企業がその内部資源によって成長することを「オーガニックグロース」という。外部の資源によって成長するM&Aよりも、資金面などから中小企業では取り組みやすい成長戦略といえる。しかし、オーガニックグロースには限界もある。今回は、オーガニックグロースについて、そのメリット・デメリット、イン・オーガニックグロースとの関係やオーガニックグロースから考える中小企業の成長戦略について解説する。
目次
オーガニックグロースとは
オーガニックグロース(Organic growth)とは、企業がその内部資源によって成長することを指す。企業がすでに持っている人材、商品やサービス、技術やノウハウ、資金等を活かして収益を増大させるという成長戦略だ。
一般的には、既存事業による会社の成長をオーガニックグロースとして、M&Aのように外部の資本を取り入れた成長と区別していることが多い。
現在、M&Aによって自社を飛躍的に成長させることは、経営者にとって身近な戦略になっているが、こうした中で、社内で時間と情熱をかけて事業を持続的に成長させることにもメリットがある。
オーガニックグロースによる成長率の計算方法
オーガニックグロースによる成長は、パーセンテージで表示されることが多い。その際、通常の売上成長率(前年同期比など)から、為替変動やM&A等による買収・売却の影響を除いて計算される。為替変動や買収等から生じた損益、つまり外部からもたらされた損益を除くことによって、その売上成長率は既存の経営資源から生じた売上高の成長率となる。
オーガニックグロースによる売上成長率は、経営資源をどのくらい効率的に活用する手腕があるかを示す指標にもなり得る。
オーガニックグロースを公開している企業
オーガニックグロースに取り組んでいる企業の中には、自社のIR情報等としてその内容を公開しているケースがある。以下、オーガニックグロースによる戦略を公開している企業を紹介する。
・ネスレ日本株式会社の例
ネスレ日本株式会社は、スイスに本社を置くネスレの日本法人である。一桁台半ばのオーガニックグロースの維持を目標に掲げ、四半期決算ごとに事業全体と各エリアのオーガニックグロースについて発表している。
オーガニックグロースに関するプレスリリースでは、成長率のパーセンテージを、実質内部成長率(RIG)とプライシングに分けることで、販売量などの伸びによる実質的な成長と価格改訂などによる伸びを分けて説明している。
近年のプレスリリースによると、2021年のオーガニックグロースは7.5%であり、その内訳として、実質内部成長率(RIG)5.5%、プライシングが2.0%を掲げている。続く2022年は8.3%であり、プライシングはコスト上昇によって8.2%、実質内部成長率(RIG)は0.1%としている。
(参考)ネスレ日本プレスリリース
・キャムコムグループの例
既存のサービスを転換し、自社の開発力と営業組織によるオーガニックグロースで成長した企業にキャムコムグループがある。
キャムコムグループ(旧:綜合キャリアグループ)は、複合提案型の人材会社である。同社のIR資料によれば、リーマンショックを機にそれまでの製造分野の人材派遣を中心としたサービスから、BPO、HRテックなど顧客基盤を生かしたサービスに転換し、その後、他社買収に頼らずオーガニックグロースを重ねた。その結果、2007年から2021年までの年平均成長率は約15%に、2019年には売上高1,000億円を達成している。2022年10月の名称変更とともに、現在はグループシナジーを活かした成長を目指している。
(参考)キャムコムグループ「経営方針説明資料 2022年6月」
・USEN-NEXT HOLDINGSの例
USEN-NEXT HOLDINGSは、USENとU-NEXTを傘下とするグループ企業である。店舗などのBGMとして活用される有線音楽放送事業で創業し、2001年に世界初の商用光ファイバー・ブロードバンドサービスを、2007年に動画配信サービスU-NEXT(当時:ギャオネクスト)を開始するなどし、既存事業の拡大と新事業展開の両方で持続的な成長を続けている。現在、店舗サービス事業、通信事業、業務用システム事業、コンテンツ配信事業、エネルギー事業の5つのセグメントで事業を展開しており、5つすべての事業で持続的な増収増益を目指している。2025年8月期までの中期経営計画では「既存事業のオーガニックグロースを中心に、4年間で純利益150%以上の成長」を目指すとしている。
(参考)USEN-NEXT HOLDINGS:トップメッセージ
