%と復活した(1-3月期は0.5%)。安倍政権から菅政権に移行したが、基礎的財政収支の黒字化目標が既に2020年度から2025年度に先送りされているため、財政再建は喫緊の課題とはならず、新型コロナウィルス問題が残る中で、財政政策が緩和から緊縮に転じることはないとみられる。11月には新たな経済対策が発表され、来年1月の通常国会でGDP比2%程度の補正予算が成立するだろう。財政拡大により、企業部門の弱さをオフセットする以上の力で、ネットの資金需要は既に復活し、今後も維持されるだろう。日銀は無制限の国債買入れを表明してポリシーミックスの形をマーケットにより意識させるようにしている。ネットの資金需要を日銀がマネタイズする形となり、アベノミクス2.0として、金融緩和の効果が飛躍的に大きくなるだろう。
景気の回復が、緩慢なU字型から迅速なV字型に進展するためには、需要の牽引役が必要になる。注目は設備投資サイクルが再び強さを取り戻すのかだろう。経済ファンダメンタルズの改善と民間投資を喚起する成長戦略が徐々に効果を発揮し、設備投資サイクルもようやく天井を打ち破ってきた。実質設備投資の実質GDP比率は既に+16%の天井を打ち破り、バブル崩壊後の最高水準までようやく上昇した。この天井をなかなか打ち破れなかったことが、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となっている異常なプラスの企業貯蓄率の低下を妨げる要因となっていた。短期の業況感に左右されない、人口動態にともなう労働需給逼迫を含む生産性と収益率の向上の必要性、AI・IoT・ロボティクス・5Gを含む技術と産業の革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発が大きな後押しとなっているとみられる。政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がデジタル・トランスフォーメーションなどのイノベーションを促進するだろ。4-6月期には、設備投資がGDPを大きくアウトパフォームすることによって、実質設備投資の実質GDP比率は16%を上回るまで上昇し、設備投資サイクルは堅調であることが確認できた。新型コロナウィする問題が終息に向かえば、堅調な信用サイクルが生み出す景気回復の力を、強い設備投資サイクルが生み出す需要の牽引力で、景気回復は緩慢なU字型から迅速なV字型に早く進展していくだろう。
新型コロナウィルス問題による需要の大幅な減少と政策要因などで、現在のコアコア消費者物価指数(除く生鮮食品とエネルギー)はトレンドを大きく下回っている。政府・日銀は2%の物価上昇率目標を維持し、財政・金融政策の緩和姿勢を粘り強く維持することで、V字回復を利用して物価上昇モーメンタムを取り戻そうとするだろう。ネットの資金需要が復活し、経済とマネーが膨らむ力であるリフレサイクルは強くなるため、実現の可能性が高いと考える。来年後半には日本のコアコア消費者物価指数の前年同月比はこれまでのトレンドラインに回帰し、来年末には1%程度まで上昇幅が拡大している可能性があろう。そして、その時までには、コロナショックによるデフレ現象が一時的であったことが分かるだろう。2022年度末までに企業貯蓄率がマイナス化(正常化)し、総需要を破壊する力が一掃され、政府がデフレ完全脱却宣言ができる状況となり、2023年度から長期金利の誘導目標を景気・マーケットの拡大と物価上昇率の加速を阻害しない速度で引き上げ始めるだろう。短期の政策金利をプラスに戻し緩和から脱却するのは、物価目標の持続的な達成後の2024年度となろう。
表)日銀政策委員の経済・物価見通し
図)日銀短観金融機関貸出態度DI(信用サイクル)と失業率
図)設備投資サイクルと企業貯蓄率
図)コアコアCPIとトレンド
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社調査部
チーフエコノミスト
会田卓司