オーガニックグロースのメリット
オーガニックグロースは、企業の「ヒト・モノ・カネ」といった財政基盤や権利や人脈など、企業がすでに持っている内部の経営資源を使った成長である。外部の経営資源を使う成長よりも、自然でなじみのある考え方なので理解しやすい。
またM&Aと異なり、買収のための多額の資金も不要である。この点からオーガニックグロースは、中小企業でも取り組みやすい成長戦略といえる。以下、オーガニックグロースのメリットのポイントを解説する。
・持続的に成長させやすい
オーガニックグロースを目指す場合、自社内で検証と改善を繰り返す。事業が小規模である時から事業の全体像を経営者が見ているため、事業規模が大きくなっても細部まで見通しやすく、迅速な意思決定がしやすい。後に経営環境が変化しても、それに合わせて事業内容をスピーディに転換・発展させながら持続的に成長できる。
また、既存事業とともに成長した従業員がいれば、経営理念や経営者の価値観が浸透しているため、意思統一しやすい点も、持続的な成長の後押しになるだろう。
・資金面のリスクが低い
他社を買収するには多額の資金を投じなければならないが、オーガニックグロースであれば、社内の経営資源をうまく回しながら事業規模を少しずつ拡大していく。そのため、資金面のリスクは、オーガニックグロースによる成長のほうが一般的には低いといえる。
オーガニックグロースのデメリット
会社が成長し、目標が大きくなるにつれ、ライバルも強力になる。オーガニックグロースのみで戦い続けようとしても、相手が大企業の場合は、内部の経営資源が少ない会社の方が不利になる。この点から一般的に、オーガニックグロースのみで自社より大きな企業と渡り合うことには限界があるといえる。以下、オーガニックグロースのデメリットのポイント解説する。
・飛躍的な成長は起こりにくい
オーガニックグロースでは、社内の限られた経営資源によって成長を繰り返していくことになる。そのため、買収のように飛躍的に事業規模を拡大させることは難しい。大手企業と同じ戦略でビジネスを展開しようとすると資金力で負けてしまう。
・挑戦できるビジネスが限られる
オーガニックグロースのみでの成長ノウハウしかない場合、新事業に参入しようとすると、既にノウハウをもっている他社に後れをとってしまう。結果的にビジネスチャンスを逃し、挑戦できるビジネスの範囲が限られてしまう。
・抜本的な改革が困難になることも
オーガニックグロースで持続的に成長を続けると、後にその事業に抜本的な改善が必要になった時、変化を遂げるまでに時間がかかることがある。
イン・オーガニックグロースとは
オーガニックグロースの反対語で、企業の外部資源による成長を指す。イン・オーガニックグロースの例には、M&Aやアライアンスがある。
M&Aとは
M&Aとは、「Mergers and Acquisitions」の略で、企業の合併や買収を指す。株式譲渡や事業譲渡、会社分割や併合といった方法により、新規事業への参入や、技術力の統合などの目的で行われる。M&Aによるイン・オーガニックグロースを「M&Aグロース」と呼ぶ。
アライアンスとは
アライアンスとは、提携のことである。提携の種類には、株式の異動をともなう「資本提携」と、共同開発など特定の目的を達成するために協力関係を結ぶ「業務提携」がある。
イン・オーガニックグロースのメリット
イン・オーガニックグロースを活用する最大の理由は、時間の削減である。通常なら10年、20年かけなければ成し遂げられない新規の事業だとしても、すでにその段階を迎えている企業からその事業を買い取れば、短期間で自社の新たな経営資源とすることができ、スタートラインを押し上げることができる。
また、外部から獲得した経営資源を、そのまま使うだけでは足し算にしかならないが、既存の商品やサービス、技術と組み合わせて相乗効果を生み出すことができれば、従前の何倍も質の高い製品やサービスを生み出せる可能性を秘めている。
イン・オーガニックグロースのデメリット
M&Aグロースの場合、企業の買い取り資金や仲介業者への報酬などを用意できなければ、取り組むことはできない。また企業の買収には、買収される側の企業の見えないリスク(簿外負債)を引き継いでしまう恐れがある。
たとえば、商品による事故や環境汚染などで賠償請求を受けるリスクなどが考えられる。このようなリスクをなるべく回避するため、M&Aを進める際には売り手企業にデューデリジェンス(調査)を行う。デューデリジェンスは、一般的にM&Aの専門知識をもつ専門家に依頼することとなる。そのため、買い手はこの費用も用意しなければならない。
オーガニックグロースとM&Aグロースの関係
オーガニックグロースとM&Aグロースの違いは、その経営資源が、企業の内部にあるか、外部にあるかである。両者は対極にあるように思えるが、実はどちらも企業の持続的な成長に欠かせない考え方である。
会社に合った選択をする
オーガニックグロースとM&Aグロースには、どちらにもメリット・デメリットがあり、どちらが良い・悪いというものではない。企業の目的や状況に合わせて、必要な方法を選択することが大切だ。また、1つの企業に2つの事業があれば、一方の事業はM&Aグロースによって成長のきっかけを作った方がよいが、もう一方は、オーガニックグロースでしばらく成長させた方がよいと判断されることもあるだろう。
もし、M&Aグロースを検討すべきか迷ったときは、専門機関に相談し、オーガニックグロースとM&Aグロースそれぞれの成長をシミュレーションしてもらうとよい。
M&Aグロースもオーガニックグロースへ
M&Aグロースで得た経営資源も、その後はその企業の経営資源の1つとなる。したがって M&Aグロースだけで会社が成長するわけではなく、いずれはオーガニックグロースの考え方で成長させる段階がやってくる。
オーガニックグロースによる中小企業の成長戦略
中小企業では、資金面などからM&Aグロースという戦略はなかなか選択しづらく、オーガニックグロースを最大限活用する工夫が求められる。この項では、オーガニックグロースによる中小企業の成長戦略の例を考える。
コア事業への集中
事業を成長させるには、どうしても多くの資金が必要である。限られた資本を効率よく収益化するには、得意な事業に集中した方がよい。もし社内に不採算事業があれば、その事業を売却して、得意とする事業をコア事業とし、資本を集中投下することを検討しよう。
人材の育成
優秀な人材の育成は、オーガニックグロースの重要な課題である。長期的な取り組みになるが、良い人材に効率的に投資するために、その定着率を上げることが求められる。そのためには労働環境、育成環境の整備が不可欠である。
特に育成環境は、従業員の仕事ぶりを公正に評価し、成果に見合った報酬や立場を与える評価システムの構築が必要である。
・RPAの導入等
定型的な業務に人手が割かれている場合は、RPAなど技術の導入も検討しよう。うまくいけば、限られた人材をより付加価値の高い業務に専念させられるようになるし、IT導入補助金の対象になる可能性もある。
RPAの導入等を成功させるには、その特性を理解し、自社が抱える問題点とマッチングさせることにある。どのような業務フローでつまずいているのか、実務担当者と業者を交えてしっかり打ち合わせなければならない。
・アウトソーシングの導入
人材を一から育成することは、時間もコストもかかる。その場合は、業務内容を整理し、委託できるものはアウトソーシングも検討しよう。ただし、アウトソーシングは企業の人材育成にならないため、どこまでを委託するかがポイントである。
経営戦略の見直しと分析
オーガニックグロースを成功させるには、マーケティング戦略の見直しやPDCA等による成長管理が不可欠である。企業は小規模であるほど、一般的には機動力が高い。方向性に間違いがあればすぐに修正できるため、細かく見直しを行うことによって、大企業では見つけられなかったニーズを発見できる可能性がある。
ガバナンスの強化
オーガニックグロースで、長期的な成長を計画する場合は、企業のガバナンス強化も必要だ。企業の内部統制が強化できれば、ミスや不正に強くなり、企業の社会的信頼を高めることに繋がる。企業統治や内部統制といったガバナンス強化は、上場企業でなければ特に目指すべき理由はないかも知れない。しかし企業を長期的に成長させていくためには、必要な考え方となる。
企業の成長には内外の資源をうまく利用
オーガニックグロースについて、メリットやデメリット、イン・オーガニックグロースとの関係や、オーガニックグロースから考える中小企業の成長戦略について解説した。オーガニックグロースとイン・オーガニックグロースは、企業の成長を資源の在り処によって区別したもので、どちらも企業の成長に欠かせない戦略である。
文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)
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